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「おい、ガキ!」
いつもの口調で話しかける。
呼びかけに気づかないので、頬を数回叩く。
「・・・ん・・・」
双樹がやっと目を開いた。
「あれ・・・君は誰?」
目の前に、双樹と幾分か変わらない、少年が居た・・・嫦娥だ。
「・・・さっき、助けてくれたお兄さんは?」
・・・こいつ、さっきの事憶えてやがるのか?
嫦娥は眉間にシワを寄せた。
顔立ち自体は元のまま、ただし年齢を、双樹とそれほど歳の変わらない子供の姿に化けている。
・・・気づかれたら嫌だと思ったが、さすがにそんな様子は無かった。
「ん?」
双樹が自分の頭に違和感を感じ、頭に手を伸ばす。
コブが出来ていた。手を放すと、そこには血が付いている。
「頭って言うのは、大した怪我じゃなくても、血がたくさん出るもんなんだ」
双樹が心配する前に、嫦娥はそう答えた。
自分の袖の布を裂いて、双樹の頭にキツく巻く。
「少し付けていろ、すぐに血は止まる」
双樹は手を巻いた布に当て、まっすぐにこちらを見る。
頬が少し赤かった。
「ありがとう・・・嬉しい」
「じゃあ、俺はこれで・・・」
・・・助けるだけ助けて、すぐに姿を消そう。
最初から、どう思っていた。
「ちょっと待って」
慌ててそれを双樹は引き止めた。
「この近くの子なの?・・・同じ歳の子って初めてで」
「・・・・・」
答えるつもりは無い。
「・・・ごめん」
いつもの、寂しそうな顔をして双樹は謝った。
その姿がイライラする。
「・・・この顔が嫌いなんだ」
思わず、言葉がでた。一度言ってやりたかったこの言葉。
「え?」
何のことかわからず双樹は聞き返す。
「寂しいなら、寂しいって言えばいい・・・なんでお前は人に話さないんだ」
「・・・・」
双樹の胸ぐらを掴む。
「そんなに良い子で居たいのか?・・・それでいいのか!」
・・・・!!
双樹の見開いた目から、ボロボロと涙がこぼれて来た。
さすがに動揺する。
双樹は手で顔を抑え必死で止めようとするのだが、それに反して全く止まる気配は無さそうだ。
木の切り株に半分腰掛け、もう半分に双樹を誘導して座らせる。
少なくとも、泣き止むまでこの場を離れられそうにない。
「僕は・・・」
やっと少し落ち着いた双樹は、整理できないまま、気持ちを伝え始める。
「そういう事を言ってはいけないんだと思ってる、寂しいなんて思ったらいけないよ」
「馬鹿かお前は」
その言葉を一蹴する、嫦娥は続けた。
「自分の気持ちぐらい素直になれよ・・・それに」
嫦娥はため息混じりに言った。
「正直に話してくれないと、つらい・・・信用されてないと思う」
双樹は目を見開いて驚いた。
「そうか・・・そうだね」
涙がまた、ポタポタとこぼれて地面を濡らした。
双樹がもたれかかって来た。嫦娥の肩に顔をつける。
「綺麗な髪だね」
髪の毛を触る・・・思わず身構えた。
双樹は申し訳無さそうに肩をすくめた。
「お母さんと同じ色なんだ・・・綺麗な長い金髪」
懐かしそうに俯く、長い睫毛が目に止まる。
顔がとても近い。
「きっと、もう会えないと思う、妹にも・・・寂しいけれど、僕はここでちゃんと生きていかなくちゃ」
そう言って笑う。
その表情が・・・なんだろう?なんとも居たたまれない気持ちになった。
思わず顔を背ける。
「ねえ、名前はなんていうの?」
双樹は無邪気に聞いてきた。少し間があく。
「・・・嫦娥」
どうしようか返事に悩んだが、正直に答えた。
「僕は双樹って言うんだ」
嬉しそうに双樹は答える。
・・・・そんなこと知ってる!
言い返しそうだったが、ぐっとこらえた。
「ねえ、嫦娥」
さっそく双樹は名前で呼んだ。
「明日も来てくれる?」
「なっ!?」
何のために、姿を変えたと思っているんだ。
驚く嫦娥に双樹は続ける。
「僕・・・嫦娥と友達になりたいよ」
恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「・・・・・・」
また、なんとも居たたまれない気持ちにさせられた。