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双樹は、抱きしめていた難しい本を、雪鳳の書斎に戻し、自分が読んでいて途中になっている本を一冊取ると、外へ出て、いつもの場所に歩いていった。
この場所は、雪鳳も古鏡も知らない。
双樹と、あとその様子を見ている嫦娥だけが知っている場所だった。
少し離れた丘の上に何本かの桜の木がある。
上に向かって伸びている木が大半なのだが、
一本、斜めに緩やかに延びる太い幹の大きな桜があった。
鈍く、運動神経のない双樹は、その木を好んで登った。
太い幹を登る途中、蜘蛛の巣に出くわす。
目の前で、小さな蝶が絡まっている。双樹はそっと蜘蛛の巣の蝶の周囲だけをちぎった。
フワフワと力ない様子で蝶は空に舞っていった。
ふと、双樹が目を落とすとこの巣の主であろう、蜘蛛が居た。
「蜘蛛さん、ごめんなさい」
申し訳無さそうにそう言うと、双樹は蜘蛛の巣をよけながら、幹を登っていった。
幹を辿っていくと二つ三つ枝分かれしている、そこが双樹の特等席だった。
雪鳳の家は人里離れた山頂にある、その周囲には家など、ひとつもないが、この場所からは、下にある町が一望できた。
米粒ほどの人間達が、それぞれ家を構え、物を売ったり仕事をしているのが一望できる。
彼がもう少し大きくなれば、買い物のため、そこへ行く機会もあるのだろうが、まだ小さく、一度も出かけた事がない双樹には、とても遠い場所のように思うのだろう。
「・・・・」
その瞬間、双樹は家では一度も見せない、哀しそうな表情をした。
・・・この顔だ。
嫦娥は眉間にしわを寄せた。この表情がとても嫌いだ。
双樹はここではない場所の王子だった。
・・・王子とは言っても、妾腹だし、それほど大事にされていた様子ではない。
しかし、権力争いに巻き込まれ、瀕死になった所を雪鳳の命で、嫦娥の姉が助けた。
見知らぬ人、見知らぬ場所
心細くないわけが無い。
その上、保護した当の雪鳳は欄陵姫に構って、ほぼ双樹を気にかける様子は無い。
双樹は孤立しているのだ。
・・・寂しいなら寂しいと言えばいいのに。
そう思うのだが、双樹はその本音を決して雪鳳に見せることをしない。
常に明るく振舞い、人が居なくなった場所で落ち込んだり、泣いたりするのだ。
・・・イライラする。
しかも、せめて、その矛先を可哀想な自分自身へ向ければまだマシなのに
「・・・欄陵姫、大丈夫かな?痛いのかな」
そう言って、双樹は涙を流す。嫦娥は自身の頭を掻き毟った。
この子供は、自身を愛する事を知らないのだ。
初めて出会った時からそうだった。
胸を刺され瀕死の状態の双樹は、そんな中で、父の違う妹の事を心配していた。
どうしようもない馬鹿だと思った。
・・・それから目を離せられない。
「・・・あっ」
双樹が本を開こうと下に目をやると、枝分かれした一つからリスが走ってきた。
ここに居る動物と双樹は友達だ。
「ちょっと、待っててね」
腰から袋を出し、中の木の実を、リスに食べさせる。
それにつられて、さらに数匹の動物が顔を出した。
「・・・こんなに持ってきたかな」
不安そうに腰に手を伸ばした双樹が身をよじっていると、一匹のリスが勢い良く肩に飛び乗った。
「あっ!」
バランスを崩した双樹は幹から落ちる
斜めの緩やかな幹とは言え、距離があるので結構な高さだ。
・・・思わず手が伸びてしまった。
転落した双樹を下で抱きかかえる。
「・・・え?」
身を硬くしていた双樹が目を開いて驚いた。
嫦娥と目が合う。
「お兄さん、誰・・・」
「なっ!?」
・・・見せてないはずなのに!?
動揺し、思わず腕を放す。
ゴン!
鈍い音を立てて、双樹は落ちた。
・・・見られた!?
まれにそういう人間は居るのだが、今まで双樹が全く自分に気づいていなかったので油断していた。
・・・いや、よく考えたら、抱きかかえようとした時点で、無意識に姿を見せていたのかもしれない。
双樹は全く、起き上がる気配が無い。
そういえば、何か鈍い音がしたような・・・
「・・・!!」
目を落とすと、双樹は白目をむいて気を失っている
血の気は失せ、口から泡をふいていた。
すぐ傍に、切り株がある
・・・どうやら、これに頭をぶつけたようだった。
人間になど関わりたくない。
嫦娥は起き上がるまで待とうと思った。しばらく時間が経過する。
・・・しかし、一向に、起きる気配は無い。
「・・・・・・」
このままにするには、気が咎められる
自分が起したら、正体がばれてしまうし、どうしたらいいだろう?
「ああ・・・まったく、鈍臭い!」