プロローグ
遥か、遥か遠い未来。
人類が地球という鳥籠から羽ばたき、太陽系八つの惑星すべてに文明を築き上げた時代。
同じ太陽のもとに生きるはずの人類は、幾星霜を経てもなお争いを繰り返している。
星々は旗を掲げ、領土を争い、覇権を求め、漆黒の宇宙を真っ赤な血で染める。
それぞれの思惑を胸に、あるときは手を結び、あるときは刃を交えた。
それはかつての大地で幾度となく繰り返された歴史が、ただその舞台を変えたにすぎない。
地球は旧き秩序の守護者を自任し、火星は新たな時代の盟主たらんと野心を燃やす。木星の威光は外惑星にまで及び、土星の諸侯はその豊かな資源を盾に、いずれの大国にも膝を屈することを拒んでいた。
水星もまた、その星々の一つである。
太陽に最も近く、灼熱と暗黒が隣り合う過酷な星。
国土は狭く、資源は乏しく、保有する軍事力も列強のそれには遠く及ばない。
ひとたび大国が牙を剥けば、その命運は風前の灯火であった。それでも水星の人々は、祖先から受け継いだ土地を耕し、都市を築き、独立の旗を守り続けてきた。
弱き者には弱き者の戦い方がある。昨日の敵に頭を垂れ、明日の敵と杯を交わす。誇りを捨ててでも守らねばならぬものがあり、誇りを守るために捨てねばならぬものもあった。それはまさに苦渋の選択の積み重ねであった。
一人の青年がいる。
名は、ルシア・マーキュリー・ハルヴェイン。
いずれこの小惑星国家の命運を背負うことを宿命づけられた若者。
そして、その名を悠久の歴史に刻むこととなる男である。
大きな戦争を経て、平穏を手に入れたかのように見える宇宙。
だが、火種はいまでも連綿と燻っている。
時はーー創歴219年の冬。




