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舞踏会3

 その様子を視界に収めながら、ルーテイシアも同様に囲まれていた。幅広の背中が守ってくれているが、こういった場に慣れていないトリスも上手く逃げられないでいる。


「姫。愚かだと思われても良い。私を貴方の求婚者として考えていただけないでしょうか?」

「申し訳ないが、私は既に婚姻を結んでいる身だ」

「存じております。ですがあくまで政略、私は姫のお心に沿いたいのです」


 これ以上の面倒は沢山だ。これでも一応、大変不服だが、既婚者の私に言い寄るとはどういう神経をしているんだ?


 家名を狙って寄ってくる者なら簡単にあしらえるのだが、今回の連中はどうやら系統が違うらしく、ルーテイシアは困惑していた。先程からはっきり断っているのにしつこく食い下がってくる。シェイス並みに鬱陶しい。元来気が長い方ではないルーテイシアが物騒なことを考えていると、丁度頃合い良く腰を攫われる。上品で清涼な香りが鼻腔を擽り、面倒事は任せておこうと大人しく預けた。勿論、抗議を込めて踵の高い靴で足を踏んでおくことも忘れずに。

 素知らぬ顔で埋めるルーテイシアを一瞥し、痛みに引きつるのを耐えて向き直る。


「人妻に手を出すのは止めて貰おうか?」

「こ、皇太子殿下」

「君が僕以上にルーちゃんを満足させられるとは思わないけど?」

「しつこい男性は嫌われますよ」

「ルーシアさんを侮辱するのは許しませんから。この場でなかったら決闘でも申し込むところですよ」

「侮辱などとは」

「妻に不貞を働けと唆しておいて?不愉快だ」


 談笑していた者達は口を噤み、ダンスの途中でも足を止め、広間の誰もが注目している。男に向けられるのは侮蔑に満ちた眼差し。

 ようやく己の失態を悟った男は、蒼白にしながらも非礼を詫び、足早に去っていく。皇太子の不興を買ったあの男は、今後宮中に出入りすることはないだろう。


 何事もなかったように、クリストファーが腕を取りホールへと導いていく。周りも興味を無くしたのか、ダンスを再開し、各々会話に戻っていく。


「……やりすぎではないのか?」


 くるりとターンを決めながら、ルーシアは言う。


「ルーちゃん笑顔、笑顔。折角踊ってるんだから楽しもうよ」

「クリス」

「ええ~。面倒だから殿下にでも聞いて下さい」


(あの人は昔から貴方のことが好きですからね~。本人に全く気づいかれてないのが笑えるけど)


 少なくともカイザークとシェイス以外はまだルーテイシアに対して、恋愛感情を持っていないだろう。トリスやレーデルカはどちらかといえば妹のように接しているし、シェランは様子見といったところ。そしてクリストファーは。


「居心地が良すぎて困るよ」


 一つ屋根の下で暮らしていれば、さすがに常に気を張っているわけでもなく、互いに自然体で接している。プライベートに踏み込まれても嫌悪感を全く感じないことにクリストファーは驚いている。さばさばしている性格のせいか、男らしさが際立つせいか。


「え、おい。クリス!?」


 急にステップを変えたクリストファーに、戸惑いながらもついてくる。勘の良さは運動神経がずば抜けているせいだろう、さすが伊達に二つ名が付いているわけではない。

 今はまだ、この距離感に安心している。近い未来、選択を迫られることになるだろう。お互いに。それまでは、どうかこのままで。



 火照った身体を冷やすために、開け放たれた庭へと逃げてきたルーテイシアは、絶世の美女、ではなく美男の姿を発見した。


「疲れているようだな」

「おや、ルーシアさん。貴方も休憩ですか?」

「まぁな。やはり慣れないことはするものではないな」


 柵に身体を預けて空を見上げる。地上の喧騒とは裏腹に、夜空は静謐を保っている。行儀悪い恰好を咎めるでもなく、シェランは肘を柵に立てて暗い庭へと視線を落としていた。


「すまないな。私のせいで」


 篝火に照らされた横顔からは何も読めない。だからシェランも敢えて問おうとは思わなかった。広間から漏れる音楽が途切れる。どうやら一曲が終わったらしい。


「そのドレス。よくお似合いです」

 ルーテイシアは隣の人物へと視線を戻す。どんなに素晴らしいドレスでも彼の者にかかれば、その存在を霞ませてしまうだろう。

「世辞か?」


 ふ、と苦笑を洩らすルーテイシアに、情けなくも違うと首を振るシェラン。その様子がおかしくて笑ってやればばつが悪そうにそっぽを向いた。


「すまん。だが私よりもドレスが似合いそうな者に言われてもな」

「笑い事ではありませんよ、全く。私だけでなく、そのドレスを贈ってくれた者にも失礼です」

「では後で二人にも謝罪しておこう」

「貴方は……いえ、そろそろ戻った方が良いのでは?」

「そうだな。面倒だが仕方ない。シェランはもう少しここに居るといい。誘蛾灯の役割を果たしてくる」


 手を振り戻っていくルーテイシアの背を、シェランは何時までも見つめていた。遠目にも、ルーテイシアの姿を見つけた輩が群がっていくのが判る。確かにあれだけ引きつけてくれれば、会場内でシェランが目立つこともあまり無いだろう。気遣いをありがたく思うと同時に護られている自分が悔しくもある。いつまでも逃げている自分とは大違いだ。

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