舞踏会2
大陸でも有数の歴史を誇るディエル帝国。時の有名な建築家によって築かれた大広間は、大国の名にふさわしく豪華だが洗練されている。一部の特権階級にしか入場を許されず、そこで開かれる宴に出ることは乙女の永遠の憧れだ。
今年初めて社交デビューする令嬢達は、親や知人に囲まれながら夢の晴れ舞台に落ちつきなくそわそわし、男達は目当ての女性を求めて中継ぎを頼んだり、直接親と交渉する。
特に適齢期の男女は親族総出で見合い合戦の根回しをするので忙しい。
「そう考えると僕らって気楽だよね~」
「親戚から体良く子守を押しつけられてますけどね。トリス殿も同じですか?」
「……ああ」
「俺は親戚から敬遠されてるから楽ですよ?」
この国で一番尊い女性に婿入りした四人は、それぞれのパートナーがいないのをいいことに壁際で花を咲かせていた。社交に明るく見栄えもいい、奥さんがいるから安全と、親族からパートナーの決まっていない令嬢のエスコート役をこれ幸いと押しつけられたのだ。さすがに主家へと婿入りした男達に手を出す気はないらしい。
しかし既婚者。結婚相手を探す令嬢達に四六時中くっついているわけにもいかず、適当に独身男性を紹介して逃げてきた。彼等はあのルーテイシア嬢の婿である。本人が出席することもあって、彼等を誘う勇者は残念ながらいない。それ即ち五家を蔑ろにすることになるからだ。
「ルーちゃん早く来ないかな?暇だよ」
正式な宴の席では、既婚者が最初に踊るのは正式な相手=妻または夫と決まっている。
「そんな焦らずとも間もなくでしょう。今宵のドレスはクリス殿とレーデルカ殿がデザインしたと聞いておりますが」
「どんなデザインにしたんです?」
「それは見てのお楽しみ~。でも絶対似合うことは保証するよ」
口に人差し指を当てる姿が色っぽくて、それを目撃した夫人がふらっと倒れる。開会前だというのに倒れてしまった夫人をパートナーの男性が慌てて運んでいくのを横目に、四人?は始終和やかだった。
皇族の入場に人々が膝を折り迎える。皇太子に腕を取られながら入場したルーテイシアは、視界にこっそり手を振る男達を見つけて緊張の糸を緩めた。小さくあいつら何やってるんだと舌打ちするのが隣から聞こえる。
それにしても眩しい。影なんてないのではないかと思うくらいの光源が灯され、この日のために誂えたのであろう色とりどりの煌びやかなドレスや宝石が光を反射してちかちかする。決死の覚悟で襲撃すれば今ならせいこうするかもしれないなと埒もないことを考えていると、横で腕を引かれた。所定の位置を危うく通り過ぎるところだ。その後は他の者と同じように頭を下げて皇帝を迎える。
普段はアレだが、真面目にやれば、威厳に満ちて見えるから不思議だ。平素のギャップを考えれば致し方ないだろう。
短い口上で宴が始まる。初めの音楽は皇帝夫妻のためのもので、その次からダンスに加わる。
それにしても、先程から殺気はないが多くの視線を感じて落ち着かない。注目を集めるのは慣れているが、殺意や嫉妬とはまた違っている。
目が合えば慌てて逸らされるし、一体何なのだ?
「気持ちが悪い」
「酔ったか?」
「いや。身体がむずむずして落ち着かない。恰好がおかしいのか?」
暗色が悪かったのか。それとも地味すぎるのか。
ステップを一瞬だけ止めたカイザークが奇妙な顔をしている。
「昔っから鈍いな」
見惚れているだけだとなぜ気づかないのか。当時でさえちょっとした噂になっていたが、成長し、大人の色香を纏うようになったこいつを放ってく人間はいない。皇家特有の青銀の髪を持つ人間など限られている上に、皇太子が踊る人物は一人しか該当しないので当然誰かは判っているのだろう。
男達の熱い視線を時折牽制しながら、ダンスを終える。会場中の視線を浴びながら二人は、旦那達の元へ。
「お疲れルーちゃん。そのドレスよく似合ってる。たまにはこういう恰好もいいでしょ」
「ズボンに慣れているから違和感がするな」
「そう?ルーシアさん、家ではいっつもそんな……」
名誉のためにトリスがシェイスに肘鉄を食らわせる。他三人の男達も無言で軽蔑を送った。日頃はともかく紳士としてマナーの心得はあるのだ。
トリスがぽんとルーテイシアの頭に手を置いて目元を緩ませる。
「綺麗だ」
嘘なんて言わない人なので、素直な讃辞にルーテイシアはぽんと顔が赤くなる。
「一曲踊ってくれるか?」
断る理由もなく頷いた。ぼうっとしながら腕を引かれていく。
「ああ、ほら。ルーシアさんをトリス殿に取られてしまいましたよ」
「ええ!?ルーシアさーん」
「本当だ。さすがトリスは上手いな」
無駄のない手腕に感心していると、皇太子目当てに恐る恐る人が集まってくる。つられて、遠巻きにしていた連中も今がチャンスと三人を囲む。
「殿下。お次は私の娘などいかがですか?」
「クリストファー様。一曲が終わりましたらわたくしと踊ってくださいまし」
「ベーネンルグ卿。よければこちらで先日のお話など」
「珍しいですなスクオーツ少将。折角だから軍議について語り合おうではないか」
何度も言うが、彼等は容姿、家柄、地位のどれをとっても優良物件。例え結婚していようが、第二夫人、第三夫人を狙う貴族は多いのだ。あわよくば今の内に気を引いて、再婚しようと狙っている女性も少なくない。本来なら離婚など滅多な理由がない限り許されないのだが、彼等に限っては例外で、子供さえ作ってしまえば、両人の了解があれば皇帝の名で離婚してもいいと認められている。
婚姻を結んだのは、あくまで爵位を継ぐ正式な跡継ぎを作るためなのだ。絶対権力を持つルーテイシアを敵に回したくないが、彼等との婚姻は旨みがある。だから隙さえあればこうして群がってくるのだ。”待て”の効果が効くのは、一曲を踊り終えるまでである。