舞踏会1
時系列的には、旦那と顔合わせしてしばらくの頃、です。
「え~じゃあ今日のルーシアちゃんは殿下のパートナーなんだ。だったら僕も誰か適当に見繕わなきゃ」
「仕方ありませんよ、クリフ。シーズンの始まりを告げる皇帝主催の夜会ですから諦めましょう。勿論私達とも踊ってくださいね、ルーシアさん?」
耳にかけた銀の髪が流れ落ちるのも構わずシェランがルーテイシアの右手にキスを落とし、クリストファーが怠そうに肘掛けに乗りながらこてんとルーテイシアの頭に頬を載せる。
いくら冴え冴えとした美貌であろうとも暑苦しい行為は決して涼しくはならないのだ。
「皆さん楽しんできてくださいね」
まるで他人事(実際他人事なのだが)のように微笑ましく絵を描いているレーデルカ。
纏わりついてくる男達に諦めの息を漏らしながら、どこで間違ったのだろうと遠い目をした。
「他の男に見立てさせたのは気に入らないが、悪くはないな」
上から下までとくと見回したカイザークがゴーサインを出す。不機嫌と書かれた顔にキスを落として出て行った。侍女達の黄色い声が上がる。
女と違い、支度に時間がかからないので、直ぐに迎えに来るだろう。
「あの皇太子殿下がわざわざ見に来られるほど愛されていらっしゃいますのね」
「こちらはトレアス卿の見立てなのでしょう?さすが洒落者の異名は伊達ではないですわ」
この日の装いは、ルーテイシアの瞳に合わせた藍色のドレスだ。女性にしてはやや高めな身長を生かし、藍から黒へと流れるようなグラデーションのロングドレス。
皇家特有の銀に青を溶かし込んだような髪は丁寧に上げられ、ほっそりした項にわざと後れ毛をそのままにして、甘い色気を醸し出していた。アクセサリーは手首の細い銀の鎖だけで、瑞々しく鮮やかな真紅の薔薇が髪を飾る。
そっけないほどシンプルだが、ルーテイシアの持つ硬質な美しさをより引き立てる。高嶺の花を演出することで、少しでも近づく男を減らそうとする送り主の思惑を見事に体現していた。
素晴らしい出来映えに、うっとりと侍女達が見つめているとも知らず、慣れないヒールで室内を歩き回る。
股がすーすーして落ち着かないな。
日頃、制服を身につけているルーテイシアは大半をパンツで過ごしているため、久しぶりに纏ったドレスに違和感を禁じ得ない。常のように、大股で歩くのははしたないので、小股で歩くよう注意しなければ。
何度も往復して、昔の感覚を思い出しているとカイザークが顔を出した。外を見れば、赤い光は落ちて夜の帳が開いている。
「今更緊張か?そんな可愛い性格してないだろう」
「ただの歩き方の練習だ。最後にドレスで出席したのは何年も前だから変な感じ」
「俺の成人の儀、以来だったか。一度ダンスでも練習してみるか?その凶器で足を踏まれるのは勘弁してくれ」
「知らん振りするのも紳士の務めだろう」
そう言いつつも、合図をすれば侍従が家具を退けて即席の舞台を作り上げる。向かい合ったはいいが、早速カイザークが奇妙な顔をした。
「……俺に女役をやらせるのか?」
「ん?ああ、そうか。こちら側で踊る方が多いものだからつい」
組み直して、カイザークの口ずさむ音でステップを踏む。子供の頃は何度も踊った仲だ。両者の呼吸はぴったりと合い、端から見れば優雅に踊っているようにしか見えない。しかし、踊りきったルーテイシアの顔は厳しいものだった。
「2回。前より鈍くさくなったな」
「それはお前のリードが下手なせいだろう」
「自分の否は認めろよ。俺のリードは完璧だ」
「パートナーをいかに上手く導くかが腕の見せ所だ。つまり、私が失敗したのはお前のリードが下手なせいだ」
「そこまで言うなら手本を見せてみろよ」
「上等だ」
売り言葉に買い言葉。すったもんだしている内に、なぜか男役がルーテイシアを、女役をカイザークが務め、踊りだす。いつまで経ってもやってこない二人に痺れを切らした王の侍従がやって来るまで、延々二人はリードの覇権争いをしながら踊っていた。