最終通牒
これがプロローグになります。いきなり外伝て(汗)
私はディエル帝国空軍第二部隊隊長を務めるルーテイシア・バレッタ・レンツァー・ミラコン・スオード・ライデン・ドルス中佐だ。やたらと名前が長いのは両親及び祖父母の位の次期跡取りが私だけだからだ。領土に変えれば実に帝国の半分は事実上私の領土になる。
しかし私にとっては迷惑以外の何ものでもない。よく考えてもみたまえ。書類にサインする際には人の三倍あるだろうフルネームをわざわざ書かなければならんのだ。書類整理するたびに補佐官達にまで気の毒そうに見られる私の気持ちがわかるだろうか。
少し話が逸れた。皇都一の大邸宅であるこの屋敷には今私一人しかいない。なぜかって?生粋の貴族である両親が書き置きだけを残して何度目かの新婚旅行に行ってしまったからだ。我が親ながら呆れるしかないのだがせめて使用人全員を連れて行くのは止めて欲しい。祖父母の代まで全員が各領土を持っているため、本邸から人を呼ぶには少々ややこしい事態になるのだ。この別邸はどこの本邸にも入れない私が暮らすためにあるのであって、断じて普段離れて暮らしている両親の逢瀬をする場所ではない。
そんなわけで来客があれば私しか出る者がいないのだ。因みにこの屋敷の規模から考えて、私の私室から玄関まで全力で駆けても三分はかかる。何十日かぶりの休暇を心ゆくまで堪能していた私は、適当にシャツとパンツを引っかけて出ることにした。貴族令嬢としてはありえないが、寝る時は下着派なのだ。
寝ぼけ眼を擦りながら顔を出した私に来客が固まっている。
「どちら様だ?」
「ぶ、無礼者!私は皇帝陛下より遣わされた勅使だ。ルーテイシア・バレッタ・レンツァー・ミラコン・スオード・ライデン・ドルス嬢に取り次ぎを頼む」
「そうか。で、なんだ?」
「貴様私を愚弄する気か!?」
一番偉いのだろう。きゃんきゃん吼える男に片耳を指で押さえながら扉に凭れて欠伸した。今日も眩しい青空だ。絶好の飛行日和だな。
「…………というわけだ!おい、聞いているのか!」
「それでそのお偉い勅使が何の用だ?こちらは夜勤明けで疲れてるんだ」
「おのれ!」
顔を真っ赤にした男が、剣を抜きはなった。流石にまずいと思ったのか他の二人が止めようとする。私はふっと鼻で笑ってやった。とんだ笑い種だ。間でわたわたしている男に指差して。
「そこのお前。陛下にお伝えしろ。相手の顔も判らないような勅使を遣わすな、とな。寛大な私でなかったら今頃手打ちにしているところだ」
指された男の顔がさっと青ざめる。私が誰だか判ったのだろう、何度も頷き同僚と一緒に引き上げていった。
やれやれとんだ茶番だな。苛立ちを抑えるためにももう一度惰眠を貪りに自室へ戻った。
「…きろ、ルー。ルー!」
「何だ?うるさいぞ」
ぺしぺし頬を叩かれて流石のルーテイシアも眠りから覚めた。飛び込んできたのは幼なじみである皇太子カイザークの端整な顔。頬に柔らかい感触がして、いい加減起きろとルーテイシアの上にカイザークの体重が乗る。
「重い」
「当たり前だ。起こしてるんだからな」
「一体いつ私が入室の許可を出した?皇太子が婦女子の部屋に勝手に入るなんぞ言語道断だぞ」
「そっくりそのままお前に返すよ。陛下からの手紙を届けに来た」
「お前が?」
「ああ。どうやらこちらの不手際でお前に迷惑をかけたようだからな。あの勅使は減給処分で許してやれ」
皇太子自ら届けるなど余程重要なことなのか。反動をつけて起き上がったルーテイシアは寝室を出て机の引き出しからペーパーナイフを取り出した。何の躊躇いもなく封を開ける。しかし読み進める内に段々眉間に皺が寄っていく。カイザークは机に座りながらにやにやと笑っていた。
「どういうことだカイザー。私は断じて、認めない!」
ばんと両手で机を叩く。握り拳から垂れる血がルーテイシアの心情を何よりも顕していた。
「予定が少し早まっただけだろう。これは貴族院で既に可決され決定事項だ。お前に拒否権はない」
「ふざけるな!いくらなんでもこれは…」
「それとも薬を使って無理矢理されたいか?お前の両親や祖父母も全員了承済みだ。諦めろ」
最終通告に力が抜けて椅子に深々と腰掛ける。手の平で覆うと空を仰いだ。この身が男だったら、自分に兄弟がいたらとこれ程疎ましく感じたことはない。垂れた腕から一枚の紙がこぼれ落ちた。
『ルーテイシア・バレッタ・レンツァー・ミラコン・スオード・ライデン・ドルスに命ずる。こちらより選びし六人を婿とし、その子供を次期当主とせよ。もしこれを断るようであれば、身柄は皇族預かりとなる。
追伸:ごめんねルーシアちゃん。家の馬鹿息子共々せいぜい励んでくれたまえ。仕事の方はちゃんと調整するから子作り頑張ってね~。今日の午後には全員ルーシアちゃんの自宅に集まるからよろしく。早く僕に孫の顔を見せてね。あ、入籍はもう済んでるから心配しないでね。
君の義父上より』