“噂の令嬢”って……もしかして私ですか!?
「ねぇ……。聞いた? この間、エイクシュニル寮に出たんですって……?」
「聞いた、聞いた! なんでも、在籍してるのに、顔も見たことがない人がいるそうよ……?」
「えぇ……それ、怖いわね」
(噂好きな人が、多いわねぇ……)
入学式当日――。
ヘルミーナは、リルベーラの隣を、鼻歌交じりで歩いていると、いたるところから、噂話が聞こえてくる。
その中の、ほとんどが、エイクシュニル寮に、何かが出るという噂だった。
(もし、私に似てる人がいるなら、いつか、会えるかしら!)
ヘルミーナは、リルベーラの肩を、ポンッと叩くと、制服のポケットに、メモを入れた。
《エイクシュニル寮に、何かが出るみたいよ?》
メモを読んだ瞬間、リルベーラは、一瞬、固まる。
と、同時に、扇子で、口元を隠した。
「何かって……。あなた、まさか、気づいていないの?」
入寮して、三日。
これは、二人の間で決めた、ルールだった。
『ヘルミーナ。あなたに、私の声は、聞こえるのよね?
もし、聞こえるなら、肩を一回。聞こえていないなら、肩を二回、叩いてちょうだい?
……って、私に、触れることは、できるのかしら……?』
しばらくすると、肩を、ポンッと、一回叩かれる。
それと同時に、リルベーラは、ホッと、胸をなでおろした。
(もし、実体がないとか、言われたら……怖かったけど。人だって、わかって、よかったわ)
先ほど、鏡台の上に置いてあった、ノートの輪郭が、ふわりと揺れたかと思うと、色が薄れ、空気に溶けるように、姿を消した。
(なるほど……ヘルミーナが、触れている間は、物も“周囲の認識から外れる”ということなのね)
それから、ほどなくして――。
ノートが、また、鏡台の上に、姿を現した。
―――
人の声も、聞こえるし、触ることも、できるわ。
ただ、相手が、私が触れていることに、気付けるかは、その人次第なの。
私が、いることを、認識しているか、していないかが、大切なのよ。
今、リルベーラは、私が、ここにいることを、認識しているから、気づけているの。
お兄様とかであれば、話すことも、できるんだけど……
―――
(話せるようには、何か、条件があるということなのかしら……まだ、わからないわね)
リルベーラは、ノートに書いてあることを読むと、少し、考え込み――。
ひらめいたのか、ポンッと、手を叩いた。
『なら、こうしましょう!
ずっと一緒は、無理だけど、近くにいるときは、メモで会話を。
私は、こうやって、口を隠して、会話をするわ』
リルベーラは、制服の胸元を整えながら、腰に下げた、小さな扇子に触れると、口元へ持っていき、鏡に向かって、微笑んだ。
その笑顔は、まるで、鏡越しに、ヘルミーナへ向けられたようだった。
その姿を見た、ヘルミーナは、思わず、肩を、ポンッと叩いた。
(これなら……友達で、いられるかもしれないわね)
初めて、友達ができると思うと、ヘルミーナ自身も、思わず、笑顔になった。
***
(気づいていないって、何のことかしら。
誰かが、私を見つけてくれるってこと……かな?)
リルベーラの言葉に、首を傾げていると、彼女は、ヘルミーナに聞こえるくらいの、大きさで、話を続けた。
「まぁ、いいわ。あなたのことを、ちゃんと、見つけられる人が、どこかにいると、思うわ。私みたいにね!」
ヘルミーナが、肩を叩いた方向へ、顔を向けると、リルベーラは、そっと、ウィンクをしてくる。
(リルベーラ……かっこいい!)
ヘルミーナの姿は、見えていないはずなのに、まるで、隣にいるかのように、扱ってくれる。
その自然さに、ヘルミーナは、思わず、小さく、感嘆の声を漏らした。
「とりあえず、入学式が始まるから、そろそろ、講堂に向かいましょ!」
ヘルミーナは、リルベーラの肩を、ポンッと、一回叩くと、彼女の後ろを、そっと、ついて行った。
ザワザワザワ――。
講堂に着けば、たくさんの人が、集まっている。
中央には、緋色の、長い絨毯が伸び、壇上には、国章入りの旗が、並んでいる。
(うわぁ~……こんなに、たくさんの人が、いるなんて……。初めて、見たかも)
同じ制服でも、袖口のラインの色が、少しずつ違っていて、見ていて、楽しい。
「ヘルミーナ。はぐれないように、気を付けてね?」
その声に応えるように、ヘルミーナは、そっと、リルベーラの肩を、ポンッと叩いた。
たくさんの、人垣を、かき分けながら、リルベーラの後ろを、追う。
……が、ヘルミーナが、周りから、認識されていないこともあって、思うように、前へ進めない。
(うわぁぁ~……待ってよぉぉぉ~~)
前を歩く、リルベーラの背中は、どんどん、遠ざかっていく。
焦ったせいか、ヘルミーナの、心の声が、ふっと、外に漏れた。
(し、しまった……また、やっちゃった)
「えっ!? 今、誰か、声、出した!?」
「えっ、わたしじゃないよ!?」
ヘルミーナの、突然の声に、近くにいた人たちが、きょろきょろと、辺りを見渡すが、ヘルミーナは、見えていない。
「も、もしかして……これって……」
「エイクシュニル寮で、噂になってるっていう……」
「「あれ!?!?」」
ヘルミーナが、見えないこともあって、近くにいた人たちが、どよめいた。
(あれ……って、もしかして……私のことだった……?)
会場内に、入ることを、思い出した、ヘルミーナ。
今になって、エイクシュニル寮に、何が出るのか、少し、わかった気がした。
「とりあえず、リルベーラを、追わないと……」
目の前で、ざわざわしていることを、気にすることなく、ヘルミーナは、急いで、リルベーラの後を追った。
(うわぁ~ん……友達との、初めての行事なのにぃ……。
はぐれたら、また、声が出ちゃう……!)
顔を、青くしながら、ヘルミーナが、走っていく。
その光景を、上から、静かに、見つめる影があった。
王族たちが座る、二階席――。
そこからは、今年、入学する一年生の姿が、一望できるようになっている。
その近くには、同じく、王族席に座っていた、グレインの姿もあった。
彼が座る、斜め前の席で、ひとりの青年が、興味深そうに、目を細める。
「へぇ~……今年の入学生に、面白い子が、いるね?」
リンデルの視線の先で、小柄な影が、人波を、かき分けていた。
「リンデル。何か、言ったか?」
「いや、なんでもないよ。ただ、グレインに、似てる子を、見つけてさ。」
「えっ? 俺か……?」
「うん。まぁ、いつか、会えるだろうね。」
そう言って、リンデルは、壇上へと、目を向けた。
(あの顔は……面白い、おもちゃを、見つけたって顔だな……)
グレインは、リンデルの笑顔を見て、ため息を吐いた。
リンデル・ヴァール・スノーミル。
スノーミル国の、第五王子だった。
(何事も、起きなきゃいいがな……)
まさか、リンデルが、目をつけた“面白い子”が、
自分の妹だとは、思いもしないまま――。
入学式は、粛々と、始まった。
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