寮生活、いきなり波乱!? ルームメイトは“見えない妖精さん”のようです!
「お兄様、お待たせしました。」
制服を縫い終わると、人垣をかき分けながら、グレインの元に戻る。
「遅い」
「いったぁぁ~!!」
満足そうな顔で戻ってくるヘルミーナを見て、少しイラっとしたグレインは、ヘルミーナの額めがけて、パチンとデコピンをお見舞いした。
「お前、自分の立場、わかっているのか? 俺がいないと、お前は……」
グレインは、ヘルミーナを心配していたのか、口をもごもごさせながら、頭をガシガシとかく。
「わかっています。誰にも認識されないと、言いたいのでしょう?」
認識されないという言葉を聞いてか知らずか、グレインの肩が、びくりと揺れた。
(……本当に、もう大丈夫なのに。昔のことを、気にしているのね)
グレインの肩を、ポンポンと叩くと、先ほどよりも、少し高い声で、話を続ける。
「でも、大丈夫ですよ。お兄様が、すぐに見つけてくれますから! それに、こっそり、お直しもできちゃいますしね!」
「ヘルミーナ……」
「さぁ、次ですよ!」
話を変えようとすれば、ちょうど、並び順が次になっていた。
「ふふ、寮生活、楽しみですね~。友達が、できればいいんですけど!」
くるりと、グレインの方を振り返りながら話すヘルミーナを見れば、本当に、学園生活を楽しみにしていたのが、わかる。
「そうだな……」
グレインとヘルミーナは、入寮の手続きを済ませると、そのまま、寮に向かって足を進めた。
***
「お兄様の寮は……フレースヴェルグ寮ですか。」
入寮前に、手渡された一枚の紙。
そこには、その寮を象徴する――翼を広げた、大きな鷲の紋章が描かれていた。
「そうだな。」
(なんだか、お兄様っぽくないわね。鷲って、かっこよすぎるもの……)
クスッと笑ったヘルミーナを、グレインが、ぎろりと睨むや否や、彼女の手から、紙をひょいっと取り上げた。
「あっ……」
「そういう、お前は、どこなんだ……?」
「まだ、見ていないんですから、返してください。」
「いいだろ? 見たって、減るもんじゃないし。」
お返しとばかりに、グレインは、ヘルミーナの紙を、その場で開いた。
「えっと……鹿……?」
そこには、角が木になっている、神秘的な鹿の絵が描かれていた。
「あぁ。これは、エイクシュニル寮だな。」
「エイクシュニル寮ですか……?」
首を傾げるヘルミーナに、グレインは、アルファルズ学園の寮について、話し出した。
「あぁ。この学園に、五つの寮が存在するのは、知っているだろ?」
「はい。」
「その五つの寮は、それぞれ、動物がモチーフなんだ。お前の寮は鹿。俺の寮は鷲。他には、猪、馬、リスだな。」
「へぇ~……また、変わった動物のモチーフですね。」
「そんなこと、言うな。それに、ちゃんと意味は、あるんだぞ。お前のエイクシュニル寮は、静かで落ち着いたところだ。
俺のフレースヴェルグ寮は、風紀が厳しくて、優等生が多い。
グリンブルスティ寮は元気、スレイプニル寮は実力主義、ラタトスク寮は……まぁ、噂が飛び交う、にぎやかな場所だな。」
「……それって、意味というより、ただの特徴では、ないですか……?」
ヘルミーナの言葉を聞いて、グレインは、小さく頷くと、何事もなかったかのように、話を続けた。
「まぁ、行ってみれば、わかるだろ? 俺の寮と、お前の寮は隣だし、何かあったら、いつでも連絡しろ。すぐに、飛んで行ってやる。」
グレインは、ガシガシと、ヘルミーナの頭を軽く撫でると、そのまま、寮の方へ歩き出した。
ヘルミーナも、その後ろ姿を見送ると、自分も、かかとを返した。
(なんだかんだ、一番、私に甘いのって、グレインお兄様なのよね。でも、そのおかげで、助かってるんだけど……)
気持ちを切り替えるために、ヘルミーナは、軽く頬を叩くと、そのまま、自分の部屋へと向かった。
***
「三……一、七……」
紙に書いてある部屋番号を探しながら歩いていると、途中で、何人かの生徒とすれ違った。
ヘルミーナは、そのたびに、軽く会釈をするが、誰ひとりとして、それに気づく者はいない。
「今、一瞬……寒気がしたような……」
「え? 風邪でも、引いた?」
ひらりと、ヘルミーナの手元から、紙が落ちる。
(しまったぁぁぁ~~~!!)
ヘルミーナは、思わず、両手で顔を覆った。
「え……!?……紙!?」
ヒラヒラと、どこからともなく現れた、一枚の紙。
誰かが、「落としましたよ」と返しても、皆が、口をそろえて、「落としてません」と返ってくる。
そして、その場にいた全員が、顔を見合わせると、首を傾げ、一瞬沈黙――。
「「「キャァァァ~!!」」」
と、悲鳴を発するのだった。
(まぁ、いつものことだし、仕方ないわね……)
当の本人は、慣れているのか、そのまま、その場を後にして、自分の部屋へと向かった。
コンコン――。
自分の部屋を見つけたヘルミーナは、扉を叩く。
中から、「はい……」と、返事が聞こえる。
(あれ……この声、どこかで、聞いたことがあるような……)
扉が開くと、目の前に立っていたのは――。
吊り目の女性だった。
「……あれ? さっき、扉を叩く音が聞こえたと思ったんだけど……気のせいかしら?」
吊り目の女性は、ヘルミーナに気付いておらず、そのまま、扉を閉めようとする。
(あっ……扉が、閉まっちゃう!!)
ヘルミーナは、扉が閉まる直前、スッと、部屋の中へ滑り込んだ。
(寮って聞いてたから、もっと狭いのかと思ってたけど……思ったより、広いのね)
左右には、背の高い、シングルベッドが一台ずつ置かれ、その下には、勉強机が収まっている。
(ベッドの下は、カーテンで仕切れるようになってるのね。便利だわ!)
きょろきょろと、あたりを見渡していると、一台の鏡が目に入った。
(うわぁ~、すごい。綺麗に、磨かれている!)
その瞬間――。
たまたま、鏡の前を横切った、吊り目の女性が、ふと、立ち止まった。
鏡の端が、ほんのわずかに、曇ったように、揺らめく。
「……あれ? 今、誰かが、いたような……」
もう一度、目を凝らしても、鏡には、誰も映らない。
「……気のせい、よね。」
(このままだと、驚かせてしまいそうね。何か、いい方法、ないかしら)
仮にも、これから一年、一緒に暮らす、ルームメイト。
ずっと、このままでは、吊り目の女性も、身体が休まらないだろう。
(あ、いいこと、思いついた!)
ヘルミーナは、持ってきたカバンから、一冊のノートを取り出し、そっと、鏡台に置いて、ページを一枚開いた。
***
「えっ……? さっきまで、ノートなんて、あったかしら……?」
鏡台の上には、ノートが一冊、置かれていた。
リルベーラは、恐る恐る、ノートを見ると、そこには、手紙のようなものが、書かれている。
―――
吊り目の美人さんへ。
今日から同室の、ヘルミーナ・スヴァルドレーンと、言います。
無事に、あの人たちから、解放されたようで、よかったです。
理由があって、人から、あまり認識されにくいので、書きました。
これから、仲良くしてくれたら、うれしいです。
よろしくお願いします。
ヘルミーナ
―――
リルベーラは、その文章を読むと、ふと、鏡の方を向く。
「あなたが、妖精さんだったのね……? ヘルミーナ。」
卒業パーティーから始まった、不可解な出来事に、静かに、ピースがはまっていく。
「私の声は、聞こえているのかしら。私の名前は、リルベーラ・エーデルヴァーン。これから、よろしくね。」
鏡の前で、にこりと笑う、リルベーラを見て、ヘルミーナも、笑顔を返した。
「リルベーラ。これから、よろしくね!」
見えなくても、きっと、伝わる。
リルベーラは、そんな気がしていた。




