ツリ目令嬢、再び危機一髪!? 助けてくれたのは“妖精さん”!?
「痛いじゃない! また、あなたなのね……!?」
セレーネは、ゆっくり立ち上がると、少し離れた場所で並んでいた吊り目の女性の元に向かった。
「あっ……また、あの方のところに……」
それを見ていたヘルミーナは、思わず声を上げる。
「何か言ったか……?」
「え? 私は、何も言っていないけど……」
「今……後ろから、女性の声が聞こえた気がしたんだが……気のせいか……?」
ヘルミーナの周りにいた人たちが、キョロキョロと周囲を見渡すが、そこにいるのはグレインだけ。
ヘルミーナ自身も、思ったより声が大きかったのか、驚いたように、思わず口に手を当てる。
「……ちょっと、怖いこと言わないでよ。後ろにいるのは、男の人だけじゃない」
「そ、そうだな……気のせいか」
グレインと目が合うと、前に並んでいた二人は「すみません」と軽く会釈をしてから、前へ向き直した。
「おい……ヘルミーナ。もう少し、時と場合を考えろ。お前が驚いたりするときだけは、声が聞こえやすくなるんだぞ?」
「す、すみません……すっかり忘れていました」
周りに聞こえないくらいの声量で、グレインが注意すると、ヘルミーナは肩を落としながら、素直に謝る。
「それで……何があった……?」
グレインの位置からは、状況が見えていなかったらしく尋ねると、ヘルミーナは慌てた様子で話し出した。
「グレインお兄様……また、吊り目の美人さんが絡まれているので……行ってきます!」
「吊り目の美人?」
その言葉を聞くなり――
ヘルミーナは、すでに二人の元へと向かって、走り出していた。
(……ったく。人の話は、最後まで聞けばいいのに……こういうところは、母上そっくりだな)
グレインは、ヘルミーナが走り去っていく姿を見ながら、ため息を吐いた。
そして周りの人たちは、ヘルミーナが見えていないためか――
「突風が吹いた!!」
と、騒ぎになっていることなど、本人は知るよしもなかった。
(本当に……このまま、学園生活が始まって大丈夫なのか……俺だけで、何とかできるとは思えないんだが……)
ヘルミーナが、突風と勘違いされている頃、入寮手続きの列では――。
***
「ちょっと! 聞いているの!? あなた、ローゼンクラフト公爵家の私に、そんな態度をとってもいいと思っているわけ!?」
入寮日当日――。
吊り目の女性こと、リルベーラ・エーデルヴァーンは、手続きを済ませようと、列に並んでいた。
「この行列……話には聞いていたけど、一日がかりになりそうね……」
エーデルヴァーン公爵家では、学園に入る際、侍女を一人も付けない決まりになっている。
それどころか、送り迎えすら、許されていない。
理由は――。
学園において、“公爵家という身分を使わない”ことが、家の掟だからだ。
リルベーラは、人の邪魔にならないように、トランクケースを通路とは逆側に置き、本を読みながら、静かに待っていた。
すると――。
「いったぁぁぁぁ~~~い!!」
目の前で突然、金髪の女生徒が転んだのだ。
「だ、だいじょ……」
そのままにしておくわけにはいかないと感じたリルベーラは、金髪の女生徒に声をかけようと、しゃがみ込んだ。
「痛いじゃない! って……また、あなたなの!?」
涙目になりながら、リルベーラを見上げてくる女生徒を見て、リルベーラは思わず、顔を引きつらせた。
(……またか……この子も、私を標的にすると決めているみたいね……)
差し伸べようとした手を引っ込めようとすると、セレーネは、リルベーラの腕をガシリと掴み、グイッと、自分のほうへ近づける。
そして、次の瞬間――。
どこから取り出したのか、自分の制服を、ナイフのようなもので、切り刻んだ。
「キャアァァァァァァァ~~~!!」
先ほどよりも大きな叫び声に、周りにいた人たちも、思わず、リルベーラの方へと近づいてくる。
「な、何事だ!?」
観客がそろったかのように、セレーネは、ウルウルと目を震わせると、周りに見えるように、ナイフをカランカランと落とし、破れた制服を、誇張するように見せつけた。
「制服、破けてるぞ!?」
「まさか、あの子がやったのか?」
「キャァァァ~! ナイフが出てきたわぁぁ!」
先ほどまであった長い行列は、瞬く間に円になり、リルベーラたちを囲む。
(卒業パーティーの時から、面倒だと思ってたけど……本当に、面倒な人ね)
リルベーラは、目の前にいる、演技派なセレーネを見て、大きくため息を吐く。
と、同時に、一人の男が近づいてきた。
「おい……何があった」
その男が近づいてきた瞬間、周りにいた女生徒たちも、「きゃ~~~~~!!」と、黄色い声を上げた。
(うわぁ~……面倒なのが、もうひとり来たわ……この男、いつもこうやって、“状況も見ずに”しゃしゃり出てくるのよね……)
顔には出さないリルベーラだったが、現れた男を見て、持っていた本を、思わず握りつぶした。
***
「あちゃ~……制服、破けてるわ……」
ヘルミーナは、近くまで行くと、何があったのか、瞬時に理解した。
(あのナイフ……フレイシアにしかない鉱石で作られているものね。確か……結構、高いはず)
自分の痕跡が残らないように、ハンカチを使って持ち上げ、そっと、金髪の女性のポケットに戻す。
破けた箇所を確認すれば、縫い目に沿って、きれいに破かれているのがわかる。
(この破け方……初めから、細工がされていたみたいね……)
「とりあえず、縫っておいた方がいいかな……」
ヘルミーナは、針と糸を取り出すと、破けた場所を、きれいに元通りへと戻していく。
ちょうどその時、王子の靴が、ヘルミーナの目の前をかすめ、彼女は、そっと一歩下がった。
もちろん、誰にも気付かれない。
(急ぎ縫いは、苦手なのよね……歪んでいませんように!)
そして、しばらくすると――。
タイミングを見計らったように、偉そうな男がやってきた。
「……おい、何をしている」
ドキッ。
ヘルミーナは、気づかれたと思い、息を止めると、声のする方を見た。
「ひぃっ……」
口に手を当てて、目を大きく見開くと、そのまま、ゆっくり顔を動かす。
と、どうやら、目の前の男は、吊り目の女性に話しかけているようだ。
「ハァ……私じゃなかった。……って、見えるわけないものね。さぁ、続きやりましょうか」
ヘルミーナは、自分に話しかけているわけではないことを確認すると、そのまま、作業を続ける。
「いえ、特に何もしていませんよ。ダーリン第二王子殿下」
「ふっ。どうせ、お前のことだ。また、セレーネをいじめていたんだろう? 俺が、お前を見ないからって、必死だな」
「あっ、危ない……! 針が……!!」
目の前で起きているやり取りの途中、男は、金髪の女性の腰を、勢いよく引いた。
「きゃっ! ダーリン。こんなところで、ダメじゃない! 皆が、見ているわ!」
「ふっ、見せつけておけばいいさ。それで……セレーネ、何があったんだ?」
(へぇ~……この金髪女、セレーネっていうのね……。頭、悪そうだわ……それに……ダーリン第二王子殿下って……ぷぷっ……もう少し、いい名前、なかったのかしら)
ヘルミーナは、ネタのような名前の男・ダーリンに引き寄せられて、顔を赤くしているセレーネを見た。
(うわぁ~……なんか、逆にお似合いかも……ぷぷ)
セレーネは、金髪縦巻きロールで、ダーリンは、八二分け。
風もないのに、まるで、風が吹いているように見える前髪。
ヘルミーナすら、針を持ちながら、思わず笑ってしまうほどだった。
「ちょっと、がたがただけど……これくらいなら、わからないわよね!」
縫い終わったスカートから、針を抜き、プチッと、糸を切る。
「あのぉ……この女が、私の制服のスカートを、破いたのぉ……」
そう言って、破れたところを見せるセレーネ。
しかし――。
破れたはずの所は、すでに、きれいに元通りに戻っていた。
「ん……? 破けている……ようには、見えんが……?」
「えぇぇ~……そんなはず、ないですよぉ……」
制服を見れば、破れたところは、きれいに補修されている。
「「「えっ!? えぇぇぇぇ~~!!」」」
先ほど、破けたところを見ていた人たちも、同じように驚く。
そして、吊り目の女性を、何事もなかったかのように、通り過ぎていった。
「間に合って、よかったわ」
風に乗って、小さな声だけが、吊り目の女性のところに届いていた。
「えっ……今のって……」
「なんだ? なんか、言ったか!?」
「いえ、何も……」
(また……助けられた。あの夜と、同じように……)
リルベーラは、卒業パーティーの時に起きたことを、思い出していた。
「妖精さん……かな。また、助けてくれたのね……」
その声は、誰にも届くことなく、消えていった。




