追試一日目。
「いよいよ今日からね!」
追試一日目――
ヘルミーナが起きると、すでにリルベーラが起きていた。
「ふぁぁぁ~おはよう、リル。」
ヘルミーナは大きな欠伸をして、伸びをする。
リルベーラは呑気なヘルミーナを見て、無理矢理ベッドから引きずり下ろした。
「ちょっと、なんでそんなに落ち着いているのよ。」
「ん~……?落ち着いているってわけじゃないけど、なるようにしかならないかなって思って……」
一日目の追試の内容は刺繍と、音楽――
しかも制限時間はたったの十分。
「自分に課せられた十分という時間の中で、どれだけ印象を残せるか……だからね。」
リルベーラはヘルミーナがどうやって今日を乗り切るのか、話を聞いていなかった。
(ほんと、どうやって二つの追試を乗り切る気でいるのかしら。)
寝ぼけ目なヘルミーナを見て、ため息を吐くと、リルベーラも学園へ向かう準備を始めた。
「ん~~~!!さっ、私も準備しないとね!」
顔を軽くパンッと叩くと、クローゼットの中から化粧箱を取り出す。
(誰も、私のことを知らないんだし、変装するのが一番だけど……)
「変装しすぎるのはよくないわよね。」
「ん?何か言った?」
小さい声で呟いた声はリルベーラにも届いていたのか、ヘルミーナの方を向いた。
「ん~ん。独り言だから気にしないで~」
「そう?ならいいけど……」
リルベーラは自分の支度に戻ると、ヘルミーナも鏡へと視線を戻した。
(変えすぎず、自分らしく……化粧は濃いものだけじゃないしね。薄めに……だけどはっきりと輪郭が見えるようにだけしましょう。)
今日使う化粧品を取り出すと、いつも以上に丁寧に化粧を施した。
***
「よし!できた!!」
カタン。
化粧箱を閉じると、リルベーラが近づいてくる。
「できた……?っていつもとあまり変わらないわね?」
リルベーラの言葉を聞いてヘルミーナは小さく笑った。
「ふふっ。リルがそう言うってことは成功ってことね。」
その言葉にリルベーラが首を傾げたが、ヘルミーナは気にすることなく立ち上がった。
「リル。今日は授業終わったら追試があるから、先に寮に帰ってて?」
「待ってるわ。」
追試を受ける本人よりも心配そうな顔をしているリルベーラを見て一言。
「じゃ、教室で待ってて?」
それだけ言うと、ヘルミーナは立ち上がった。
ざわざわと、周囲が落ち着かない空気に包まれている。
(なんだか、思っていたよりも人が多いわね……)
「今日はあの子くるかしら」
「あの子って……?もしかして……?」
「そうそう。あの子よ。噂だととても美しい人なんですって。」
「一目見たら男性だけじゃなく女性も虜になってしまうとか……」
(へぇ~そんなすごい人がいるなら私も見てみたいわね。)
ヘルミーナは周りの言葉を気にすることなく、空いている席に座って、刺繍道具を机の上に広げる。
そして使う予定の糸を針に通した。
(まぁ、今はそんなこと気にしている暇はないけどね。)
ガラガラガラ
教師が入ってきた瞬間――
ヘルミーナの周りに不思議な香りが立ち込めた。
そして、一瞬ヘルミーナの瞳の奥がわずかに光った。
「今から、刺繍のテストを開始する。制限時間は一時間だ。終わったものから提出して、この場を出て行って構わない。」
教師はあたりを見回し、人数がそろっていることを確認すると、
「それでは、開始。」
テスト開始の合図を送った。
追試ということもあり、周りに座っている生徒たちはあまり刺繍が得意ではないのか、丁寧に下書きを書いていく。
そんな中、
一人だけ異様な空気をまとっている人物がいた。
「おい…あんな子さっきまでいたか?」
興味本位で見に来ていた生徒の一人が、とある人物を指さす。
「いや、いなかったと思うけど……っていうか綺麗な子だな。」
「そっちじゃないだろ。手元を見てみろよ。」
とある生徒が手元を見るように言うと――
「うわっ……早すぎて何も見えねぇ~」
すごいスピードで仕上げていく、ヘルミーナの姿があった。
(制限時間は五分。いえ、移動を考えれば三分で終えたいところだわ。イメージはすでに頭に入ってる。仕立て屋の娘として何年も刺繍は手伝ってきた。一日でドレスを仕立てたこともある。意地でも完成させてやるわ!)
目にも留まらないスピードで何とか仕上げると、ヘルミーナは立ち上がって教師の前まで行った。
「先生、できました。」
教師も、まさかここまで早く終えられる生徒がいると思っていなかったのか、口を開けて驚いている。
「追試の結果は後日でよろしいでしょうか?次の試験が控えておりますので失礼いたします。」
目の前の教師に頭を下げると、ヘルミーナはすごいスピードで音楽室へと向かった。
ヘルミーナがいなくなった教室では――
「か、完璧だ。これだけの色使い…あの短時間でどうやったら……」
ヘルミーナの提出したハンカチを見て、うっとりと目を細める教師の姿があったことを、当の本人は知る由もない。
(次は、音楽室ね。前もってチューニングは済ませてあるし大丈夫。)
そのままの足で急いで音楽室に向かえば、ヘルミーナが姿を出してからすでに四分三十秒が経過していた。
(あと、五分……。)
時計を軽く見て音楽室の扉を開けようとすると、中から一人の人が現れた。
「あら、あなたも追試の一人かしら?他の人たちは終わっているから、もしあなたも追試があるならこっちに来て始めてちょうだい。」
(タイミングよかったみたいで助かったわ!)
ヘルミーナはリュミアに続いて音楽室の中に入ると、簡単に説明を聞いてから演奏を始めた。
♪~♪~♪
ヴァイオリンの音色が流れ始めると、リュミアは目をつむる。
(あら……この音、以前も聞いたわね。すごく繊細で、優しい音色だったから覚えているわ。ただ、音を出した生徒の名前がわからなかったのよね。)
あっという間に曲の演奏が終わる。
「あなた、名前は?」
「ヘルミーナ・スヴァルドレーンと申します。」
近くにあった時計を確認すると、すでに制限時間である十分まで残り二十秒を切っていた。
「そう、貴方が…。」
リュミアは少し考える。
(ホルト先生が言っていた子がこの子なのね。)
「スヴァルドレーンさん、あなたの演奏、とてもよかったです。後日、きちんとお伝えいたしますが……追試は合格です。」
(あ、やばい……もう時間がないわ。)
いつものようにスゥ~ッとヘルミーナの認識が薄くなっていく。
リュミアが名簿からパッと顔を上げると、すでにヘルミーナの姿はなかった。
(こういうことね。これでは……学園生活も苦労しそうね。)
リュミアは見えなくなったヘルミーナに向けて、小さくつぶやいた。
「時間がない中、よく頑張ったわね……」
その言葉はヘルミーナに届いたのかはわからないが、音楽室の中で静かに消えていった。




