追試要項。
「エーデルヴァーン。」
翌日――
リルベーラが学園へ行くと、ホルトが校門で待っていた。
「ホルト先生。おはようございます。」
「あぁ、おはよう。これをスヴァルドレーンに渡しておいてくれ。」
そう言って取り出したのは、一枚の紙。
そこには、追試要項が書かれていた。
―――――
学期末試験・追試要項(実技)
明日より以下の日程で追試を実施する。
一日目
・刺繍(制限時間:一時間)
刺繍のテーマは花とし、それ以外は自由とする。
白いハンカチと刺繍糸を各自用意すること。
・音楽(演奏時間:一人につき五分)
課題曲は学期末試験と同じものとする。
二日目
・マナー(制限時間:一時間)
学期末試験と同様の内容にて実施する。
当日までにお茶菓子と、それに合うお茶を用意すること。
三日目
・ダンス
なお、実技追試においては、下記を評価基準とする。
一、試験官が受験者本人を確認できる状態であること
一、受験者と成果物、または演奏・動作との対応が明確であること
一、制限時間内に課題を完遂していること
※ダンス実技について
受験者は、試験開始時刻までに
ダンスの相手を自ら用意すること。
ただし、同学年に限る。
―――――
紙の下には、学期末試験管理局の印が押されている。
(期間は三日ね……この内容だったら、何とかなるかもしれないわ)
リルベーラは、隣にいたヘルミーナへ、ホルトから受け取った手紙を差し出した。
「あら、この内容だったら……何とかなりそうね。」
ヘルミーナも同じことを思ったのか、リルベーラと同じ言葉を口にする。
だが――
紙に視線を落としたまま、ふと、ある一文で動きを止めた。
「……と思ったけど……一番最後のダンスだけは、ちょっと大変かも……」
「え!?」
リルベーラは、その言葉に目を見開き、もう一度、手紙へと視線を落とした。
「ん~っと……ダンスの相手は自分で用意する……か。しかも同学年っていうのがちょっと難関ね。」
リルベーラの言葉に、ヘルミーナはこくりとうなずく。
「同学年でなければ、グレインお兄様に頼めたんだけど、それは無理ね。」
ヘルミーナは肩を落とした。
この学園にきて、まだ異性と会話らしい会話をしたことはないのだ。
そんな時――
ふと、一人の男子生徒が目に浮かぶ。
リルベーラも同じことを思ったのか、ポンッと肩を叩いた。
「「レオンハルト!」」
二人の声が重なった。
「レオンハルトだったら、ミーナのことを認識は出来ていなかったけど、理解はしてくれていると思うわ。」
「うん。私もそう思う。それに、何度かリルを通して話もしているしね。」
二人は視線を合わせて小さくうなずくと、レオンハルトの所へ向かった。
***
「レオンハルト。」
二人はレオンハルトのいる教室まで行くと、声をかけた。
アルファルズ学園は専科も合わせると、一学年十クラスに分かれている。
その中でも貴族科は全部で三クラス。
同じ寮生でもクラスが一緒になるとは限らない。
レオンハルトは自分を呼ぶ声が聞こえたのか、ちらりと廊下の方へと視線を移した。
(リルベーラ……?が、一人で来るのは珍しいな。)
レオンハルトは立ち上がると、そのまま彼女の方へと向かう。
リルベーラを見ていると、誰か話しているのがわかる。
(あぁ~、もしかしてヘルミーナも一緒なのかな。)
レオンハルトはウルヴァール競技祭で初めてヘルミーナの存在を知った。
(リルベーラに聞いたときは「まさか……」と思ったものだが……。今は疑う余地がないんだよな。)
倒れた時、助けてくれたのは間違いなくヘルミーナだった。
そして、王族が倒れたことが公になれば大変なことになると、裏工作までしてくれたことを知っている。
レオンハルトは二人の前に行くと声をかけた。
「リルベーラ……と、ヘルミーナも一緒なのかな?二人そろってどうしたんだい?」
「レオンハルトに頼みたいことがあるのよ。」
リルベーラはそれだけ言うと、レオンハルトの腕をがっしり掴んで人がいない方へと連れて行く。
(うわっ……リル。それじゃあ、また誤解されちゃう。相手は一応王子だよ。)
周りにはヘルミーナが見えないからか、コソコソと話す人たちがいる。
しかし、リルベーラは気にも留めていないのか、そのまま足を進めた。
ガラガラガラ
「ここ空いているみたいだから、話するのにちょうどいいと思うわ。」
それだけ言うと、リルベーラは中へと入った。
「レオンハルト。急にごめんなさいね。」
「いや、それはいいんだけど、そろそろ腕を離してくれないか?」
リルベーラは腕を握っていることに気付いていなかったのか、自分が掴んでいるものへと視線を向ける。
(あ、やっと気づいたみたいね。)
自分がやらかしたことに気付いたリルベーラは顔を真っ赤にして、「ご、ご、ごめんなさい。」と謝った。
「いや、いいよ。リルベーラのおかげで変な虫もよらなくなりそうだ。逆に助かるよ。」
意地悪そうに笑うレオンハルトを見て、頬を膨らますリルベーラ。
「はは、冗談だって。そんなに怒らないでくれよ。」
「それで?頼みって何だい?」
レオンハルトは首を傾げると、リルベーラは空気を変えるように一度咳ばらいをした。
「頼みは私じゃないの。ミーナ自分でちゃんと言いなさい?」
リルベーラの言葉にこくりとうなずくと、ヘルミーナはメモ帳を取り出してスラスラと字を書いていく。
スッと目の前にメモ帳が現れると、レオンハルトは覗き込んだ。
《単刀直入で申し訳ないのだけど、私のダンスの相手をお願いできないかしら?》
「ダンス……?」
(何もないところから物が出てくるのは未だに慣れないな。)
それからもう一度メモ帳が消えると、文字が追加されて戻ってくる。
《相手を自分で見つけないといけないのだけど、レオンハルト以外に知り合いがいなくて……。》
ヘルミーナの文字に頭が追いつかないでいると、リルベーラが口を出した。
「ミーナ。あなた端的にまとめすぎて、レオンハルトが追い付いていないわ。
レオンハルト。あなたも知っているでしょ?ヘルミーナの実技試験が全て追試になったこと。」
その言葉を聞いて、レオンハルトはハッとした。
「あぁ~。あれか。噂になっていたからね。筆記は上位にいるのに、実技全部落ちるって初めて見たって……。」
自分で話をして、原因が分かったのか、一度言葉を飲み込む。
「……もしかして……?」
三人の間に一瞬の沈黙が流れる。
「……そう、そのもしかしてよ。
他の三つの試験は何とかなりそうだとヘルミーナが言うんだけどね。
唯一ダンスだけは、同学年で自分で相手を見つけてくるようにと書いてあったの。」
そう言って追試要項の紙を見せると、レオンハルトはその紙を読み始めた。
「……なるほどね。」
それからしばらく考えると――
「分かった。ヘルミーナ。君には命を救ってもらった恩もあるし、私でよければ相手をしよう。
ただ、当日はどうすればいいんだい?」
レオンハルトの言葉に、ヘルミーナはホッと息を吐いた。
《当日、この時間に来てほしい。》
レオンハルトはそれ以外何かを聞こうとはせず、「分かったよ」と返した。




