学期末試験開始。
「今日から学期末試験かぁ~……」
学期末試験当日――
いつもより早く目覚めたヘルミーナは、ベッドからゆっくり降りると、カーテンを少し開けて外を見た。
(今日は天気もいいし、なんだかうまくいきそうね!)
ウルヴァール競技祭を終えてから一か月。
友達に囲まれて、皆で勉強を頑張ってきたからか、不思議と試験に落ちるという感覚はなかった。
「まだ時間もあるし、ゆっくり準備しながら最後の追い込みをしようかな。」
ヘルミーナは時間を確かめると、教科書や筆記用具をカバンから取り出した。
それからしばらくして――
「おはよう。今日は早いのね。」
リルベーラが目を擦りながら、ベッドから降りてくる。
「リル、おはよう。今日はなんだか早く目が覚めちゃったの。」
ノートから顔を上げ、リルベーラの方へ向く。
「学期末試験、皆で合格したいね!」
ヘルミーナの言葉に、リルベーラは一瞬目を大きく見開いた。
そして、ふっと目じりを緩めて微笑んでから、自分の手のひらを見つめた。
「そうね。私は刺繍が心配だけど、皆に教えてもらったから頑張りたいわ!」
「ふふっ。きっとリルベーラなら大丈夫よ!
最初はできなかった花の刺繍も、最後は形になっていたじゃない。」
「そうかしら……」
少し不安げなリルベーラを見て、ヘルミーナは大きく頷いた。
「うん!
さぁ、着替えたら朝ごはんに行きましょ?
腹が減っては力が出ぬっていうしね?」
「それを言うなら、腹が減っては戦はできぬでしょ。」
「あはは。そうだった~。まぁ意味合い的には変わらないし!ね?」
二人は軽口を言い合いながら準備を終えると、食堂へと向かった。
***
「おはよう。今日から学期末試験ね。」
「そうね……補講だけは嫌だから回避しないと……」
「うんうん……補講だけは絶対いやよね。」
食堂――
食堂のあちこちから、学期末試験の話題が聞こえてくる。
「補講ってそんなに大変なのかな……」
周りから聞こえてくる言葉に耳を傾けていたヘルミーナは、隣にいたリルベーラに話しかけた。
「私もお兄様から聞いただけだけど、補講になったら長期休みは消えるものと思った方がいいらしいわ……」
「え!? 長期休みが消える!?
それは……絶対嫌ね。」
(久しぶりに帰省できるのに……)
周りの話を聞いて、少し瞳が揺らぐ。
それを見ていたリルベーラは、ヘルミーナの肩に軽くそっと手を置いた。
「まっ、大丈夫よ。
だって、あれだけ勉強してきたじゃないの。
それにヘルミーナは勉強も、刺繍も、ダンスも問題なくできるんだから!
そのために、まずは腹ごしらえでしょ? ほら……」
一度、リルベーラは話を区切ると、
「……“腹は減っては力が出ぬ”なんだから。」
ヘルミーナはリルベーラを見る。
「それを言うなら、“腹が減っては戦が出来ぬ”でしょ?」
「「ふふ…」」
そして、緊張していたことが嘘だったかのように、二人は顔を見合わせて笑い合った。
それからしばらくして――
「「ごちそうさまでした」」
朝食を残すことなく平らげると、二人は食器を片付け、試験会場へと向かった。
***
「よし、完璧ね!」
「うん、リルも完璧!」
お互いに制服の身だしなみをチェックする。
裁縫室での勉強会中。
色々なアドバイスを、ミライアやリナリアからもらっていた。
『いい?学期末試験はね。身だしなみも含まれるの。学園に入った瞬間から全てを見られているわ。だから気を抜かないこと。わかったわね?』
『そうだ。それと、挨拶も忘れるなよ?先生たちには愛想を振りまいておけ』
『え?二つとも学期末試験に関係ないような気がするんですけど……』
リルベーラがクララたちの方へ目を向けると、先輩たちはそろって頷いていた。
『いいか?リルベーラ。お前も公爵令嬢だからわかっているだろう?
この学園は貴族やある程度金を持ったものが通っているんだ。
と、言うことは先生たちもそれ相応の身分だということ。
だからこそ、気を抜いた瞬間一気に付け込まれる。』
その言葉を聞いてすべてを悟ったリルベーラは、ごくりと息を呑んだ。
(貴族としてのたしなみ、素養。マナーのテストはもうそこから始まっているということね……)
二人は先輩たちの話を思い出し、教室に入る手前で出会った教師に、
「「先生、おはようございます!」」
と、笑顔で挨拶をした。
「はい、おはよう。」
ガラガラガラ
挨拶を返した教師は、教室に入っていく生徒たちをちらりと見た。
廊下のざわめきとは対照的に、教室の中は次第に静まり返っていく。
「あれ?今声が重なって聞こえた気がしたが……」
教師は一瞬だけ眉をひそめたが、
「気のせいか……。」
それだけ言うと、教師は二人に続いて教室の中へと入る。
「これから、学期末試験を始める。
まず、席はこちらで指定した。黒板に書いてある席に座るように。」
全員が一斉に動き出した。
椅子を引く音、足音、机が擦れる音が重なり、やがてそれも収まっていく。
「よし、席に着いたな。では、これから試験について説明するぞ。」
黒板に書いてある席順を消すと、カツカツと白いチョークで字を書き始めた。
「試験の日程は三日間だ。
今日は筆記試験。明日、明後日は実技を行う。
実技はこれから配るところに行くように。」
教師は一枚ずつプリントを配り始める。
「それは後で確認しておくように。
このまま筆記試験を始めるぞ。」
問題用紙が一斉に配られ、紙の擦れる音が教室に広がった。
「テストの時間は四十五分だ。
終わったものから教室を出ても構わないが、再入出はできないから注意するように。」
後ろまで配り終えるのを確認すると、
「始め。」
短い合図と同時に、ペンの音が走り出した。
一瞬、息を呑むような静寂が訪れ、
次の瞬間、それを破るように教室中に音が広がった。
(あっ……この問題知ってるわ!)
ヘルミーナは問題を確認すると、スラスラとペンを動かしていく。
(この問題も!勉強会やっておいてよかった~。)
ペン先が紙を走り、行が埋まっていった。
室内は、カリカリとテストを解く音だけが響き渡っている。
誰も、顔を上げない。
そんな時――
ゴホン
誰かが小さく咳払いをした。
それに続くように、
ぺらり。
紙をめくる音が聞こえる。
刻々と迫る時間。
時計を見れば、残りの時間はあと五分となっていた。
ヘルミーナは持っていたペンを置くと、答案用紙から手を離した。
(ふぅ~、何とか間に合ったわね。)
「そこまで。」
ヘルミーナが顔を上げると同時に、教師の声が響き渡った。
「答案用紙を伏せておいて、ここから出ていくように。」
ヘルミーナはカバンを手に持つと、いったん廊下へと出る。
(うん、やることはできたはず……。)
全員が廊下から出たのを確認すると、教師は一枚一枚、答案用紙を集めた。
「……あれ?ここに誰か座っていたか……?」
「まぁ、答案があるならいたのか……」
その違和感は、誰にも気づかれないまま、教室に残された。




