エイクシュニル寮の妖精さん。
「ねぇねぇ、エイクシュニル寮に妖精さんがいるって聞いたことある?」
「あるわ。なんでも……探し物を見つけてくれたり、壊れたものを直してくれたりするんですって。」
「時にはメモでお悩み相談にも乗ってくれるって噂よ」
「そのおかげで、エイクシュニル寮は今回ウルヴァール競技祭で優勝することができたんですって。」
ウルヴァール競技祭が終わってから数日――
アルファルズ学園では、
とある噂で持ちきりだった。
「リルベーラは知ってた? 私たちの寮に妖精さんがいるって話……」
「えぇ、聞いたことあるわよ。」
「へぇ~。会ったことある?」
ヘルミーナの言葉に、リルベーラは思わず首を傾げた。
「会ったことあるわよ。」
(そもそもあなたのことを言っているのに、何を言っているのかしら。)
ヘルミーナにわかるように返すと、彼女は一瞬目をパチパチと瞬かせてから、キラキラした目でリルベーラを見た。
「へぇぇぇ~! リルベーラは会ったことあるのね!
妖精さんって小さいの? 話す? かわいい?
やっぱり羽根とかあるの?」
立て続けに問いかけてくるその様子に、リルベーラはふっと笑った。
(あれだけ衣装係の皆から妖精さんって呼ばれていたのに……本当に自分のことには興味ないのね。)
「ん~……羽根はなかったと思うわ。でも、そうね……」
リルベーラはヘルミーナをちらりと見て、一瞬言葉を止めると、
「透き通るような白銀の髪と白い肌を持った、とてもきれいな女の子だったわ。」
目の前の彼女を見ながら、妖精について伝える。
その瞬間――
キーンコーンカーンコーン
学園内に予鈴が鳴り響いた。
「いけない……あと五分で授業が始まるわ。急ぎましょ。」
ヘルミーナはもう少し話を聞きたそうだったが、授業に遅れるわけにはいかないと思ったのだろう。
そのまま口を閉じると、急いでリルベーラの後を追った。
***
「ふぅ~、何とか間に合ったわね。」
ガラガラガラ――
リルベーラの横に座ると、タイミングよく前の扉が開いた。
「席につけ~。授業を始めるぞ~。」
少し眠そうな顔をしながら、のそのそと教壇の前に進むと、教科書をポンッと置く。
「今日はこの世界の歴史について話していく。
教科書は~……あまり楽しくないからなぁ。使わない。」
本当に開く気がないのか、そのまま丸めてゴミ箱へと捨てた。
(ヴァーレン先生の歴史の授業か~。面白くて好きなんだよね。)
パッと見は貴族にそぐわない……どこか小汚い雰囲気のギンネル・ヴァーレン。
クラスメイトやリルベーラの顔を見れば、あまり好まれていないのがわかる。
「ヴァーレン先生って、なんであんな格好しているのかしらね。」
リルベーラは扇子を口に当てると、周りに聞こえないような小さな声で耳打ちしてきた。
「ん~。でも似合っていないわけじゃないんだし、いいんじゃない?
確かに、もう少し整えた方がいいかなとは思うけど。」
(どうしても憎めないのよね~。
フェルンお兄様が自分の部屋に閉じこもっているときにそっくりだし。)
ヘルミーナは二番目の兄であるフェルンを思い出しながら、黒板へと目を移した。
コツコツコツ。
白いチョークが、黒い板の上を走る。
「今日はユグラシルの成り立ちについて説明しよう。」
黒板の上には、何度も書いて書き慣れているのか、大きな地図が広がっていた。
「なぜ、四つの国の中央にこのユグラシルがあるのか。
これは神話紀元前まで遡る。
君たちはこの時代のことをあまり知らないだろうが……
またの名を……」
ギンネルは一度区切ると、黒板に向き直って字を書き足す。
「“原初加護時代”と呼ばれている。」
加護という名前が出た途端、生徒たちの目の色が変わった。
(ん~、国によって考え方が違うとは言っていたけど、
ここまで差があるなんてね。)
ヘルミーナはぐるっと周りを見渡してから、もう一度前を向いた。
「国によって、加護の考え方は様々だからな。
色々な感情を感じることだろう。
だが、覚えておいて損することではない。話は聞いておくように。」
ギンネルの言葉を皮切りに、授業はどんどん進んでいった。
「神話紀元前。ここでは原初加護時代と言おうか。
この時代は、すべての人が生まれながらに、
強弱はあれど加護を有していた時代だと言われている。」
(へぇ~、加護を全員が持っていたなんて夢みたいね。
私も使ってみたかったなぁ~。)
ヘルミーナはギンネルの話を聞きながら、黒板に書いてある字をノートへと写していく。
それから、あっという間に時間が経ち――
キーンコーンカーンコーン。
授業を終えるチャイムが鳴り響いた。
「なんだ、もう時間か……。」
ギンネルは集中すると時間を気にしなくなるのか、チャイムの音でパッと生徒たちの顔を見た。
「今日の授業はここまでにしよう。」
その言葉と同時に、黒板に書いた文字をきれいに消していく。
黒板消しを戻し、手をパンパンッと叩くと、ギンネルはニヒルな笑みを浮かべた。
「あぁ~、これだけ伝えておく。
今日の授業内容は、次のテストに出るからな。」
その言葉を聞いた瞬間――
ガタガタガタッ!
教室にいた生徒たちが、一斉に立ち上がった。
「せ、先生! ヴァーレン先生!
て、テストってどういうことですか!?」
誰かがギンネルに質問をするが、彼はそれに答えることなく教室を出ていく。
その場に残ったのは、
絶望という名の悲鳴だけだった……。




