縫い直せるもの。
(この子…本当にリルベーラ・エーデルヴァーンなのかしら……。)
リナリアは目の前に現れたリルベーラに違和感を覚えていた。
いつもと見た目も口調も変わらない。
でも、何かが違ったからだ。
しかし――
違和感に気付くだけの何かを、彼女は持ち合わせていなかった。
(――私は、踏み込まない。だからこそ、見えることもある。)
「もう……ここまでね。」
リナリアはリルベーラから逃げきれないと悟ったのか小さくため息を吐くとそのまま話を続けた。
「私が、すべてやったの。でも……これだけは信じてほしい。衣装を作るのも好きだし、皆と話していたこの時間はすごく楽しかったわ。けど……」
リナリアの目が一瞬曇る。
「家柄が、それをよしとはしなかった。」
「セレーネ・ローゼンクラフト。」
「……名前を、出さないで。」
そう言った瞬間、リナリアの声は、はっきりと震えていた。
否定でも、怒りでもない。
ただ、触れてほしくない場所に触れられた人間の反応だった。
「やっぱり……そんな気がしたんですよね。いつも取り巻きの輪には入っていなかったですが、一緒にいましたよね?セレーネと……。」
「気づいていたのね。」
リナリアは知られたことで肩の荷が下りたのかそっと力を抜いた。
「ん~……思い出したのは、最近なんですよね。ほら、セレーネの取り巻きってにぎやかな人が多いし、流行に寄せようとしすぎて顔が似ているから、全然覚えられなくて……」
小さく舌を出すリルベーラに思わずリナリアはクスリと笑う。
「ふふっ……確かに。似てるわよね~。私もあれはどうかと思うわ。」
「そう、それです!いつもセレーネたちと一緒にはいるけど少し遠くから、周りにはわからないくらいの所で面倒そうに関わりたくなさそうにしていましたよね。」
「そうね……。できれば関わりたくなかったもの。だから寮が違ったときは心から喜んだわ。それなのに……」
「私が来たことで変わった?」
リルベーラが自分のことを指さしながら話すと、首を小さく横に振った。
「去年からだから、リルベーラのせいではないわね。セレーネはね――」
リナリアは一度区切って小さく息を吸った。
「最初、エイクシュニル寮の現寮長、フィン・リンドヴァルに一目ぼれしていたの。」
リナリアの言葉を聞いて、リルベーラは目を細める。
(去年何かあったのは先輩たちの会話から想像してたけど……まさかだわ。)
「でも寮長は、セレーネに見向きもしなかった。それが、よくなかったのね。
……私に、いろいろなことを命令してきたわ。」
去年起きた出来事を一年生は知らない。
誰もが口を閉ざしていたからだ。
リルベーラは首を傾げる。
「去年は衣装を八つ裂きに……したの。そのせいでエイクシュニル寮は奉納舞に出られず棄権した。」
(あぁ~……だから負け犬ならぬ負け鹿ということね。)
リナリアの言葉に一人納得した。
奉納舞に出る前から棄権したことで、エイクシュニル寮生はこの一年他の寮生から嫌がらせを受けてきたのだろう。
「そして、今年は私がいたことでエイクシュニル寮が標的にされたということですね。」
「それも少し違うわね。リンドヴァル寮長が去年からリルベーラの名前を何度も出していたこと、そして、ダーリン王子の婚約者だったということが原因かしら。要するに……女の嫉妬ってことよ。」
リナリアも色々とい思い出すことがあったのか手をぎゅっと強く結び眉間に皺を寄せる。
「はぁ……女の嫉妬ですか。それは確かに醜いですね。」
リルベーラはその言葉を受けて、一瞬口を閉じた。
そして――
「まぁ、卒業パーティーの時から、セレーネが醜いのはわかっていましたが。いくら見た目をよくした所で、内面は変えられませんし。」
思ったことをそのまま口に出すと、リナリアは目を大きく見開いた。
(しまった……今は認識できる状態だから言葉が筒抜けなの忘れてた。)
それから暫くすると「ふふ……」
リナリアから笑い声が聞こえてくる。
「ふふ…ふふ……ふははははは!リルベーラの言うとおりね。内面は変えられないわよね!」
暫くして笑いが止まると、瞳にたまった涙をぬぐう。
そして、真剣な顔で一言。
「でもこれだけは信じてほしい。私がやったのはあくまでも衣装の細工だけ。食中毒については関わっていないわ。」
その言葉には、迷いも嘘も感じられなかった。
食中毒と、衣装。
動機も、手段も、危険性も――
あまりにも毛色が違う。
食中毒は下手したら死人が出てもおかしくない。
(いくらセレーネが醜い女だからと言って、
そこまでのことをするとは思えない。
……というより、
そこまで頭が回るとも思えないわね。)
「それにしても……これだけのことをしていたら学園が動いてもよさそうなものですが、なぜ動かないのでしょうか。」
リナリアは、リルベーラの言葉に少し口を濁らせた。
「……恐らく、王族が絡んでいるから……じゃないかしら。」
それ以上、リナリアは何も言わなかった。
聞こえるか、聞こえないかというくらい小さい声。
しかし、リルベーラの耳にははっきりと残った。
「そう、ですか……。」
「それで、私はどうなるのかしら……?」
リナリアは自分が先生に突き出されると思っていたのか、逆にすがすがしい顔でリルベーラを見た。
「私は、誰にも話すつもりはありませんよ?なんだかんだウルヴァール競技祭も成功しましたし。でも……そうですね。」
リルベーラは少し考えると……
「強いて言うなら、何かあった時に私の見方になってくださると嬉しいです。表向きは難しいでしょうけど、情報が入ったら教えてもらえると……「
「あと、これだけは覚えておいてください。破れた布は、縫い直すことができるんですよ。リナリア先輩。一緒に縫い直しましょう。」
リナリアはリルベーラの言葉を聞くと、パッと顔を上げた。
「わかったわ…!あなたがそれでいいなら…って、あれ?いない…?」
しかし、リルベーラの姿はすでにここにはなかった。
(あっちゃ~~~ギリギリ間に合ったけど……時間切れね……。)




