私たちだけが知っている。
パンパンッ!
「さぁ~そろそろウルヴァール競技祭が再開される時間です。体調の問題ない方は各自持ち場に戻るように。」
先ほどまでの空気を変えるようにホルトとは別の先生が柔らかい笑みを浮かべながら、生徒たちに食堂から出ていくよう促した。
(私もここから早く離れないと…あいつと話すなんて、命がいくつあっても足りないわ。)
リルベーラも生徒たちに紛れてこの場を離れた。
後ろを振り返れば、フィンが変わらない笑顔で手を振っている。
(一体何がしたいのよ。)
リルベーラは手を振り返すことなく、裁縫室へと向かった。
***
「待っていたわ。」
裁縫室――
リルベーラが扉を開けると、そこにはすでにヘルミーナが来ていた。
「ミーナ。あなた無事だったのね。」
その言葉にヘルミーナはこくりと頷くとそのまま真剣な面持ちで話を始めた。
「リル。あなたに聞きたいことがあるの。」
「な、なに?」
ヘルミーナの勢いに、リルベーラも思わず後ずさる。
「あなた、男役はできるの!?」
奉納舞は女役と男役に分かれる。女役は舞踊、男役は剣舞を舞うのだ。
「男役って、剣舞のこと?」
「うん、剣舞のこと。もし踊れるならリルにやってほしいことがあるの。
時間が、あまりないの。できるなら、これに着替えて。」
そういって、ためらいなく一枚の衣装を差し出した。
それは、リルベーラが着る予定の衣装とは、明らかに違うものだった。
(この衣装って……)
「リル。そっちに裁縫準備室あるから、そこで着替えてきて。やることがいろいろあるから急いでね!」
まるでリルベーラができることを疑わないヘルミーナ。
衣装を持たせたまま無理矢理準備室に突っ込むと、ヘルミーナは一息つく間もなく、次の準備に取りかかった。
「うん、これだけあれば間に合うかしら。」
いつもクローゼットにしまっている化粧箱。それに金髪のウィッグ。そして、一時的に瞳の色を変えることができる目薬。
それらをテーブルの上に出していくと、着替え終わったリルベーラが出てきた。
「ミーナ……着替えてきたけど。これでよかったの?」
「ん~……やっぱり丈が長いかぁ…あ、あれを使ってみようかな。」
持ってきた荷物をガサゴソと漁る。
(フェルンお兄様が作った靴は履きやすいし軽いから大丈夫よね。)
「リル。これを履いてみてくれるかしら?ちょっと目線が高くなると思うけど――動きにくいとかはないと思うわ。」
言われたとおりにリルベーラが靴を履くと、先ほどまで引きずっていた裾はちょうどいい長さになっていた。
(うん、完璧。あとは見た目だけね。)
「じゃあ、次はここに座って。」
「ちょ、私まだなにも話を聞いていないんだけど!?っていうか、男役ができるかも話していないじゃない。」
「リルが男役を踊れることは知っているわ。だって一人で練習している姿を見ていたもの。本当は剣の方が得意なんでしょ?」
それは、リルベーラが、誰にも見せていないと思っていた顔だった。
舞台の上ではなく、評価も拍手もない場所で、剣を振る姿。
「なんで気づいたのって顔してるけど……その手を見ればすぐにわかるわ。その古くなった手のひらの豆。何百回、何千回と剣を振ってきてなきゃできないもの。」
今まで、女だからという理由で、自分の努力に気づいてもらえなかった。
だからか――
(なんだか……ヘルミーナといると身体の中が暖かくなるわね。)
別に努力を知ってほしかったわけではない。
でもそれを少しでも理解してもらえることが、こんなに嬉しいとは思ってもいなかった。
「さ、ここに座って。最後の仕上げをするわ!」
リルベーラが何も言い返さないことに首を傾げるヘルミーナだったが、あまり時間がないこともあり、自分の前に座らせた。
化粧箱から化粧品を取り出し、次々に準備をしていく。
(鼻はノーズシャドウを使って高く見せて。顔の輪郭もシャープになるように。)
それから、しばらくして――
「できた!!うん。完璧ね。最後に、これを目に一滴たらしてくれる?」
「これは……?」
「我が家秘伝の目薬なの。特に害はないから安心して。」
そういうと目薬を一滴ずつ垂らした。
すると、瞳の色が少しずつ黒から碧色へと変わっていく。
「うん!問題なさそうね。私も準備するから少し待っててくれる?」
リルベーラの準備を終えると、ヘルミーナは急いで自分の準備を始めた。
(本当に、これだけの技術……ヘルミーナって一体何者なのかしら…)
手慣れた手つきでどんどん化粧をしていく姿を見て、リルベーラはただただ感心していた。
(まっ、知らない方がいいこともあるわよね。知らなくたって親友であることは変わらないんだし。)
「よし、できた。」
パタン
化粧箱を閉じる。
「その顔って……」
先ほどまでヘルミーナだったはずが、いつの間にか違う女性の姿へと変わっていた。
「さぁ~行きましょ!」
ヘルミーナはリルベーラに一本の剣を渡す。
その剣も、練習で何度も見たことがある、とある人しか持っていない、特別な剣だった。
「……これって……?」
ヘルミーナは自分の唇に人差し指を当ててウィンクする。
「行けばわかるわ。さぁ~ここから反撃開始よ!」
リルベーラの腕を掴むと、ヘルミーナはそのまま奉納舞の会場である、ヴァルステッズへと走り出した。
すれ違った生徒たちは、誰一人として足を止めなかった。
なぜなら、
彼らの視線に映っていたのは――
剣を携えた、レオンハルト・アウルム・フレイシアの姿だけだったからだ。




