また私ですか…? 疑われた公爵令嬢と、逃げ場のない舞台。
「ねぇ、やっぱりウルヴァール競技祭は中止になるのかな?」
「去年も色々あったけど、中止にはならなかったしこのまま継続するんじゃない?」
先生たちが厨房へといった後――
生徒たちはこれから起こることに不安を募らせていた。
(去年の出来事か……今年の一年生は知らないのよね。一体何があったのかしら。)
箝口令が敷かれているのか、先輩たちは去年の出来事をそれ以上話そうとはしない。
リルベーラは、レオンハルトの横で様子を見守りながら周りの言葉に耳を傾けていると、
カツカツカツ
誰かが近づいてくる音が聞こえた。
「えっと、なんでしょうか?」
リルベーラは目の間に現れた女に少しばかり見覚えがあった。
(この人。確か……卒業パーティーの時、セレーネの後ろにいた……)
寮を決めるときはランダム。くじなどをすることもないため取り巻きだろうが何だろうが、寮が分かれてしまうこともある。
リルベーラは首を傾げて目の前の女を見据えると、急に怯えた症状で大声を上げた。
「きゃぁぁぁぁ~やっぱりあなたがやったのねぇぇぇ!!」
その瞬間――
食堂にいた全員がリルベーラの方を見る。
「え!?どういうこと?これって誰かが仕組んだってこと?」
「確かあの子って、入学早々から話題になっていた子じゃない?」
ニヤリと口元を歪めると、周囲の生徒に紛れるように後ずさり、そのまま姿をくらました。
(うそ……。またこの展開!?)
リルベーラはまさかの出来事に思わず顔をしかめた。
そう――
それがよくなかった。
「見てよ。あの顔……絶対やってるわね」
「……あれ、どう見ても怪しいでしょ。」
(この顔は元々です。文句があるならお父様に言ってください。)
何度目かわからない犯人扱いに、リルベーラは心の中で突っ込んだ。
「もしかして意識失っているのって…奉納舞の決勝に残っている人ばかりじゃない?」
「えぇ~そこまでして優勝したいってこと?さすが公爵令嬢はやることが大胆ねぇ~。」
(そもそも私が犯人だったら、なぜパートナーのレオンハルトまで倒れているのか…おかしいじゃないの。)
リルベーラが言い返さなかったことが、肯定と取られてしまったのか、次第に食堂中は大きな騒ぎになっていく。
その瞬間――
「お前たち何をしている。また勝手な想像だけで犯人扱いか!?」
厨房へと言っていたホルトたちが戻ってきた。
一番後ろを見ればヘルミーナがいる。
(あの子……。あんな所にいたのね。)
先ほどまで話していた生徒たちも、先生たちが戻ってきたことで静かになった。
「全く、憶測ばかりで人を責めるな。そもそも、エーデルヴァーンの相手役だって倒れているんだ。それなのにどうしてエーデルヴァーンがやったと決めつけられる。」
「た、確かに……」
「そうよね……」
「聞いてあきれるな。仮にもアルファルズ学園の生徒が何も考えずに物事を決めつけるなんて、一回入学前からやり直してきたらどうだ?」
ホルトの言葉にリルベーラは胸の奥がスッとした。
(ちょっと見た目は怖いけど……いい先生なのよね。ヘルミーナにも薄々気づいているみたいだけど、何も言わないでいてくれるし)
そんな時、一人の生徒が声を発する。
「せんせぇ~!憶測で犯人を決めつけてはいけないというのはよくわかりました。ですが、今回の一件はどう説明するんですかぁ~?それに、まだ競技祭も真っ只中。他の寮がどうなってるかは知りませんが、このままというわけにはいかないですよね?」
その声を聞いた瞬間、リルベーラは誰が話しているかすぐにわかった。
(……げ!?この声は…)
人垣をかき分けるように、こちらへ近づいてくる。
そして目が合った瞬間、薄気味悪い笑顔を向けてきた。
「フィン・リンドヴァルか……。今回の件に関しては、まだ調査中だ。競技祭についても他のチーム次第だが…我々のみということであればこのまま継続となるだろう。」
「その場合、エイクシュニル寮は?」
「……負けということになるな……。」
ウルヴァール競技祭は春に行われることもあり、もし最下位だった寮は他の寮から一目置かれる存在となる。
勿論いい意味ではない。
悪い意味で、だ。
ホルトの言葉を聞いた瞬間、そのことを知っている先輩たちはぴたりと人形のように身体を止めた。
「そ、それは困ります!何とか代打で誰かを出すとかできないんですか!?」
「他の競技はまだ何とかなると思いますが…」
「「「奉納舞だけは!絶対負けられません!!」」」
語尾がどんどん強くなっていく先輩たちを見て、リルベーラたちをはじめとする一年生は皆呆然としていた。
(え?たかが競技祭なのに……!?そんなに息巻く必要ある?)
一年生と二、三年生の間に温度差がある。
そんな時――
コツコツコツ
フィンが笑顔を崩すことなく、リルベーラの方へと向かって歩いてくる。
(ひ…こっちに来た…しかもあの笑顔…絶対何か考えてる。)
「やぁ、愛しのリルベーラ?久しぶりじゃないか。」
その笑顔は天使の皮を被った悪魔。
「え!?あの子、寮長とも知り合いなの?しかも親密そうだし。」
「男ばっか誑し込んで。見境ないっていうの本当だったのね。」
周囲から聞こえてくる言葉に、耳を塞ぎたくなるがそれよりも目の前にいる男からどうやって逃げるかの方が大切だ。
「お、お、お久しぶりですね。フィン様。それで、一体私に何のご用でしょうか…?」
少しずつ後ずされば身体が壁に激突した。
その刹那――
ドンッ!!
「ッ……」
リルベーラの顔のすぐ横にフィンの手がある。
「何逃げようとしているんだい?リルベーラ。俺と君の仲じゃないか……?」
「……た、ただの幼馴染ですよ。」
リルベーラの背中に、汗が流れる。
「まぁ……今はそんなことどうでもいいじゃないか。 ……リルベーラ。お前には最後まで踊ってもらうよ。 俺の思い描いた“舞台”の上でね。」
フィンの声は穏やかだった。
けれど、逃げ道を塞ぐように置かれた腕は、微動だにしない。
「え……? 私の相手も倒れているんですけど。」
「安心しなさい。相手なら俺が用意しよう。」
笑みを崩さないまま、一歩、距離を詰められる。
「それともなんだい?俺の言うことは聞けないとでもいうのかい?」
(逃げられると思うなよ?)
――そう、声に出さずに告げられている気がした。
リルベーラはごくりと唾をのみ、小さく息を吐きだす。
「はぁ…わ、わ、わかりました。できる限りのことはしてみます。でも、相手は自分で何とかしますので、フィン様はただ見ていてくださるだけで結構です。」
まるで早口のように一息で言い切ると、リルベーラはその場を後にした。
「つれないじゃないか……昔みたいにフィンお兄様って呼んでくれればいいのに……」
フィンの言葉はリルベーラに届くことなく、食堂内にいる生徒たちの声でかき消される。
「その性格を直さない限り、無理でしょうね。」
エルーナが眼鏡のをクイッと持ち上げて、冷静に突っ込む姿をヘルミーナだけが見ていた。
その言葉は誰にも向けられていない。
けれど、確かに“本質”だけを射抜いていた。




