食堂の悲鳴。
「うっ……」
「ちょ、ちょっと、レオンハルト!? 大丈夫……!?」
昼食の時間――
食堂の中は、一瞬で騒然となった。
「だ、だれか助けて!!」
「うっ……苦しい……」
椅子が倒れ、食器が落ち、至る所で人がバタバタと崩れ落ちていく。
意識のある者が倒れた者に近づき、ゆさゆさと身体を揺らすが、苦しむばかりでそれ以上の反応はなかった。
リルベーラもレオンハルトに話しかけているが、どうやら同じ状態のようだ。
(これは……さすがにやばいわね。)
現状の把握をするために顔を左右に動かしていると、食堂全体がすでに混乱していた。
(こういう時こそ冷静に……ですよね。レイヴンお兄様。)
ヘルミーナは胸に手を当ててから、一番上の兄がいっていた言葉を思い出す。
『いいか、ヘルミーナ。もし事件や事故が起きた時は、一度周囲をよく見渡せ。その中に鍵となるものがいるかもしれない。目の前のことばかりにとらわれるな。冷静に判断しろ。そしてできることから一つずつ行っていくんだ。』
「スゥー……ハァー……」
ヘルミーナは大きく深呼吸をすると、ぱちりと目を開けて、急いでレオンハルトに近づいた。
そして、喉に詰まったものを吐き出させようと、口元に手を伸ばした。
(この匂い……ほのかに甘いような。でも、腐ったような匂いね……。)
「ちょっと、ミーナ! あなたも何しているの!?」
「これ、急いで吐き出させないと大変なことになる気がするの。リルベーラは急いで医務室に行って、この状態を伝えてきて。」
リルベーラはヘルミーナの切羽詰まった声に、急いで食堂から飛び出す。
「うっ……ゴホッ、ゴホッ……」
「レオンハルト、大丈夫?……って、聞こえないか。」
レオンハルトの顔色が、わずかに戻っているのを見て、ヘルミーナはすぐに視線を他へ向けた。
(あ、あれは……もしかしてヘル、ミーナか……? まさかな……)
レオンハルトは意識が落ちる寸前、透き通るような銀髪の少女を見かけた気がした。
悲鳴と叫び声が交錯する中、ヘルミーナは自分を見られていたことも知らず、周囲を見渡しながら、次々と同じ処置を繰り返していく。
(ん~ざっと二十人くらい……? いや、もっといる?)
味がおかしいと思ってすぐに吐き出した人は、軽症ですんでいるようだが、中には意識がなく倒れている人もいた。
すると――
バンッ!!
と、食堂の扉が勢いよく開いた。
「皆さん、落ち着いて、静かにしなさい! まずは現状報告を。近くにいるもので、意識がある者、意識はあるが体調が悪そうな者がいたら手を挙げてください。」
寮の先生でもあるホルトの姿を見て、食堂に張りつめていた空気が、わずかに緩んだ。
「先生!こっちに倒れている人がいます。意識はありますが、ちょっと苦しそうです。」
「こっちは意識がないです。ただ、先ほどよりは呼吸が安定しています。」
まるで先ほどまでの混乱は嘘のように、一人一人が手を挙げて状況を説明していった。
(ホルト先生が来てくれたなら安心ね。)
ホルトは的確に医師へと指示を出し、意識のない生徒から順番に処置をしていく。
それから別の先生たちにも指示を出すと、ホルトは厨房の方へと足を向けた。
「リル。私、行きたいところができたから、ちょっと行ってくる。」
「え!? また? って……もういないし……。」
ヘルミーナはリルベーラに行き先だけ告げると、ホルトの後をこっそり追った。
それから暫くすると――
処置を終えた医師と先生が、厨房へと集まってくる。
「どうでしたか?」
「皆、同じ症状のようですね。見たところ、スープを飲んでいた時に倒れたようです。」
(……スープ? だったらおかしいわね……私もスープは飲んでいたけど大丈夫だった。リルもスープは飲んでいたもの。)
厨房に集まった先生たちの話に聞き耳を立てていたヘルミーナは、話を聞きながら色々と頭を巡らせていた。
「そうですか……。それで? 倒れた生徒は……。」
「命に別状はなさそうですね。どうやら誰かが、口から吐き出させてくれたようですよ。」
「それは、よかった。」
ホルトとヘルミーナは医師の話を聞いて、肩の力を抜いた。
「ですが……」
「ウルヴァール競技祭の出場メンバーが復帰するのは、難しいかもしれません。」
「特に奉納舞に出るメンバーですが……決勝に残っているメンバーが倒れてしまって……」
別の先生が、困ったように口を挟んだ。
「競技祭全体を止めるわけにもいきませんし……軽症の生徒は休ませれば問題ないかと。」
「重症者は医務室で経過観察。意識の戻らない者は、念のため隔離を。奉納舞の決勝者は…仕方ないですが棄権してもらいましょう。」
次々と指示が飛び交い、事態は整理されていく。
(……おかしい。)
先生たちの会話を聞きながら、ヘルミーナの胸の奥に、小さな引っかかりが残る。
倒れたタイミング。
症状の出方。
そして、あの鼻に残るような、甘く酸っぱい匂い。
スープだけが原因だとするには、あまりにも条件が揃いすぎている。
(しかも、重症化しているのは奉納舞の決勝に出る人だけ。こんなピンポイントってあるかしら?)
ヘルミーナは先生の話を聞きながら、首を傾げていた。
そんな時――
「ん~これは……食中毒と言っていいのか。調べてみないとわからないな……」
ホルトが小さく呟いた一言が、ヘルミーナの心の中にスッと入ってくる。
カシャン――
(あ、しまった……)
「ん? 誰がいるのか?」
しかし、返事をする者はなく、
そこにいるはずの少女は、息を潜めたままだった。
「なんだ。気のせいか。ネズミかな。」
一人の先生が音のなる方に近づいたが、そこには誰もいない。
ホルトがちらりと、ヘルミーナが立っているところを見る。
(やばい!? 気づかれた……? って、気づかれることはないと思うけど……)
いつも以上にうるさい心臓の音を落ち着かせていると、ホルトはパッと目をそらした。
「ネズミだと思いますよ。今は、何もわかっていませんし、あまり大事にしないことが得策だと思います。それと、この件は学園長に伝えておきます。」
それだけ言うと、先生たちは全員厨房をあとにした。




