偶然と必然は紙一重。
パンパンッ
裁縫室――
遠くから聞こえてくるピストルの音がやけに大きく感じる。
「ついに始まったわね。」
ミライアの声を聞いても一人として目の前の衣装から目をそらす人はいなかった。
「刺繍を直すのにどのくらいかかるかしら。」
リルベーラがいない今、ヘルミーナと話せるものはいない。
そのため、ヘルミーナは近くにあったノートに字を書いた。
《刺繍は一時間あれば直せると思います。なので、奉納舞の予選には間に合うかと。》
その言葉に五人が小さく息を整えた。
「よかった。ねぇ、妖精さん。こんな時にあれなんだけど……。ヘルミーナと呼んでもいいかしら?」
ミライアの言葉にパッと顔を上げるヘルミーナ。
しかし――その顔は誰にも見えていない。
《はい!もちろんです。その……私も皆さんのことを、お友達だと思ってもいいのでしょうか?》
ヘルミーナが思ったことをそのままノートに出せば、一瞬、裁縫室が鎮まり返った。
刹那――。
「ククッ」
「ふふっ」
「「「ふはははははは!」」」
先ほどまでの緊張感はどこへやら…。
各々が大きな声で笑い出した。
その姿を見たヘルミーナは首を傾げながら、皆を見た。
(やっぱり……ダメってことかな……)
そう思っていると、あまり話さなかったユーディットがヘルミーナの方を見た。
「へ、へ、ヘルミーナ。私はあなたと……そ、その友達だと思っていた……よ?」
(あれ……もしかして私のこと見えてる?)
「私……あなたのこと、なんとなくどこにいるかはわかるの。でも、話したりはできないみたい。ごめんね。」
ユーディットは肩を落としながら謝る。
《ううん!こうやって話せるだけでうれしいもの。これからよろしくね!ユーディット。》
ヘルミーナの文字を見るとユーディットはふわりと笑った。
そんな和やかな時間が過ぎていく中――。
ヘルミーナはふとある一点を見ていた。
(一応……手伝ってくれてはいるみたいだし、気のせいだったのかな。)
あまり話には入らないながらもゆっくりと手を動かす少女。
その人を見ながら自分の手元に視線を戻した。
パチン
最後の刺繍を終えると、糸をハサミで切る。
「何とか間に合った~!!」
それから一時間後――
皆が手を動かしたおかげで、刺繍は元通りに戻っていた。
ミライアの言葉を皮切りに、一人一人が大きく息を吸った。
その刹那――
ガラガラガラ
裁縫室の扉が開く。
「やぁ~、何とか間に合ったみたいだね。」
――入ってきたのは、
「リンドヴァル寮長!」
だった。
まさかの人物に皆は驚きの声を上げる。
今の今まで一度も顔を出さなかった彼が、当日に顔を出すと思っていなかったからだ。
「さぁ、ウルヴァール競技祭はもう始まっているよ。皆も応援に行っておいで。」
そう促せば五人はゆっくりと裁縫室を後にした。
そしてフィンもまた、衣装を見渡すとそのまま部屋を出る。
「今回はうまくいきそうだな。」
その声はただ一人――
ヘルミーナだけが聞いていた。
***
「さぁ~始まりました。ウルヴァール競技祭。今回実況を務めさせていただきますエビアンです。どうぞよろしくお願いいたします。」
ヴァルガルド――
(広いわね!さすが、世界屈指の学園都市といったところだわ。)
ユグラシルの南に位置するヴァルハイム競技場。
その中の一つがヴァルガルドだ。
ヘルミーナはもうすぐエイクシュニル寮の人たちの競技が始まるということで一人ヴァルガルドに来ていた。
すると――
後ろからポンポンと肩を叩かれた。
(え!?私に気付く人がいるの?)
ヘルミーナが後ろを振り向けば、そこにはリルベーラが立っていた
「リル!まさかこんなところで会えるなんて思ってもいなかったわ。」
ヘルミーナは嬉しくなり、声をかけると、
リルベーラの横には見たことのない男の子が立っていた。
(あれ……?この人。確か……)
ヘルミーナが首を傾げていることに気付いたのか、リルベーラがこっそりと教えてくれた。
「私の奉納舞の相手よ。あなたが衣装作ってくれたでしょ?」
まじまじと顔を見てみれば、確かに、サイズ合わせの時にあった人だった。
「あぁ~!!あの人かぁ~!!」
ヘルミーナは思い出したのかポンっと手を叩いた。
その瞬間――
その場にいた全員が一斉にヘルミーナの方へ振り返った。
「えっ!?今誰か大声出さなかった?」
「気のせいじゃない?これだけ人いたら誰かしら騒ぐ人だっているって。」
ヘルミーナは思わず口を手で押さえる。
(し、し、しまったぁぁぁ。そんな大きな声出したつもりじゃなかったのに……)
そう思っていれば――
クスクス
と前から声が聞こえてきた。
「もしかして、君がヘルミーナ?姿は見えていないけど……リルベーラから話は聞いてるよ。」
視線が合うことはないが、こちらを向いて話しかけてくれているのが見える。
どうやら、リルベーラがヘルミーナのことを話していたようだ。
「とても大切な友人がいるってね。俺は、レオンハルト。君が衣装を作ってくれたんだって?この衣装着心地がいいし、軽いから動きやすい。こんないい仕立てができるなんて、君はすごいな。」
目があったわけでもないのに、一つ一つの言葉に気持ちが入ってくるのが伝わってくる。
そのことにヘルミーナの心はじんわりと温かくなった。
リルベーラはそんな様子を見ながら扇子越しに笑っている。
(絶対今頃楽しんでいるわね……あとで文句言うんだから!)
「リルベーラ。レオンハルトさんに、ありがとうと伝えてくれる?」
そういってレオンハルトの方をもう一度見れば、あるところで目が止まった。
(あれ……?フックが取れかかってる。あれじゃあ踊っている最中にズボンがずり落ちちゃうわ。)
ヘルミーナは懐から箱を取り出すとレオンハルトに近づきホックを縫い始めた。
「ちょ、こんなところで何してるの!?」
リルベーラは耳元で声をかけてきたが、それよりも目の前の男の子の尊厳を守ることの方が大事。
リルベーラもヘルミーナが何をしようとわかったのか、遠くからただ傍観した。
(これで、変に近づいたら……また噂が立っちゃうし、レオンハルトにも迷惑かけるわね……)
「あれ?何か一瞬風がふいたような……気のせいか?」
レオンハルトの近付いたことでふわりと風が巻き上がった。
すごい勢いでフックを直し終えると、ヘルミーナはリルベーラの横へと戻る。
「ちょっと……ミーナ。急に動くとビックリするから声をかけてから……って、どうしたの?」
ヘルミーナの顔を見ると、いつもはあまり感情が表に出ない顔に、少しばかり影があった。
「リルベーラ……私ちょっと行かなきゃいけないところができたから行ってくる。」
それだけ言うと、ヘルミーナは人の間をするするとすり抜けて、ヴァルガルドを後にした。




