全てを知った日。
(あの子、迷子になると探すのが大変なのよね~)
リネッサはヴァリオンにすべてを任せると、いなくなったヘルミーナを探した。
ヘルミーナのいそうな場所を、片っ端から探していくリネッサ。
探し始めて十分が経った頃――
茂みに隠れるようにして座っている、ヘルミーナの姿があった。
「あ~、いたいた! ミーナ。待たせてごめんねぇ……って、どうしたの?」
「お、お、お母様……」
グスン……
と鼻を鳴らすと、赤くなった目を擦る。
「ミーナがそんな顔するなんて、珍しいじゃない」
持っていたハンカチを手渡すと、ふわりと微笑んだ。
その笑顔は、母性そのものだ。
「何があったか、もしよかったらお母様に話してみない? ほら、話すだけで楽になることもあるし……ね?」
ヘルミーナは、しばらく俯いたまま黙り込んだ。
言葉を探しているのか、それとも――
口にするのが、怖いのか。
リネッサは何も言わず、ただ待つ。
ヘルミーナは、深くゆっくりと息を吐くと、恐る恐る言葉を口にした。
「私って……もしかして、周りから見えていない……んですか?」
リネッサは、すぐには答えなかった。
「……確かに、あなたは見えにくいかもしれないわね」
「でも……あなたは、ちゃんとここにいるわ」
そう言って、リネッサはヘルミーナの手を取った。
頭を撫で、そっと肩に手を置く。
そして、ふわりと彼女を包んだ。
「だって、こうして触れられるんだもの」
「お、お母様……」
「ね? 大丈夫でしょ?」
こめかみに軽く手を添えると、そのまま額をくっつけた。
「体温だって、感じるんだから。安心しなさい」
リネッサのぬくもりが、ゆっくりとヘルミーナへと移る。
その瞬間、堰を切ったように、涙が溢れ出した。
声を押し殺して泣くうちに、
やがて呼吸が整い、少しずつ落ち着いていく。
それからしばらくして、ヘルミーナは顔を真っ赤にして慌てだした。
「お母様……取り乱してしまって、申し訳ございません」
リネッサは首を横に振ると、静かに話し出した。
「ううん。私たちも、あなたにきちんと伝えていなかったから」
少し間を置いて、リネッサは続ける。
「だからね……その痛みを、無理に忘れなくていいの」
「その痛みは、きっといつか、誰かを救うものになるわ」
「それだけは……忘れないでね」
ヘルミーナは、しばらく考え込むように視線を落とした。
「私でも……友達、できますか?
……恋人も」
その言葉に、リネッサははっきりと頷いた。
「えぇ、できるわ!」
「学園に行ったらね。きっと毎日が、目まぐるしいくらい早く過ぎていくと思う。
そのくらい楽しいの」
「だって、私がそうだったから」
リネッサの言葉を聞いて、ヘルミーナは小さな声で呟いた。
「だといいな……」
その言葉は、誰かに聞こえることなく、静かに空へと溶けて消えた。
「お母さま……ありがとうございます」
二人で他愛のない話を交わしながら、
お茶会のざわめきを遠くに聞いていると――
ヘルミーナは、サッと立ち上がった。
「私……行ってきます」
その顔は、先ほどまで涙を流していたのが嘘のように、決意に満ちていた。
「そう。一人で大丈夫?」
「はい。お母さまのお陰で、たくさん泣きました」
少しだけ間を置いて、ヘルミーナは続けた。
「もう……泣くのは終わりです」
リネッサは、ヘルミーナの背中を目で追った。
(やっぱり……子供の成長は早いわね)
「さっ、私もヴァリオンの所へ戻らないとね。そろそろ泣いてそうだもの」
リネッサは、ヘルミーナとは逆の方向へと歩き出す。
二人の間に、穏やかな風が流れた。
***
「ルーカス。見つけた。あなたに話があるの!!」
ヘルミーナは、ルーカスを見つけるなり、会場中に響き渡るような声で呼び止めた。
ルーカスがビクリと肩を揺らし、一瞬、足を止める。
が、聞こえなかったかのように、そのまま歩き出した。
「ルーカス。あなたが私と話したくないことはわかったわ。でも……これだけは聞いてほしいの」
まるで肯定するかのように、足を止めた。
「私ね、来年から学園に行くわ。きっと、あなたにも会うと思う」
一拍置いて、ヘルミーナは続けた。
「でも……あなたには話しかけない。だからね、これが最後」
「小さい頃は、たくさん遊んでくれてありがとう。と~っても楽しかったわ!」
それだけ言うと、ヘルミーナはかかとを返して歩き出した。
その歩く姿に、もう迷いはなかった。
「へ、る、みーな……」
遠くで、ルーカスが呼んだような気がしたが、ヘルミーナは振り向くことはなかった。
(自分でいうのもなんだけど、思ったより平気ね。これも全部、お母さまのお陰だわ)
胸の奥が、少しだけきゅっと痛んだ。
けれど、不思議と、立ち止まりたいとは思わなかった。
(思い出は、私の中にちゃんとあるもの)
だからこそ、それを抱えたまま進めるのだと、そう思えた。
見えなくても、触れられなくても、自分は確かに、ここにいる。
学園に行けば、きっとまた新しい出会いがある。
すぐに友達ができるかは、わからないけれど――
それでも、前より少しだけ、怖くなかった。
ヘルミーナは背筋を伸ばし、賑やかな会場の中を、迷いなく歩いていく。
先ほど曇っていたはずの空は、いつの間にか、すっかり晴れ渡っていた。




