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噂の幽霊令嬢は今日もトラブルに大忙しです!  作者: ゆずこしょう
序章 名前を呼ばれなくなった日。
3/10

全てを知った日。

(あの子、迷子になると探すのが大変なのよね~)


リネッサはヴァリオンにすべてを任せると、いなくなったヘルミーナを探した。


ヘルミーナのいそうな場所を、片っ端から探していくリネッサ。


探し始めて十分が経った頃――


茂みに隠れるようにして座っている、ヘルミーナの姿があった。


「あ~、いたいた! ミーナ。待たせてごめんねぇ……って、どうしたの?」


「お、お、お母様……」


グスン……


と鼻を鳴らすと、赤くなった目を擦る。


「ミーナがそんな顔するなんて、珍しいじゃない」


持っていたハンカチを手渡すと、ふわりと微笑んだ。


その笑顔は、母性そのものだ。


「何があったか、もしよかったらお母様に話してみない? ほら、話すだけで楽になることもあるし……ね?」


ヘルミーナは、しばらく俯いたまま黙り込んだ。


言葉を探しているのか、それとも――


口にするのが、怖いのか。


リネッサは何も言わず、ただ待つ。


ヘルミーナは、深くゆっくりと息を吐くと、恐る恐る言葉を口にした。


「私って……もしかして、周りから見えていない……んですか?」


リネッサは、すぐには答えなかった。


「……確かに、あなたは見えにくいかもしれないわね」


「でも……あなたは、ちゃんとここにいるわ」


そう言って、リネッサはヘルミーナの手を取った。


頭を撫で、そっと肩に手を置く。


そして、ふわりと彼女を包んだ。


「だって、こうして触れられるんだもの」


「お、お母様……」


「ね? 大丈夫でしょ?」


こめかみに軽く手を添えると、そのまま額をくっつけた。


「体温だって、感じるんだから。安心しなさい」


リネッサのぬくもりが、ゆっくりとヘルミーナへと移る。


その瞬間、堰を切ったように、涙が溢れ出した。


声を押し殺して泣くうちに、

やがて呼吸が整い、少しずつ落ち着いていく。


それからしばらくして、ヘルミーナは顔を真っ赤にして慌てだした。


「お母様……取り乱してしまって、申し訳ございません」


リネッサは首を横に振ると、静かに話し出した。


「ううん。私たちも、あなたにきちんと伝えていなかったから」


少し間を置いて、リネッサは続ける。


「だからね……その痛みを、無理に忘れなくていいの」


「その痛みは、きっといつか、誰かを救うものになるわ」


「それだけは……忘れないでね」


ヘルミーナは、しばらく考え込むように視線を落とした。


「私でも……友達、できますか?

……恋人も」


その言葉に、リネッサははっきりと頷いた。


「えぇ、できるわ!」


「学園に行ったらね。きっと毎日が、目まぐるしいくらい早く過ぎていくと思う。

そのくらい楽しいの」


「だって、私がそうだったから」


リネッサの言葉を聞いて、ヘルミーナは小さな声で呟いた。


「だといいな……」


その言葉は、誰かに聞こえることなく、静かに空へと溶けて消えた。


「お母さま……ありがとうございます」


二人で他愛のない話を交わしながら、

お茶会のざわめきを遠くに聞いていると――


ヘルミーナは、サッと立ち上がった。


「私……行ってきます」


その顔は、先ほどまで涙を流していたのが嘘のように、決意に満ちていた。


「そう。一人で大丈夫?」


「はい。お母さまのお陰で、たくさん泣きました」


少しだけ間を置いて、ヘルミーナは続けた。


「もう……泣くのは終わりです」


リネッサは、ヘルミーナの背中を目で追った。


(やっぱり……子供の成長は早いわね)


「さっ、私もヴァリオンの所へ戻らないとね。そろそろ泣いてそうだもの」


リネッサは、ヘルミーナとは逆の方向へと歩き出す。


二人の間に、穏やかな風が流れた。


***


「ルーカス。見つけた。あなたに話があるの!!」


ヘルミーナは、ルーカスを見つけるなり、会場中に響き渡るような声で呼び止めた。


ルーカスがビクリと肩を揺らし、一瞬、足を止める。


が、聞こえなかったかのように、そのまま歩き出した。


「ルーカス。あなたが私と話したくないことはわかったわ。でも……これだけは聞いてほしいの」


まるで肯定するかのように、足を止めた。


「私ね、来年から学園に行くわ。きっと、あなたにも会うと思う」


一拍置いて、ヘルミーナは続けた。


「でも……あなたには話しかけない。だからね、これが最後」


「小さい頃は、たくさん遊んでくれてありがとう。と~っても楽しかったわ!」


それだけ言うと、ヘルミーナはかかとを返して歩き出した。


その歩く姿に、もう迷いはなかった。


「へ、る、みーな……」


遠くで、ルーカスが呼んだような気がしたが、ヘルミーナは振り向くことはなかった。


(自分でいうのもなんだけど、思ったより平気ね。これも全部、お母さまのお陰だわ)


胸の奥が、少しだけきゅっと痛んだ。


けれど、不思議と、立ち止まりたいとは思わなかった。


(思い出は、私の中にちゃんとあるもの)


だからこそ、それを抱えたまま進めるのだと、そう思えた。


見えなくても、触れられなくても、自分は確かに、ここにいる。


学園に行けば、きっとまた新しい出会いがある。


すぐに友達ができるかは、わからないけれど――


それでも、前より少しだけ、怖くなかった。


ヘルミーナは背筋を伸ばし、賑やかな会場の中を、迷いなく歩いていく。


先ほど曇っていたはずの空は、いつの間にか、すっかり晴れ渡っていた。

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