静かなほころび。
「はぁ~、ついに明日が本番かぁ~」
裁縫室――。
いつもの五人に、ヘルミーナを加えた六人で、衣装の最終確認をしていた。
「たった五人でよく頑張ったわよね。あ、違うわね。六人か……妖精さんがいるし。」
いつの間にか、五人の間ではヘルミーナの妖精呼びが定着していた。
それだけではない――
紅茶やお菓子も、すべてヘルミーナの分まで用意されている。
今日もテーブルの上には、六人分のティーカップが並んでいた。
(ふふ……少し、くすぐったいわね。)
「ねぇ、妖精さん。私たちにはあなたの姿が見えていないのだけど、意思疎通の取り方はないのかしら?」
ミライアは空いている席に目を向け、にこりと微笑んだ。
視線が合うわけではない。
だが――それでも。
ここにいる皆は、ヘルミーナのことを少しずつ理解しようとしてくれていた。
ヘルミーナはそっと、一冊のノートを取り出す。
《ノートを使えば何とか……。いつもおいしい紅茶とお菓子をありがとうございます。
もし何か急ぎの用事があれば、リルベーラ・エーデルヴァーンに連絡してください。》
ヘルミーナがノートから手を離すと、文字がふわりと浮かび上がった。
「うわぁぁ!? ……って、ノート!?」
皆が恐る恐る覗き込むと、そこにはきれいな文字で感謝の言葉が綴られている。
「リルベーラって……あの噂のリルベーラ?何かあれば、彼女に伝えればいいのね。これからも六人で定期的にお茶会をしたいと思っていたのよ。ほら……裁縫が好きでも、表立って動けない子が多いから。こうやってゆっくり話せるの、楽しいのよね。」
ミライアの楽しそうな言葉に、ヘルミーナも思わず頬が緩む。
(私も同じ趣味を持つ友達ができてうれしいわ。って、これはもう友達って呼んでいいのかしら?)
友達が一気に五人も増えたことに喜んでいると、話はどんどん進んでいく。
「あの布。やっぱり素敵よね~。どこに売ってるのかしら。光の加減で色が変わるのが絶妙だわ。」
「クララは細かい作業まで丁寧よね。あの刺繍今度教えて?」
「いいよ。そんなに難しくないし。それよりも、妖精さんの手直し……早くて的確で。何かしているの?」
《私は……家が仕立て屋で。》
その言葉を聞くと、皆が声をそろえて「あ~だからかぁ~」と納得の声を上げる。
それからしばらく――。
他愛のない話をしながらお茶休憩を終えると、ミライアが手を叩いた。
「さぁ、あとひと踏ん張り頑張りましょうか。衣装の最終確認も大詰めだしね!今日はゆっくり眠れそうだわ。」
テーブルの上のティーカップやお菓子を、唯一の男子であるオスカルドが片付ける。
その間に、端へ寄せていた衣装を近くに運び、それぞれが最終確認を始めた。
(ん~……おかしいな。前に直したはずの場所が……元に戻ってるわ。)
他の五人は気づかないような小さな違和感。
それを見ながら、ヘルミーナは首を傾げた。
(確かにちょっとした違和感だから気づきにくいけど……ここの刺繍の色も本来の色と変わってるし……)
刺繍の色は、日の光に当たるとよくわかる。
だからなのか……少し暗くなってきたこの裁縫室では、違和感に気付けるものがいなかった。
(あ……この衣装……ちょっと破けてるわ……。こっちもだ……)
小指が入るかどうかの小さな穴。それでも踊っているときにどこかに引っかかったりしたら、大変なことになる。
「なんだかおかしい……?」
一人で首を傾げていると、ミライアが声を上げた。
「うん!大丈夫そうね!あとは本番の奉納舞を楽しみにしましょう!」
(せっかくの雰囲気を壊したくないし……あとでこっそり直しに来ようかな。)
そう思っていると、ふと一人の子の手が少し震えていることに気が付いた。
顔を見れば真っ青になっている反面、ホッと息を吐いたのがわかった。
***
ガチャガチャ……
「ふふ……こういう時って、便利よね。」
寮内がすっかり寝静まった頃――
ヘルミーナは裁縫室へと足を運んでいた。
「あれ……鍵が、開いてる……?」
夕方、最終確認を終えて皆で裁縫室を出たとき、
『鍵もかけたし、これで大丈夫ね!!
念のため、みんな鍵が閉まっているか確認してちょうだい。』
そう言って、一人ひとりが鍵を確かめていたはずだ。
(ミライアが鍵を返しているのも、ちゃんと見てたのに……
どうして……?)
胸の奥に、ちくりと小さな不安が走る。
音を立てないよう、ヘルミーナはそっと扉に手をかけ、
ゆっくりと中を覗き込んだ。
……暗い。
灯りは落とされ、裁縫室の中は夜の静けさに包まれている。
その時――
かすかに、布が擦れるような音がした。
(……気のせい?)
ヘルミーナは息を潜めた。
もう一度、何かを感じた気がしたが、それはすぐに消えてしまう。
裁縫室の中には、誰の姿も見当たらなかった。
(……やっぱり、私の気のせいね。)
自分にそう言い聞かせ、ヘルミーナは中へと入る。
カチリ――
背後で、扉が閉まる音がした。
(あ……)
試しに扉に手をかけてみるが、びくともしない。
「……内側からは、開かないのね。」
少し古い裁縫室。
南京錠をつけて施錠する造りのため、外側からでなければ開けられない。
一瞬だけ迷ったあと、ヘルミーナは小さく息を吐いた。
「……考えていても、仕方ないわね。」
今できることを、するしかない。
一枚一枚、衣装を確認しながら、昼間に気になっていた部分に手を入れていく。
「……この破け方。やっぱり、何かに引っかかったみたいね。」
糸を解き、丁寧に縫い直す。
「こっちの刺繍も……色が、少し違うわ……。」
慎重に、淡い青色から濃い青色の刺繍へと整えていく。
「……この裾も危ないわね。」
踏みやすい位置にズレている裾を元に戻すと縫い直した。
「今気づいてよかった。危なく大きな怪我に繋がるとこだったわね。」
(せっかく仲良くしてくれているのに、こんな事で皆が悪く言われるのは嫌だもの。)
一枚一枚丁寧に作業を続けると、一旦大きく伸びをした。
(それにしても多いわね。これって……事故……なのかしら。それとも……)
そこまで考えると、ヘルミーナは首を振った。
(いや、だめね……今は、直すことだけ考えましょう。)
針を進めながらも裁縫室の静けさが、どこか落ち着かない。
先ほど感じた、あの違和感。
(……やっぱり、気のせいじゃない。)
そう思いながらも、ヘルミーナは最後まで口に出すことはなかった。




