裁縫室の妖精さん。
「はぁ~……」
寮室――。
夜の寮室で、ヘルミーナがチクチクと衣装を縫っていると、リルベーラが大きなため息を吐いた。
「どうしたの?何かあった?」
「「何かあった?」じゃないわよ。奉納舞の稽古が思ったよりもスパルタで疲れているだけ……。」
ウルヴァール競技祭に出場する選抜メンバーが決まってから一週間。
リルベーラは毎日遅くまで稽古に追われていた。
「そっか~……。一から作るんだもんね。しかも一か月しかないって、結構大変よね。」
リルベーラは話をしながらも布から目をそらそうとはしない。
「ミーナはなんだか楽しそうね?」
「うん!だって布は使い放題って言ってたし。友達の衣装が作れるなんて…ふふ。それだけで幸せだわ。ほら…みてちょうだい?この布なんて光の加減で色が変わるのよ?本当にきれい~」
(高級な布を使えることに喜んでるようにしか見えないけど……)
布を抱きしめて頬を紅くしながら語る姿をみて、思わず言葉が出そうになったリルベーラだったがごくりと飲み込む。
(まぁ、楽しそうだからいいか。)
リルベーラは立ち上がると、扉の方へと向かった。
「あれ?どこか行くの?」
「うん、ちょっと夜風にあたってくるわ。」
ミーナはその言葉を聞いて、少し考えてから、
「そっか。行ってらっしゃい」
と、一言返してから布へ目を戻した。
すると――
「あれ……ここ。縫ってたっけ?」
布にちょっとした違和感があることに気付いた。
それはほんの些細なところ。
(う~ん……大丈夫だとは思うけど、念のため縫い直しておこうかな。)
リッパーを取り出すと、丁寧にほどいた。
「うん……これで、大丈夫ね!」
それからもう一度丁寧に縫い始めた。
***
「あら、あなたもいたんですね。フレイシア王子。」
中庭――。
(一人で練習しようと思っていたのに……。)
リルベーラが中庭に出てみれば、先客が一人いた。
「その呼び方やめてくれないか?エーデルヴァーンさん。」
(ダーリンを見ているからかしら……この王子。王族っぽくないのよね。)
目の前の男を凝視していると、その男はふっと視線を逸らす。
「どうせ君も、王族っぽくないと言いたいんだろう?」
「そうですね、って…しまった。そんなことないですよ。」
思っていたことがそのまま口に出てしまったリルベーラは、思わず口元を扇子で隠した。
「はは。隠さなくていいさ。それに、俺だって自分のこと王族っぽくないって思ってるからね。」
それだけ言うと、中庭から出ていく王子。
リルベーラが目だけで彼を追えば、去り際にぴたりと足を止めた。
「あ、そうだ。俺のことは明日からレオンと呼んでくれ。家名が嫌いなんだ。」
その顔は眉間に皺を寄せて、本当に嫌いなのだとわかるほどだった。
「奇遇ですね。私も家名が嫌いなんです。ですからリルベーラと呼んでください。」
(リルは、グレイン様とミーナだけって決めているから。)
二人はまるで戦友にでも出会ったかのような顔をして、お互いの手を取り合った。
「当日は成功させましょうね。」
「あぁ~、優勝しよう。」
「そうですね……って、え!?優勝!?」
何も考えずに言葉を返してしまって大きな声を上げているリルベーラを見て、レオンハルトはクスリと笑った。
(面白い子もいるんだな。)
「どうかなさいましたか?レオンハルト様が笑うなんて珍しい。」
レオンハルトが、中庭から中へと入れば一人の男が近づいてくる。
「いや、なんでもない。ただ、この学園は思っていたよりも退屈しなくてすみそうだなと思っただけだ。」
レオンハルトはもう一度中庭を振り返ると、一人で練習をしているリルベーラを見た。
「あの方は……。たしか、ダーリン・スヴァロル・トルヴァルド第二王子殿下の婚約者ですね。」
男からダーリンの名前が出てきて思わず納得するレオンハルト。
「リルベーラって名前、どこかで聞いたことがあると思ったんだ。」
「調べますか?」
男の言葉に首を横に振った。
「いや、いい。話してみればわかるさ。それに、あの子は見た目で勘違いされやすいだけな気がするしな。」
少し口角を上げて笑ったレオンハルトをみて、男は目を見開いた。
「あぁ~…それと、頼んだことは?」
「滞りなく……。」
「そうか……。これでうまくいけばいいんだがな。」
誰にも聞こえないような小さな声でぼそりと呟くと、レオンハルトは自室へと戻っていった。
***
「ん~…!あと一週間かぁ~~~!!」
裁縫室では――。
すでに追い込みのごとく、忙しなく皆が動いていた。
「ちょっと!この布足りないんだけど……って、あれ…?さっきなかったはずなのに。」
「こっちもこの刺繍糸がないわ……って。また刺繍糸が補充されてる。」
そして、いたるところでヘルミーナが大活躍していた。
(ちょっとでもみんなの役に立って、友達が増えたらうれしいんだけど……)
ヘルミーナは皆の動きを先読みしながら、準備を手伝う。
(これもお母さまたちのおかげね。早くから仕立て屋のお仕事手伝っててよかったわ。)
五人が作る衣装を、見渡していると――。
(あれ……ここの糸ほつれてる。これだと……あとでほどけちゃうかも。)
(こっちもだ……これは裾がほどけてるわ。踏んだら転んじゃう……)
(この結び方もよくないわ……って、さっきも似たような結び方あった気がするんだけど……。)
至る所に小さな小さなほころびができ始めていた。
そんなヘルミーナの違和感に気付くことなく、誰かが言う。
「ねぇ~一時期エイクシュニル寮に幽霊が出るって噂あったじゃない?」
「あぁ~あったわね。」
「私……思うのよ。本当は幽霊じゃなくて妖精さんなんじゃないかって。それでね、その妖精さんはもしかしたら裁縫が好きなのかな~って。今もきっとここでその手伝いをしてくれている……そんな気がするの。」
その言葉を口にしたのは、ユーディットだった。
(妖精さんって……なんだかかわいらしいわね。)
その言葉を言った瞬間、一人の女の子とぱちりと目があった気がした。
しかし、すぐに目はそらされた。
「だから、いつか会ったら感謝の気持ちと、友達になってって言いたいなって。」
「「「あら、それは良いわね。」」」
一人の女の子の言葉に皆が賛同した。
「今回もたくさん手伝ってもらってるものね。」
「恥ずかしがりやの妖精さんなのかしら。」
「確か……黒板にヘルミーナって名前が入ってた。」
ヘルミーナ自体は認識されていないけど、少しだけ皆の心の中にヘルミーナが存在し始めた瞬間だった。
しかし――
(あぁ~こっちもほつれてるから直しておこう…こっちもだぁ~。なんでこんなことになってるのよ。)
当の本人は、五人のやり取りを聞くことなく、目の前の衣装を直すのに必死だった。




