ざわめきの食堂。
「すごい人の数ね……」
エイクシュニル寮の食堂――。
いつもであれば寮室ごとに時間が決められているため、ここまで人が集まることはない。
だが、今日だけはたくさんの生徒でごった返していた。
「みんな集まるって……何が始まるのかしら」
「あれじゃない?」
「あ~、あれねぇ……そういえば、そろそろその時期かぁ」
――そんな声があちこちから聞こえ、食堂はいつもよりざわついていた。
「仕方ないわ……。寮長からの呼び出しだもの」
リルベーラはご飯を食べ終えると、その場に残ろうとはせず、ぱっと立ち上がる。
そして持っていた食器を片すと、扉の方へと向かった。
「あ、待って……」
ヘルミーナは、リルベーラの隣まで来たところで足を止める。
「中にいると、出られなくなっちゃいそうだし。この辺にしましょ」
そう言って、扉の一番近くの壁にもたれかかると――
タイミングを待っていたかのようにぱっと明かりが消えた。
そして、その直後――
光が一点に集中する。
(えっ……!? 何が始まるの!?)
初めて見る光景に、ヘルミーナは胸を高鳴らせた。
それとは対照的に、リルベーラは溜息を吐く。
(この演出……絶対あいつだわ)
ガヤガヤとしていた食堂に、一瞬の静寂が訪れた。
カツン、カツン、カツン――
その静けさの中、誰かがゆっくりと歩いてくる音が響く。
「えぇ~、皆さんこんばんはぁ~!寮長のフィン・リンドヴァルで~す!」
目の前に現れた男を見て、リルベーラは盛大にため息を吐いた。
「はぁ~やっぱり…」
リルベーラの声に思わずヘルミーナも首を傾げる。
「えっ?知り合い…?」
その言葉にリルベーラからの返事はなかった。
けれど、その表情を見れば、十分すぎるほどだった。
そんな空気を切り替えるように、フィンが大きく手を叩く。
「今日集まってもらったのは、ついにこの季節が来てしまったからです~。」
「リンドヴァル寮長。そろそろふざけるのはやめてください。」
フィンの隣にいた女性が眼鏡をクイッと持ち上げる。
レンズがキラリと光った。
「ちょっと~折角盛り上がっているのにさぁ…。」
「いえ、全く盛り上がっておりません。それよりも早く話してください。あとがつかえているんですから。」
その容赦のない言葉に、ヘルミーナは思わず小さく吹き出した。
(あの眼鏡の女性。キレッキレで面白いわ!)
周囲からも、同じように笑いをこらえる気配が伝わってくる。
「じゃあ、話そうか。」
フィンは今までのおちゃらけた雰囲気は消え去り、食堂内の空気ががらりと変わった。
「一か月後、ウルヴァール競技祭が行われる。エルーナ」
フィンは眼鏡の女性の方を見る。
ガラガラガラ。
エルーナは、どこからともなく黒板を引きずり出した。
「ここからは私が説明させていただきます。エルーナ・エイクフェルトです。よろしくお願いいたします。」
エルーナは軽く頭を下げると、眼鏡を軽く持ち上げた。
「ウルヴァール競技祭は、寮対抗の競技祭です。
種目は五つ。弓術、狩猟、武術、戦術、舞踏。
その中で一番のメインイベントは、舞踏のヴァール奉納舞と、チーム戦のウルの戦陣となります」
説明を終えると、エルーナは黒板から離れ、一歩下がった。
説明が終わると、食堂のあちこちで小さなざわめきが広がる。
「やっぱり…今年も奉納舞があるのね。」
「ウルの戦陣もだ。」
その声音には、楽しみよりも、恐怖や不安の方が色濃く滲んでいた。
パンパンッ!
フィンは、その空気を変えるように手を叩いた。
「……というわけで、ここからは競技の担当を決めていく。競技に出る者だけじゃない。裏方もだ」
周りをきょろきょろと見渡したフィンは、リルベーラの姿を見つけると、にやりと笑った。
リルベーラは、その視線に気づき、すっと目を逸らす。
(リルベーラ……絶対、あいつと目を合わせちゃダメ。絶対よ!!)
心の中で、ひたすら祈る。
しかし――。
次の瞬間、その願いは見事に儚く消え去った。
「とはいえ、自分から名乗り出る者がいないことくらい、分かっている。だから今回は、こちらで決めさせてもらった」
その言葉を合図に、エルーナが黒板に名前を書き始める。
白いチョークが黒板を走る音が、やけに大きく聞こえた。
同時に、なぜか胸の奥が、ひやりとする。
(私は何も見ていないわ。フィンの顔なんて見ていない…)
リルベーラは胸に手を置いてゆっくりと息を吐く。
「リル。あなたの名前が、書いてあるわよ?」
ヘルミーナは肩をぽんぽんと叩き、黒板を指さした。
「えっ……!?」
リルベーラは、ゆっくりと黒板へ視線を向ける。
そこには――
《奉納舞 一年 リルベーラ・エーデルヴァーン》
と、はっきり名前が書かれていた。
「きっと、同姓同名の人がいるのよ」
「えー。名前ならともかく、家名は無理でしょ? だってあなた、公爵家なんだから」
どの国でも、公爵や侯爵といった家柄には、王族の血が混じっていることが多い。
そんな公爵家と同じ家名を名乗る者がいるとしたら――相当勇気のある変わり者くらいだ。
「そ、そ、そうよね……」
リルベーラは、がっくりと肩を落とした。
だが、構わず話は進んでいく。
「裏方は、随時募集中だ。特に、奉納舞の衣装を作ってくれる者がいたら名乗り出てほしい」
その言葉を聞いた瞬間、ヘルミーナの目が輝いた。
「ねぇ、リル。私も参加できるかな? あなたの奉納舞の衣装、作ってみたい」
肩を落としているリルベーラの手を取り、顔を覗き込む。
「ね? 一緒に頑張りましょう?」
(舞は苦手なのよね……。まだ剣舞の方がいいんだけど)
リルベーラはヘルミーナの笑顔に、結局逆らえず、仕方なく頷いた。
「わ、わかったわ。できるだけ頑張る。だから、ミーナも練習、付き合ってよね?」
「もちろん!!」
こうして二人はウルヴァール競技祭に向けて走り出した。
***
「クックック……」
「フィン。その笑いは気持ち悪すぎます。」
全員が食堂から出ていくと、フィンは口元を手で押さえながら必死に笑いをこらえていた。
「だってさ…ククッ。見たか?リルベーラの顔……あぁ~あれは傑作だ。」
リルベーラは必死に隠れていたつもりだが、フィンからはすべてが丸見えだった。
(本当に…こいつときたら…。エーデルヴァーンさんがかわいそうだわ。)
「好きな子を虐めるのもたいがいにした方がいいと思いますよ。いつか痛い目を見ますからね。」
エルーナの言葉を発した瞬間――
フィンの目が据わる。
「は?俺があいつを好き?ないな~い。あいつはただの幼馴染で……俺の玩具みたいなもんだ。昔からな」
そういって笑う姿は、人間の皮を被った悪魔にしか見えなかった。
「あ~……去年の卒業パーティーから色々問題起こしてるだろ?次は何してくれるかな~。今から楽しみだ。」
それだけ言うと食堂から出ていく。
その後姿を見ながら、エルーナは小さくため息を吐いた。
「今年は何事もなく終わってほしいですね……」
その言葉は誰にも聞こえることなく食堂内で静かに消えていった。




