切る者と、直す者。
ジョキン。
「あれ……おかしいぞ」
ハサミを入れると、いつもはスッと切ることができる布。
「断面が、汚い……汚すぎる!!」
しかし、いくらハサミを動かしても、布は綺麗に切ることができなかった。
至る所から、糸がほつれているのがわかる。
イライラしながら、ハサミを小刻みに動かしていると――
ガラガラガラ――。
裁縫室の扉が開いた。
「やっと、お会いできましたね。スヴェイン・ヴァルム先輩。
いえ……真犯人さんと、呼んだ方がいいでしょうか?」
そこには、変装したヘルミーナと、リルベーラが立っていた。
「な、なんで……お前が……」
ヘルミーナが現れたこともそうだが、スヴェインが一番驚いたことは――
「あぁ。私が、制服を着ていることが、おかしいですか?」
ヘルミーナが、少しずつ近づいていく。
スヴェインは、じりじりと後ずさった。
そして、次の瞬間――
後ろの扉から、逃げようと、走り出す。
しかし、
「おっと……ここは、通行止めだ」
扉の前には、兄であるグレインが、けだるそうに立っていた。
「な、な……どういうことだ!?」
「お兄様!?」
スヴェインと、ヘルミーナの声が重なった。
二人の言葉に、グレインは肩をすくめる。
「どうもこうもない――。リルから、話を聞いて来ただけだ」
顔には、
「詰めが甘いぞ、妹よ……」
と、でかでかと書いてある。
(すみません、お兄様。助かりました)
心の中で感謝すると、ヘルミーナは、スヴェインの方を見た。
「ふ、ふざけるな。俺は、何も――」
「していない、ですか?」
スヴェインの言葉を遮るように、ヘルミーナが、一歩、前に出る。
「では、なぜ、ここに、この布があるのでしょうか」
スヴェインの視線が、作業台の上に落ちる。
ぐしゃりと歪んだ布。
美しくない切断面。
ほつれた糸。
「この布……いつもの布と違って、切れなかったでしょう?」
ヘルミーナは、軽く微笑むと、自分の裁ちばさみを取り出した。
チョキン、チョキン……。
ハサミを上下に動かし、切れ味を確認すると、目の前にある制服に、手を伸ばす。
「や、やめてくれ!!」
その瞬間――
スヴェインは、作業台の上にある制服を、手繰り寄せた。
「なぜですか?
その布が、綺麗に切れないのが……そんなに、屈辱ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、スヴェインは、自分の手を、固く握りしめた。
「そんなことは――」
「あるはずですよ。
だって、あなた……今まで、何枚もの布を、自分の手で切ってきたんでしょうから」
ヘルミーナは、静かに続ける。
「今まで見てきた切断面を見れば、すぐにわかります。
あなたの切断面には、いつも、迷いがなかった」
「布を切るときは、刃を固定して、一息で切る。
縫いやすさを考えて、端処理がしやすいように」
「な、なんで……そんなことが、わかるんだ」
ヘルミーナは、表情を変えることなく、淡々と答えた。
「それは、私が、仕立て屋の娘だからです。
小さいころから、嫌というほど、布を切ってきました。
もちろん、縫うこともです」
「そして――
ヴァルム先輩が切った制服を、直したのは、私ですから」
「裁縫室の布の切り方を見れば、すぐに、わかりました」
そう言って、積み上がっている布の方を、指さす。
「……それは、壊す人の手つきじゃない。
“作る人”の癖です」
「ち、違う……!」
スヴェインは、首を振った。
「俺は……ただ……
規律を、守りたかっただけだ!」
「短すぎるスカート、乱れた着こなし……
あれは、学園の品位を、損なう!」
「だから、少し、懲らしめて――」
「――懲らしめるために、制服を切ったんですか?」
ヘルミーナの声は、怒っていなかった。
ただ、静かだった。
「違いますよね?
スヴェイン先輩は、二十年前の、真犯人を、捕まえようとしたのではないですか?」
「でも、あなたは、そこまで、非道にはなれなかった。
だからこそ、すぐに直せるように、綺麗に切ったんですよね?」
「この制服は、
“誰かが、その人のために、作ったもの”です」
「針一本、糸一本。
どれだけ気を遣って、仕立てられているか……
あなたなら、知っているはずでしょう?」
スヴェインの手から、
カタン、
と、音を立てて、裁ちばさみが落ちた。
「……知ってしまったんだ。
知らなければ……こんなことには、ならなかった」
震える声。
「それは……
スヴェイン先輩のお父様の事件ですね」
「違う!!
あれは……父は、冤罪だった……」
スヴェインは、ぽつり、ぽつりと、話し出した。
「二十年前……
父は、仕立て部に所属していた。
学園の制服を作る家の人間だった」
「それだけで……疑われた」
視線を伏せたまま、続ける。
「証拠なんて、何もなかった。
でも……学園は、
“都合のいい犯人”を、必要としていた」
一瞬、静寂が落ちた。
「……仕立て屋も、畳まなければ、ならなくなったんだ」
「初めは、ここに通って、自分の力を身につけようと、思っていた。
だが――」
「犯人を、知ってしまった」
「ウルズイド・スティッチェル先生ですね」
その言葉に、一瞬、驚いたものの、スヴェインは、こくりと頷いた。
額に手を当て、そのまま、話し出す。
「あいつが、制服の切れ端を、集めていた。
自分が切った制服の……そして、笑っていた」
「その瞬間、怒りが、込み上げてきた」
「なんで、あいつは、こんなところで、のうのうと先生をしているんだってな……
家は、ユグラシルから追放されて、小さな村で、細々と生きていくことになったってのに……」
スヴェインは、涙を流す。
だが、ヘルミーナは、その涙に揺れることなく、言った。
「だからって……
同じことを、してしまったら、何の意味も、ないですよ」
その一言が、決定打だった。
「切るんじゃなくて。
叱るんじゃなくて。
――作り直せば、よかったんです」
その言葉は、
スヴェイン自身が、
ずっと、目を逸らしてきた答えだった。
「制服だけじゃありません。
人との関係だって、同じです」
「あなたが、学園都市で、仕立て屋をできるように、
一つ一つ、地道に、作り直せば、よかったんです」
「お父様は、確かに、ユグラシルから、追放されたかもしれません。
でも、だからといって、全部が、不幸だったとは、限らないでしょう?」
「それに……もし、学園が、完全に見放していたら、
あなたは、ここに、入学することすら、許されていなかったと、思いませんか?」
スヴェインは、何も言えなくなり、崩れ落ちた。
「お、俺は……
なんてことを……」
その瞬間――
「そこまでだ」
裁縫室の扉が、再び、開く。
数人の教師と、生徒会の面々が、立っていた。
「スヴェイン・ヴァルム。
制服紛失、および、器物損壊の現行犯だ」
グレインが、淡々と告げる。
「……連れていけ」
抵抗する力もなく、スヴェインは、連行されていった。
裁縫室に残ったのは――
切り刻まれた布と、
静寂だけだった。




