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噂の幽霊令嬢は今日もトラブルに大忙しです!  作者: ゆずこしょう
第二章 制服だけが知っている。
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切る者と、直す者。

ジョキン。


「あれ……おかしいぞ」


ハサミを入れると、いつもはスッと切ることができる布。


「断面が、汚い……汚すぎる!!」


しかし、いくらハサミを動かしても、布は綺麗に切ることができなかった。


至る所から、糸がほつれているのがわかる。


イライラしながら、ハサミを小刻みに動かしていると――


ガラガラガラ――。


裁縫室の扉が開いた。


「やっと、お会いできましたね。スヴェイン・ヴァルム先輩。

いえ……真犯人さんと、呼んだ方がいいでしょうか?」


そこには、変装したヘルミーナと、リルベーラが立っていた。


「な、なんで……お前が……」


ヘルミーナが現れたこともそうだが、スヴェインが一番驚いたことは――


「あぁ。私が、制服を着ていることが、おかしいですか?」


ヘルミーナが、少しずつ近づいていく。


スヴェインは、じりじりと後ずさった。


そして、次の瞬間――


後ろの扉から、逃げようと、走り出す。


しかし、


「おっと……ここは、通行止めだ」


扉の前には、兄であるグレインが、けだるそうに立っていた。


「な、な……どういうことだ!?」


「お兄様!?」


スヴェインと、ヘルミーナの声が重なった。


二人の言葉に、グレインは肩をすくめる。


「どうもこうもない――。リルから、話を聞いて来ただけだ」


顔には、

「詰めが甘いぞ、妹よ……」

と、でかでかと書いてある。


(すみません、お兄様。助かりました)


心の中で感謝すると、ヘルミーナは、スヴェインの方を見た。


「ふ、ふざけるな。俺は、何も――」


「していない、ですか?」


スヴェインの言葉を遮るように、ヘルミーナが、一歩、前に出る。


「では、なぜ、ここに、この布があるのでしょうか」


スヴェインの視線が、作業台の上に落ちる。


ぐしゃりと歪んだ布。

美しくない切断面。

ほつれた糸。


「この布……いつもの布と違って、切れなかったでしょう?」


ヘルミーナは、軽く微笑むと、自分の裁ちばさみを取り出した。


チョキン、チョキン……。


ハサミを上下に動かし、切れ味を確認すると、目の前にある制服に、手を伸ばす。


「や、やめてくれ!!」


その瞬間――

スヴェインは、作業台の上にある制服を、手繰り寄せた。


「なぜですか?

その布が、綺麗に切れないのが……そんなに、屈辱ですか?」


その言葉を聞いた瞬間、スヴェインは、自分の手を、固く握りしめた。


「そんなことは――」


「あるはずですよ。

だって、あなた……今まで、何枚もの布を、自分の手で切ってきたんでしょうから」


ヘルミーナは、静かに続ける。


「今まで見てきた切断面を見れば、すぐにわかります。

あなたの切断面には、いつも、迷いがなかった」


「布を切るときは、刃を固定して、一息で切る。

縫いやすさを考えて、端処理がしやすいように」


「な、なんで……そんなことが、わかるんだ」


ヘルミーナは、表情を変えることなく、淡々と答えた。


「それは、私が、仕立て屋の娘だからです。

小さいころから、嫌というほど、布を切ってきました。

もちろん、縫うこともです」


「そして――

ヴァルム先輩が切った制服を、直したのは、私ですから」


「裁縫室の布の切り方を見れば、すぐに、わかりました」


そう言って、積み上がっている布の方を、指さす。


「……それは、壊す人の手つきじゃない。

 “作る人”の癖です」


「ち、違う……!」


スヴェインは、首を振った。


「俺は……ただ……

規律を、守りたかっただけだ!」


「短すぎるスカート、乱れた着こなし……

あれは、学園の品位を、損なう!」


「だから、少し、懲らしめて――」


「――懲らしめるために、制服を切ったんですか?」


ヘルミーナの声は、怒っていなかった。


ただ、静かだった。


「違いますよね?

スヴェイン先輩は、二十年前の、真犯人を、捕まえようとしたのではないですか?」


「でも、あなたは、そこまで、非道にはなれなかった。

だからこそ、すぐに直せるように、綺麗に切ったんですよね?」


「この制服は、

“誰かが、その人のために、作ったもの”です」


「針一本、糸一本。

どれだけ気を遣って、仕立てられているか……

あなたなら、知っているはずでしょう?」


スヴェインの手から、

カタン、

と、音を立てて、裁ちばさみが落ちた。


「……知ってしまったんだ。

知らなければ……こんなことには、ならなかった」


震える声。


「それは……

スヴェイン先輩のお父様の事件ですね」


「違う!!

あれは……父は、冤罪だった……」


スヴェインは、ぽつり、ぽつりと、話し出した。


「二十年前……

父は、仕立て部に所属していた。

学園の制服を作る家の人間だった」


「それだけで……疑われた」


視線を伏せたまま、続ける。


「証拠なんて、何もなかった。

でも……学園は、

“都合のいい犯人”を、必要としていた」


一瞬、静寂が落ちた。


「……仕立て屋も、畳まなければ、ならなくなったんだ」


「初めは、ここに通って、自分の力を身につけようと、思っていた。

だが――」


「犯人を、知ってしまった」


「ウルズイド・スティッチェル先生ですね」


その言葉に、一瞬、驚いたものの、スヴェインは、こくりと頷いた。


額に手を当て、そのまま、話し出す。


「あいつが、制服の切れ端を、集めていた。

自分が切った制服の……そして、笑っていた」


「その瞬間、怒りが、込み上げてきた」


「なんで、あいつは、こんなところで、のうのうと先生をしているんだってな……

家は、ユグラシルから追放されて、小さな村で、細々と生きていくことになったってのに……」


スヴェインは、涙を流す。


だが、ヘルミーナは、その涙に揺れることなく、言った。


「だからって……

同じことを、してしまったら、何の意味も、ないですよ」


その一言が、決定打だった。


「切るんじゃなくて。

叱るんじゃなくて。

――作り直せば、よかったんです」


その言葉は、

スヴェイン自身が、

ずっと、目を逸らしてきた答えだった。


「制服だけじゃありません。

人との関係だって、同じです」


「あなたが、学園都市で、仕立て屋をできるように、

一つ一つ、地道に、作り直せば、よかったんです」


「お父様は、確かに、ユグラシルから、追放されたかもしれません。

でも、だからといって、全部が、不幸だったとは、限らないでしょう?」


「それに……もし、学園が、完全に見放していたら、

あなたは、ここに、入学することすら、許されていなかったと、思いませんか?」


スヴェインは、何も言えなくなり、崩れ落ちた。


「お、俺は……

なんてことを……」


その瞬間――


「そこまでだ」


裁縫室の扉が、再び、開く。


数人の教師と、生徒会の面々が、立っていた。


「スヴェイン・ヴァルム。

制服紛失、および、器物損壊の現行犯だ」


グレインが、淡々と告げる。


「……連れていけ」


抵抗する力もなく、スヴェインは、連行されていった。


裁縫室に残ったのは――

切り刻まれた布と、

静寂だけだった。

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