噂が歩き出した日
「ん~……これがいいかな……」
ガサガサ。
授業が終わり、寮に戻ると、ヘルミーナはクローゼットの中を物色する。
手に取ったのは、制服の模倣品とウィッグ。
そして、奥に仕舞い込まれていた小さな木箱だった。
その木箱だけは、他のものと違って、しっかりと蓋が閉じられている。
(……これで、確かめに行こう)
そう決めた途端、胸の奥が、少しだけざわついた。
「何してるの?」
クローゼットに頭を突っ込んでいると、背後から突然、声がかかった。
ゴッツーン!!!
「わぁぁぁっっ!! いったぁぁ~……!」
「ちょ、ちょっと……大丈夫!?」
リルベーラは、持っていたカバンを机に置くと、ヘルミーナに駆け寄った。
「大丈夫、大丈夫!! ちょっと、探し物してただけだから」
ぶつけた頭をさすりながら、クローゼットから顔を出すと、取り出したものを、机の上に置いていく。
「えっと……これは?」
リルベーラは、制服を手に取って、首を傾げた。
アルファルズ学園の制服は、季節ごとに一着ずつしかない。
そして、簡単には真似ができないよう、特殊加工が施されている。
「これは、私が学園に入る前に作った、制服の模倣品。見つかったら、退学じゃ済まないから……内緒にしてね?」
いつもより口数の多いヘルミーナを見て、リルベーラは、少しだけ違和感を覚えた。
「……それって、危ないことじゃないの?」
思わず、そう口にしてから、リルベーラは、慌てて言い足す。
「でも……ヘルミーナが言うなら、ちゃんと理由があるのよね」
冗談めかした口調だったが、リルベーラの視線は、真剣だった。
「うん! 大丈夫! そんなへまはしないわ! だって、スヴァルドレーン家の娘だもの」
一瞬、二人の間に、沈黙が落ちた。
「リルベーラ……。あなたを巻き込むのは、あれなんだけど、一つ、お願いしたいことがあるの」
今まで、遠ざけてばかりいたヘルミーナからのお願いに、リルベーラは、身を乗り出した。
「えっ!? ヘルミーナが、私にお願い? 何でも言ってちょうだい?」
リルベーラの反応に、ヘルミーナも、思わず、くすっと笑う。
「な、なに……?」
ヘルミーナが笑ったことで、自分が思っていた以上に、はしゃいでいたことに気づいたリルベーラは、顔を真っ赤にして、視線をそらした。
「ううん……何でもないの。ただ、友達ができて、よかったなって思って」
頬の緩んだ顔を向けると――
次の瞬間。
笑顔が、スッと消えて、真剣な表情になった。
そして、ヘルミーナは、自分がやろうとしていることを、話し出した。
「リルベーラには、私の秘密を一つ、話すわ……」
「えっ!? 秘密!?」
リルベーラは、ヘルミーナの言葉に、ごくりと唾を飲む。
(秘密なんて……聞いちゃって、いいのかしら……)
しかし、ヘルミーナは、リルベーラの気持ちを気にせず、さらりと言った。
「私ね……ほんの短い間だけ、人に“ちゃんと見える”ようになるの」
「えっ……!? 人に見えるようになるの……!?
(っていうか、かなり大切なことなんじゃ……!?)」
リルベーラの言葉に、こくりと頷いてから、話を続けた。
「そう……。新入生歓迎パーティーも、そうだったでしょ?」
新入生歓迎パーティーの夜。
混乱の中で、気づいたときには、ヘルミーナの姿は、消えていた。
「確かに……いつの間にか、いなくなっていた……わね」
「でしょ? それで、話は戻るけど、私が皆に見える、短い時間を使って、とある生徒を演じるわ!
……そして、噂を“作る”」
リルベーラは、一度、言葉を失い、無意識に、胸元のリボンを握りしめた。
「……噂、って……」
「えぇ……私の予想が当たっていれば、だけど……今回、狙われている女生徒には、一つ、共通点があるの」
その言葉に、首を傾げる。
「共通点って……セレーネの取り巻き、ってことじゃなくて?」
リルベーラが犯人扱いされたとき、セレーネの取り巻きばかりが狙われていたから、という理由だった。
「周りは、そう思ってしまっていたみたいだけど、それは、ただの偶然が重なっただけ。実際の共通点は、もっと違うところにあったの」
そう言うと、模倣で作ったという制服のスカートの裾を、戸惑うことなく、切り出した。
「えっ……ちょ!? そんなことしたら、着れなくなっちゃうんじゃ……?」
「大丈夫、大丈夫!」
裾を、きれいに切りそろえると、今度は、鏡越しに、スカートを自分の身体にあてた。
「うん。このくらいで、いいわね」
「……あ……」
鏡越しに、ヘルミーナがスカートの長さを確認したことで、リルベーラも、何かに気づいたようだった。
「……でも、それって、偶然じゃない? 流行りってこともあるし……」
「偶然なら、こんなに揃わないわ」
「……そういえば、今回、狙われていた人たちのスカートの丈の長さ……
かなり、短かったような気がする」
ヘルミーナが、何をしようとしているのかに気づいたリルベーラは、
「でも……(危ないってことじゃないの……)」
と、ヘルミーナにも聞こえないような、小さな声で呟いた。
「だからこそ、私がやるの。……誰かが、これ以上、傷つかないように」
その言葉には、ヘルミーナの決心が、詰まっていた。
リルベーラは、ヘルミーナの顔を見て、覚悟を決める。
「わかったわ。私も、あなたの友達として……いえ、親友として、最後まで、ついていってあげる」
リルベーラが手を差し出すと、その上に、そっと手を乗せた。
その笑顔は――
もう、引き返さないと、決めた人のものだった。
***
「最近さぁ~……すごく、可愛い女の子を見かけるんだよねぇ~」
「あぁ~……噂になっていますね」
「そうなんだよねぇ~。声をかけようかな~って思ったんだけど、すぐ、見失っちゃってさぁ~」
生徒会室――
いつものように、書類整理をしていると、ローヴァンとセリクが、話し始めた。
グレインとリンデルは、二人の話に、耳を傾けているだけだ。
「その子が通った後に、独特な香りがするんだよね。すごく、いい香りなんだけど……何の香りなんだろうな~」
ローヴァンは、背もたれに身体を預けて、ぐい~っと、伸びをした。
(独特の香り……? なんか、嫌な予感がするな)
グレインは、以前、ヘルミーナに渡したコロンを、思い出していた。
「ローヴァン。その子は、どんな見た目なんだ?」
グレインが話に入ってくるとは思わなかったのか、ローヴァンは、少し驚いた様子で彼を見てから、ニヤリと笑った。
「なになに? グレインも、興味あるの~? 珍しいじゃん。いつもは、『女なんて興味ない』みたいな顔してるのにさ~」
「い、いや……そういうわけではないんだが、ちょっと、気になることがあってな……」
(あいつが、変身してるなら……大体の見た目は、わかるが……)
ローヴァンは、手に顎を乗せて、少し考える。
「え~っと……。透き通るような、薄い金髪に……目は、ぱっちりしててさぁ~。顔も、小さいんだよね。なのに、背は高めだったなぁ~。僕と、変わらないくらいの高さは、あると思う」
その言葉を聞いて――
グレインは、一人の女を、思い浮かべる。
(やっぱり……あいつか)
グレインは、大きく、息を吐いた。
――噂は、もう、学園の中を、歩き始めている。




