残された道具。
「この切り方……まさか……」
裁縫室――
仕立て部の生徒が何人か残る中、顧問であるスティッチェルは、顔を青くして、切り刻まれた制服を手に持っていた。
「スティッチェル先生、どうしたんです……って、顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
スティッチェルは、声のした方を見る。
そこには、一人の女生徒――クララ・ニードルが、心配そうな顔で立っていた。
「い、いえ……なんでもありません」
スティッチェルは、無理やり笑顔を作る。
「……そうですか? ならいいんですが……あまり無理しないでくださいね?」
それだけ言うと、自分の仕事があるのか、そのまま布を広げ、裁ちばさみを手に取った。
ガタガタガタッ。
「……っ」
スティッチェルは、裁ちばさみを見た瞬間、息を詰めるように喉を鳴らし、椅子から立ち上がった。
「えっ!? 先生、本当に大丈夫ですか!?」
あまりの動揺ぶりに、ハサミを持ったまま近づいてくるクララを見て、スティッチェルは、少しずつ後退する。
「あ、あぁ……。思ったよりも、体調がよくないみたいだ……今日は、先に帰らせてもらうよ」
それだけ言うと、かかとを翻し、まるで追われるかのように、扉の方へ足早に歩き出した。
その瞬間――
ガラガラガラ。
誰かが、扉を開ける。
「あれ? スティッチェル先生、もう帰るんですか!?」
目の前には、仕立て部員の一人――スヴェイン・ヴァルムが立っていた。
「スヴェインか……驚かさないでくれ」
驚かしたつもりのないスヴェインは、首を傾げた。
「なんだか、すみません。それより、顔色悪いですけど……大丈夫っすか?」
「あぁ……大丈夫だ。すまないが、今日は先に失礼する」
ふらふらと倒れそうになりながら歩く姿を、スヴェインとクララが見送っていた。
***
「あんな事件があったのに、よく学園に顔出せるわよね」
「あれじゃない? 逆に、犯人だからこそ、堂々としていられるのかもしれないわよ?」
「それありえる~。って……そういえば聞いた? 最近の制服紛失事件。狙われてるのって、ローゼンクラフト先輩と仲良くしていた人なんですって」
「うわぁ……もうそれって……」
「犯人、絶対あの子で決まりでしょ~」
教室内の窓際――
ヘルミーナとリルベーラは、二人で並んで帰り支度をしていると、廊下がザワザワとうるさくなった。
「……はぁ……本当に、懲りないわね」
廊下の方は見ないものの、自分のことが言われているのがわかるのか、リルベーラは、ため息を吐く。
そんな姿を見て、ヘルミーナは、申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「ごめんね……リルベーラ。私が、あの時逃げようなんて言ったから……」
リルベーラは、首を横に振る。
「ヘルミーナのせいじゃないわ。遅かれ早かれ、私が犯人って噂が広がっていたと思うし……それに、私は何もしていないんだもの。堂々としていればいいのよ」
そう言ってウインクするリルベーラだが、瞳の奥は、不安そうに揺らいでいる。
「それに……きっとまた、妖精さんが助けてくれると思うわ。きっと今頃、あっちこっち走り回ってると思うの。私の知る妖精さんは、友達思いの優しい子だから」
その言葉を聞いて、ヘルミーナは、ゴクリと唾を飲んだ。
(信じてくれてるのね……)
ヘルミーナにとって、友人であるリルベーラに信じてもらえたことが、何より嬉しかった。
(なるべく早く、犯人を捕まえないと……そのためには……)
帰り支度が終わり、立ち上がると、リルベーラに声をかける。
「リルベーラ……。ちょっと、寄りたいところがあるから、今日は先に帰ってくれる?」
「寄りたいところ?」
リルベーラは、皆から聞こえないように言葉を返すと、ヘルミーナは、こくりと頷いた。
「そう。仕立て部に、ちょっと寄っていきたいの」
アルファルズ学園には、様々な部が存在する。
そして、そのどれもが高い技術力を誇り、将来、国を代表する技術者を輩出する場でもあった。
仕立て部も、また、その一つだ。
「仕立て部……ね。今回の事件に、何か関係があるの?」
「……」
ヘルミーナは、少し困った顔をするが、リルベーラの質問に応える気はなかった。
(確定した情報以外は、言ってはいけないって言われているし……)
「まだ言えない……ってことなのね。でも、制服は切られてるのに、縫い目は前より綺麗なのよね……。犯人、職人気質なのかしら?」
冗談めかした言い方だったが、すぐに言葉を引っ込めた。
「ごめんね」
「いいのよ。いつか、教えてくれると信じているから。じゃあ、先に帰ってるから、ヘルミーナも気を付けてね」
教室を出ると、ヘルミーナは、リルベーラと逆の方向へと歩き出す。
(せっかく友達になれたんだから、もう少し頼ってくれたら、うれしいけど……)
その背が小さくなるのを確認すると、リルベーラも、寮に向かって歩き出した。
***
(誰か、いるかな~……)
裁縫室――
コンコン。
と、扉をノックすると、中から扉が開いて、女生徒が出てくる。
「あれ? 誰もいない……?」
(失礼しま~す……)
「気のせいだったのかな……?」
扉が閉まる瞬間、ヘルミーナは、サッと裁縫室の中へと入った。
ヒュン……
「なんか、寒気がしたような……」
(あ……ごめんなさい)
腕をさすっている女生徒に、心の中で謝ると、ヘルミーナは、裁縫室の中を見渡した。
作業台に、ミシン、マネキン、布……
様々なものが揃っているのを見て、思わず心躍らせる。
(うわぁぁ~……いいなぁ~。新しいものばかり揃ってるし。私も、仕立て部で作業してみたい~)
音を立てないように、隅々まで見ていくと、作業台の箱の中に、見たことのあるものを見つけた。
(あ、あれは……)
隠すように置いてあるそれは――
ヘルミーナが、何度も見てきた、破かれた制服だった。
(こんなに早く、見つかるなんてね……)
破れた制服を目に入れると、そのあたりに置いてあるものを見る。
裁ちばさみに、布……。それに、待ち針や、メジャーが置いてある。
(あ、この布の切り方……制服の切られ方に、そっくり)
裁ちばさみの使い方は、まっすぐ切るときに刃を動かさないように固定して、スッと切る方法と、刃を動かして、ジョキジョキ切る方法がある。
大抵、布を切ることに慣れている人は、前者の切り方が多い。
(それに、縫いやすいように、きちんと考えて切られているわ。お端処理しやすいように……)
近くにあった裁ちばさみを覗いてみれば、使い古してはいるが、綺麗に手入れされている、高価なものが置いてあった。
そこには、「S」という文字が入っていた。
(……許せない……)
誰かを傷つけるために、針や刃物を使うことが――
そして、それを“仕立て”と同じ場所に、持ち込むことが――
ヘルミーナの胸の奥で、静かな怒りが燻っていた。
「……父さん……」
その声は、裁縫室の奥に、溶けるように消えた。




