疑いの芽。
「ねぇねぇ~、最近よくある噂があるのは知ってる?」
「えぇ、私も耳にしただけですが……聞いたことがありますね」
生徒会室――
それぞれが自分の仕事を片付けていると、一人の男が声を発した。
「そうそう、女生徒の制服紛失が最近増えていると思うんだけど、いつの間にか靴箱に入ってるらしいよ」
グレインやリンデルは話に入ることなく、二人の会話に耳を傾ける。
「そうです。しかも制服は、以前のものよりも頑丈になって戻ってくるとか……」
(十中八九……ヘルミーナの仕業だろうな)
顔には出さないが、グレインはその話を聞いて、ため息を吐いた。
「ローヴァン。その噂については、私も知っているが……何か、他にも寮で話題になっていることはないか?」
リンデルの問いに、首を傾げて考え始めるローヴァン。
(ローヴァンなら、ラタトスク寮だし、男女問わず人気だから、知っているかもしれない……ということか)
グレインは二人の話に耳を傾けながら、自分の仕事を確実に処理していく。
「ん~っとね。女の子によるんだけどさ、制服がなくなって、ひとりでに戻ってくるから怖いって言ってる子もいたよ」
(そりゃ、そうだろうな……俺でも、何かあるんじゃないかと思って、簡単には着られない)
「あと、もしかしたら……特定の女生徒に恨みを持った子が、やっているんじゃないかって話もあったね」
「特定の女生徒?」
今まで聞くことに徹していたグレインが、声を上げる。
そして、ローヴァンの代わりに、セリクが話し出した。
「その話……私の寮でも聞きましたよ。今まで、制服がなくなった人たちに共通点があるとか……それで、一人の生徒が疑われているみたいですね」
セリクが眼鏡をクイッと上げると、ニヤリと笑った。
それはまるで、獲物を見つけたハイエナのようだ。
「これは、裁きの鉄槌が必要かもしれませんね」
「いや、まだその特定の生徒がやったと、分かるわけじゃないだろう? そういうのは、はっきりしてからにしろよ」
冷静に見えるセリクだが、生徒会の中で一番の直情型な彼に、グレインはストップをかけた。
そして、小さくため息を吐く。
(……なんだか、嫌な予感がするな)
その言葉は、表に出ることなく、心の中で溶けていった。
「最近、教師の耳にも届き始めているらしい。放置はできないだろうな。そろそろ、動くころ合いか……」
話を聞いていたリンデルが、机を指でトントンと叩く。
「ローヴァンは、今まで通り噂を集めてくれ。セリク……は、このまま生徒会の仕事を」
「えっ? なんでですか!? 私も動きますよ」
「いや、お前はだめだ。すぐ手が出るし、決めつけが多いからな。生徒会室で留守番していてくれ」
その言葉に、グレインとローヴァンが頷く。
「グレインは、情報収集を。できるだけ、正確な情報を集めてくれ。……できるな?」
最後の「できるな?」には、リンデルの王族としての言葉も含まれている。
「……わかりました」
「私は先生に話を通しておく。このまま広がり続けるのは避けたいから、早急に解決しよう」
それだけ言うと、リンデルは生徒会室から出ていった。
(面倒なことにならなきゃ、いいんだが……)
グレインは、リンデルが部屋から出ていくのを見届けると、目の前の書類に目を戻した。
***
「うわぁ~……!!」
お昼休み――。
天気がいいから外で食べようと、リルベーラと二人で中庭へ出ると、ヘルミーナが急に大きな声を上げた。
周りに他の生徒がいないこともあって、誰にも聞こえていないことに、安堵する。
「ヘルミーナ……? どうしたの?」
「あそこを見て……?」
ヘルミーナが指した方向を見れば、そこには――
「えっ……? 制服?」
見るも無残な姿の制服が、木に引っかかっていた。
「そう……。いつもこうやって、色々なところに落ちてるのよ。誰かに見つけてほしいのか……それとも、見つけてほしくないのか……わからないんだけど」
ヘルミーナはランチボックスをリルベーラに預けると、そのまま木によじ登った。
「ちょ、大丈夫?」
「へーき、へーき!! 昔から訓練でよくやらされていたから、このくらい楽勝よ!」
音を立てずに、ひょいひょいと昇っていくヘルミーナを見ていると、ひとりの女生徒が近くを通りかかった。
「あら、リルベーラさんじゃない。こんなところで、何をしているの?」
(げ……。この人、たしか……セレーネの取り巻きの一人だったはず……。早く取らないと……誰かに見つかったら、また騒ぎになるわね)
ヘルミーナの姿は、案の定、目の前にいる女生徒には見えていない。
そのため、ここにいるのは、リルベーラ一人だと思われている。
リルベーラは、軽く微笑んだ。
「今日は天気がいいので、外でご飯を食べようかと思いまして……。先輩こそ、どうされたんですか?」
「ちょっと……探し物をね。あなた、この辺りで制服を見なかったかしら?」
「せ、制服ですか?」
「そう。見ていないなら、いいのよ」
そう言って、女生徒がこの場を去ろうとした瞬間――
ドサドサドサッ。
体勢を崩したヘルミーナが、木の上から落下した。
(いったぁぁぁ~~~……)
木が揺れた音が聞こえたのか、女生徒は後ろを振り返った。
「い、今……何か、聞こえなかった……?」
一瞬だけ、視線がヘルミーナのいる木の方へ流れる。
だが、それを悟られないように、リルベーラはすぐに表情を整えた。
リルベーラは口角をピクピクと動かすと、首をゆっくり傾げる。
「い、いえ……きっと、猫が木に登っていたんじゃないでしょうか?」
苦し紛れの言い訳をしていると、切り刻まれた制服が、リルベーラの足元に落ちていた。
(しまった……手から離れちゃった)
ヘルミーナの手から離れたことで、女生徒にも、切り刻まれた制服が露見する。
リルベーラは、サッとしゃがみ込み、制服を隠そうとするが……
時すでに遅し――。
ばっちり見られた切り刻まれた制服を見て、女生徒は大きな声を上げた。
「きゃぁぁ~~~~!! あなたがやったのね!!」
その声は、中庭中に響き渡った。




