静かに広がる噂。
「グレイン。待っていたぞ」
グレインが寮の部屋に戻ると、そこには煌びやかな見た目をした男が一人、勉強用の椅子に腰を掛け、優雅に紅茶を飲んでいた。
「リンデルか……。こんな時間に、どうしたんだ」
首元のタイをグイッと緩めると、グレインは反対側にある椅子に腰を掛けた。
「同じ部屋なんだから、別に私が話しかけたっていいだろう?」
ニコニコと笑みを浮かべているリンデルが、ふと真剣な顔になる。
「グレイン……お前に頼みがある」
その瞬間――
部屋の中の温度が、少し低くなったことが分かった。
グレインは椅子から降り、リンデルの前で跪く。
「なんでしょうか?」
その声は、いつもの気の抜けた声よりも、少しばかり張り詰めている。
「最近、学園内で増えてきている事件について、調べてほしい。お前なら、なんとなく予想はついているんだろ?」
見下ろすように話す姿は、まるで王族そのものだ。
「増えてきている事件……ですか。リンデル様がおっしゃるものと、同じものかは分かりませんが……調査いたします」
「うむ……ああいう存在は、放っておくと厄介になることが多いからね。それと……これは別件だが、とある女性についても、調べてもらえないだろうか」
「女性……ですか?」
まさかの発言に首を傾げていると、リンデルはこくりと頷いた。
「そうなんだ。ちょっと面白……いや、気が合いそうだから、話してみたいんだよね」
(今、この人『面白そう』って言ったな……)
「構いませんが……それは、リンデル・ヴァール・スノーミル第五王子殿下としての命令、ということでよろしいですか?」
「う~ん……女性については、私個人からのお願いだよ。ついででいいから、頼む」
両手をぱちりと合わせ、ウィンクしてくる目の前の男を見て、グレインは深くため息を吐いた。
「はぁ……それで、一体その女性は、どのような方なんでしょうか?」
グレインが調べることを承諾すると、濁っていた瞳が、きらりと輝いた。
それはまるで、面白いおもちゃを見つけた……とでも言うような顔だった。
「一言で言うと、影が薄い……幽霊のような女性、と言ったらいいだろうか。いつも途中で見失ってしまうんだが、なんだか目が離せないんだ。一回でいいから、あの目で私を見つめてほしいと思ってね……」
その言葉を聞いた瞬間――
ゾワリ。
その一言が、部屋の空気をわずかに歪めた。
***
新入生歓迎パーティーから、数日後。
ヘルミーナが学園に何があるか見て回っていると――
(また、制服が破られているわ……)
行く先々で、破れた制服が見つかっていた。
(これで……五着目。もう、偶然とは言えないわよね)
ヘルミーナは、懐にしまっていた針と糸を取り出すと、チクチクと縫い始める。
破れたところを見てみれば、縫い目に逆らうように、きれいに切られている。
それはまるで、裁ちばさみを使ったかのような綺麗さだ。
(切れ目がきれいだから、何とか直せるけど……こんな切り方、普通じゃない……制服に恨みでもあるのかしら……)
パチンッ。
(よしっ! できた)
残ってしまった糸をハサミで切ると、他に破れたところがないか確認する。
(大丈夫そうね……)
制服に刺繍されている名前を確認すると、ヘルミーナはそれを、そっと靴箱の中に入れた。
(これで、いいわね)
そして――
それから、さらに数日が経ち――
「えぇぇぇ~!! どういうことぉぉ!?」
以前よりも、破れた制服が増え、ヘルミーナは仕立て直し作業に追われていた。
「ヘルミーナ……あなた、最近一人でふらふらと出かけることが多いけど、何かあったの? 心なしか、元気がないような気がするし……。もしかして、最近噂になっていることが関係しているのかしら?」
教室に戻り、リルベーラの隣に座ると、ノートを取り出した。
《え、噂……?》
「知らないの? 最近、女子生徒の中で噂になっているのよ。制服がなくなったと思ったら、靴箱の中に入ってるって……しかも、前より頑丈になって戻ってくるってね」
全てを見透かしたように見てくるリルベーラ。
「中には、制服が変わって戻ってくるから怖いって言って、泣いてた子もいるみたいね」
その言葉は、すでにヘルミーナが何をしているか、断定しているような口ぶりだった。
「うっ……」
「で、何があったの?」
ヘルミーナは、少し考えると、何があったのかを書いていく。
《この学園、広いから。何があるか見て回っていたら、いたるところで破れた制服に出会うの》
「え? 破れた制服!?」
リルベーラの言葉に、こくりと頷いた。
《そう……初めは『たまたまかな~』って思っていたんだけど、一日、多い時は五着くらい、破かれてて……》
初めのうちは、五日に一回くらいだった出来事も、今では毎日起きている。
《もう、追いつかないのよね。でも、困っている人がいると思ったら、放っておけないし》
リルベーラは、ヘルミーナを見ると、盛大にため息を吐いた。
「ヘルミーナ。なんでもっと早く、教えてくれないのよ!? それはもう事件よ。……一人で抱える話じゃないわ」
リルベーラは、少し考えると口を開いた。
「ヘルミーナ。今まで、何着も直してきたんでしょ? 直していて、何か気づいたことはなかったの?」
《気づいたこと?》
リルベーラの言葉に首を傾げると、今までの制服を思い出した。
《そういえば……全て、切れ目がきれいに切られていたのよ。戸惑うことなく、一発で》
布を裁断するに慣れていないと、きれいな切れ目にはならない。
しかし、どの制服も綺麗に切られていて、直すには時間がかからなかった。
「へぇ~……っとなると、もしかしたら、布製品を扱うことに慣れている人かもしれないわね」
その言葉を聞いて、ヘルミーナはピンッときた。
(この切り口……もしかして……)
《仕立て屋さん……とか、手芸屋さん……とかと、関係があるのかも……。でも、もし仕立て屋さんが、そんなことをしているとしたら……なんだか、気に食わないわね》
(……仕立て屋さんが、こんなことをするかな……)
そこまで考えて、ヘルミーナは思考を止めた。
ヘルミーナは、胸の奥に言葉にできない違和感を残したまま、ノートを閉じた。




