お友達に認識された日。
「あなた……もしかして、ヘルミーナ?」
新入生歓迎パーティーも順調に進み、夜風にあたりながら月を眺めていると、突然後ろから声をかけられた。
「リルベーラ……?」
リルベーラの後ろには、グレインが腕を組んで立っている。
(え? 私が周りから認識される制限時間は、過ぎたはずなんだけど。どういうこと!?)
リルベーラは、つかつかと近づいてくると、ヘルミーナをぎゅっと抱きしめた。
「やっぱり! そうなのね。グレイン様が全部教えてくれたわ。まぁ、それを聞く前から、あなたがヘルミーナだと思ってはいたんだけどね」
静かにグレインを見ると、こくりと頷く。
「……え!? いや、ちょっと待って。なんでリルベーラに、私の姿が見えてるの?」
今まで家族以外の人に認識されることがなかったヘルミーナ。
自分の体質が改善されたのではないかと、試しに会場内へと入ってみる。
ドクン、ドクン――
緊張なのか、心臓が口から飛び出しそうなくらい高鳴っている。
しかし――
誰一人として、ヘルミーナに気付く者はいなかった。
(やっぱり……体質が改善されたわけではなかったのね)
小さくため息を吐くと、リルベーラとグレインがいる場所へと戻った。
「で……なぜ、リルベーラだけが私を認識できるようになったのでしょうか?」
兄であれば知っているのではないかと考えたヘルミーナは、グレインにズイッと顔を近づける。
「いや……俺も詳しいことは知らない。だが……一つだけ、思い当たる節がある」
グレインは、リルベーラの方を見た。
「リルベーラさん。いや、エーデルヴァーンさんと呼んだ方がいいかな?」
その瞬間――
リルベーラの顔が、ほのかに紅くなる。
(こんな短い間に……!? 何があったのかしら……。でも、まぁ、顔は整っているものね)
「リルベーラと呼んでください。むしろ、リルとか、ベラでもいいです」
段々と声が小さくなっていく姿を見て、思わずクスリと笑った。
しかし、当の本人は何も気づいていないのか……
「わかった。じゃあ、リルと呼ばせてもらおう」
犬猫を撫でるように、ガシガシと頭を撫でる。
(ハァ……本当、王子らしさが一つもない男ね……)
リルベーラは、そんなグレインの行動を気にもしていないのか、頬を赤くさせ、気持ちよさそうに目を閉じている。
「あのぉ~……二人で楽しんでいるところ、申し訳ないのですが。なぜ、私のことをリルベーラが見えているんですか?」
二人には認識できているはずのヘルミーナだが、その存在を忘れてしまうくらいには、二人の世界に入り込んでいたようだ。
(この二人がくっつくのも、時間の問題かしら。あっ……でも、ダーリンがいるんだったわね。グレインお兄様なら、何とでもしちゃいそうだけど)
二人をジーッと見ていると、グレインがゴホンッと一回、咳払いをした。
「あぁ~……すまない。それで、リルがなんでヘルミーナを見えているか……ということだったな。リル……あの時の現場で、ヘルミーナを見た時に、何かを感じなかったか?」
今もそうだが、ヘルミーナは変装している。
その変装技術は並大抵のものでは気づかないし、ヘルミーナはもともと認識されていないから、どれが本物なのか区別できる者はいない。
リルベーラが、思い出すように首を傾げる。
三人の間に、一瞬の沈黙が落ち、さらさらと風の音が響き渡る。
「あっ……そういえば……あの時、ヘルミーナが現れた瞬間、直感的に『ヘルミーナだ!』って思ったんです。見た目は見たことありませんでしたが、雰囲気というか……空気というか……それが、以前ドレスを直してくれた時と、そっくりで」
(まさか……卒業パーティーの時のことを、覚えてくれていたなんて……)
「まぁ、ヘルミーナから聞いたわけではなかったから、ドレスを直してくれたのがヘルミーナかどうかは、私の勘だったんですけど。ふふ。どうやら、その顔を見ると、間違いではなかったようね?」
目をまん丸くさせ、少し涙を浮かべるヘルミーナを見て、リルベーラが手を取り、額をコツンとくっつけた。
「あの時から……助けてくれてたんでしょ? ありがとう。私の妖精さん」
「妖精……なんて。困っている人がいたから、放っておけなかっただけ」
家族以外に見られることに慣れていないヘルミーナは、リルベーラの言葉に頬を染めた。
「きっと、それが原因だな」
「「妖精さんが……?」」
グレインの言葉に、二人の言葉が重なった。
「いや、違う。そこじゃない」
切れのいいツッコミに、二人は思わず噴き出した。
しかし、それを気にせず、グレインは話を続ける。
「恐らくだが……リルが、変装していてもヘルミーナに気付いた、というのが、何かの引き金になったんだと思う。
今までは、変装後の姿を認識することができても、もとのヘルミーナを“わかってしまった”者はいなかっただろ?」
その言葉を聞いて、ヘルミーナは「確かに……」と頷いた。
そして、グレインの言葉を聞いて、パッと顔を上げる。
「と、いうことは……相手が私を認識さえしてくれれば……見えるようになる可能性がある、ということですか?」
「いや……そんな簡単なことではないと思うぞ。それだったら、今までだって、お前のことを認識してくれる人がいただろ?
どんな姿でも、ヘルミーナだとわかることが、トリガーのようなものなんだろう。……って……聞こえてないな」
ヘルミーナは、周りから認識される可能性があるとわかったから、グレインの言葉を聞かずに、脳内で一人、舞い上がっていた。
(まぁ、いいか……)
グレインは、そんな彼女の姿を見て、少しだけ口角を上げた。
その顔は、妹を見守る兄の目だった。
***
「新入生歓迎パーティーも、そろそろ終わりですし、帰りましょうか」
会場内では、そろそろ曲が終わり、生徒たちが各々、寮へと戻っていく姿が見える。
リルベーラの言葉に頷けば、三人そろって、場外へ向かって歩き出した。
その時――
ヒラヒラ――
――バサッ
何かが、足元に落ちてきた。
「えっ……紙……じゃないわね……布?」
拾い上げたそれは――
「それ……学園の制服じゃない……?」
刃物で切り裂かれた制服だった。
――しかも、切り口は異様なほど、正確だった。




