お友達は私が守る! リルベーラ救出計画、始動!
「はぁ~……」
寮に戻るなり、リルベーラは、大きなため息を吐いた。
顔には、疲労が、にじみ出ている。
肩の力も抜け、まるで、外のざわつきを、全部、背負ってきたかのようだった。
(あの後、ホルト先生からの事情聴取に、周りからの視線に……大変だったものね……)
ヘルミーナが、皆から見えない分、周りからは、リルベーラが、一人で歩いているように、見えてしまう。
それもあってか、至る所で、噂が、独り歩きしていた。
そして、リルベーラを見る人、見る人……口をそろえて、同じことを言う。
“悪女”と――。
(うーん……せっかく、できた友人が、こんなに、困っているんだもの……。私も、何か、手助けしたいわ)
意気消沈している、リルベーラを見ながら、少し、考えると、ヘルミーナは、とあることを、思いついた。
(そうだ! グレインお兄様に、相談してみましょう!)
ヘルミーナは、ベッドに腰を下ろした、リルベーラに、そっと、書き置きを置く。
紙を置く、指先が、ほんの少し、強く、震えていた。
助けたい気持ちは、高まっているのに、彼女には、“姿を見せられない”現実が、重く、のしかかっていた。
それでも、ヘルミーナは、小さく、息を吸い、決意とともに、扉へ、手を伸ばす。
ばれないように、扉を開けて、フレースヴェルグ寮へと、向かった。
「大きな、鷲ねぇ~」
フレースヴェルグ寮に着くと、大きな、鷲が、お出迎えしてくれる。
石像とは、思えないほど、細かく、彫られた翼が、今にも、羽ばたきそうだった。
それを、見上げてから、ゆっくりと、寮の中へと、入った。
「ふふ……こういう時だけは、この体質も、役に立つわね」
寮内に入っても、誰ひとり、ヘルミーナに、気づく者はおらず、彼女は、スイスイと、フレースヴェルグ寮の中を、進んでいく。
床に、響く、足音すら、周囲の耳には、届かず、まるで、風が、通り抜けていくような、静けさ。
その静寂に、逆に、彼女の、足取りは、軽くなった。
(どこも、同じような造りで、よかった。これなら、早く、グレインお兄様に、会えそうだし……)
アルファルズ学園の、各寮は、どれも、中央に、食堂や、談話室がある。
そして、その共有スペースを、挟むようにして、左右に、生徒の、居住スペースが、分かれている。
壁には、学園の、紋章が、飾られ、掲示板には、連絡事項が、細かく、貼られていた。
男子寮の、廊下は、女子寮より、少し、雑然としていたが、その雑さが、また、“生活の気配”を、感じさせた。
(きっと、左が、男子寮よね。私の寮も、そうだし……)
ヘルミーナは、戸惑うこともなく、堂々と、左の、居住スペースへ、向かった。
歩き続けて、しばらくすると――。
聞いたことのある、名前が、耳に入ってきた。
「聞いたか? ダーリン殿下が、また、色々、やらかしてるらしいぞ……?」
「あぁ~、聞いた。婚約者と、揉めてたらしい」
(あれ? ダーリンって……確か、ローゼンクラフト先輩の、恋人じゃなかったかしら)
ささやき声は、低いが、男子寮の、廊下に、反響して、よく、通る。
ヘルミーナは、話をしている、男子生徒の、近くまで、寄っていく。
「婚約者って……セレーネじゃ、なかったのか!?」
「セレーネ……? いや、違うぞ?
今年、入学した、黒髪で、ツリ目の、少し、気の強そうな、女性だったはずだ」
黒髪に、ツリ目。
その言葉を、聞いた瞬間――。
ヘルミーナの中で、ぴたりと、ピースが、はまった。
胸の奥で、くるりと、何かが、回転するような、感覚。
それは、“理解”が、落ちたときの、あの、特有の、ひらめきだった。
「そう……そういうことだったのね……」
(セレーネと、ダーリンが、恋人じゃなくて……
リルベーラが、婚約者?
じゃあ、あの、執拗な、嫌がらせって……)
ヘルミーナの、小さな、胸の内で、静かな、怒りが、芽を、出し始める。
ひとり、納得していると――。
「おい、お前……そこで、何を、しているんだ?」
「ミーナ……? ヘルミーナ!?
……聞こえていないのか?」
「ヘルミーナさん、呼ばれていますよ~!」
(私と、同名の人が、いるなんて……初めて、会ったかも)
しかし、次の声は、もっと、近く、もっと、“自分を知る者”の、声だった。
「おい、ヘルミーナ!
お前のことを、言ってるんだぞ!?」
その言葉と、同時に、ヘルミーナの、肩を、誰かが、つかんだ。
「えっ……!?
触れられるのって、お兄様くらいの、はずなのに……?」
そう思って、後ろを向くと――。
「えぇぇぇぇ……へぶっ……」
そこに、立っていたのは、探し求めていた、兄――グレインだった。
鋭い、目つきで、妹を、見下ろしながら、その手には、しっかり、“姿なき妹”の、肩が、収まっている。
「ん~……ん~……(何するんですか!?)」
「ちょっと、静かにしろ……。
お前が、驚いたりすると、声だけ、響き渡るんだぞ?」
彼女の、耳元で、周りに、聞こえない程度の、小さな声で、話す、グレイン。
そして、そのまま、ずるずると、引きずられるようにして、空き部屋へと、入った。
「ぷはぁ……急に、何するんですか!?」
「はぁ?
それは、こっちの、セリフだ!
なんで、お前が、ここに、いるんだ?」
そう言うや否や、ヘルミーナの、頭に、ゴツンと、げんこつが、落ちる。
「いったぁぁ~……」
ヘルミーナは、げんこつが、落ちたところを、手で、軽く、さすりながら、涙目で、グレインを、見た。
「グレインお兄様に、相談が、あって、来たんですよ~」
「相談?
今の、お前は、不審者にしか、見えないが……?」
ヘルミーナの、今の、服装は、制服ではなく、全身、真っ黒。
まるで、影、そのもののような姿で、顔も、頭巾のような布で、半分、隠されている。
「えっ!?
そうですか?」
「いや、ほめてないぞ?」
自分の、変装を、ほめられたとでも、思ったのか、ヘルミーナは、満面の笑みで、グレインを、見た。
その笑顔が、また、ズレているのが、彼女らしくて、憎めない。
グレインも、それ以上、何も、言えなくなったのか、深く、ため息を吐くと、同時に、近くにあった椅子に、腰を下ろした。
「はぁ……まぁ、いいか。
で? 相談とは、なんだ?」
「あっ、そうでした。
私……お友達が、できたんです。
でも、その子が、今、大変なことに、なっていて……」
ヘルミーナは、これまでに、あったことを、話す。
リルベーラが、受けた、嫌がらせ。
誤解。
噂。
そして、自分にしか、見えない、不便さ。
語れば、語るほど、グレインの、眉間の、皺は、深くなっていった。
「それで……彼女を、どうにか、助けたいと、思っているんです!
でも……私は、証言が、できない。
どうしたら、いいでしょうか?」
ヘルミーナに、友達が、できたことにも、驚いた、グレインだったが、それ以上に、“友達を、助けたい”といった、彼女の言葉が、胸に、刺さった。
(ずっと、一人だと、思っていたが……
たった、数日で、いろいろ、変わるものだな……)
しみじみとした、面持ちで、ヘルミーナを、見ていると、ふと、真面目な、声音で、口を開いた。
「お前も、ずっと、認知されない、というわけでは、ないだろ?」
その言葉に、首を、傾げる、ヘルミーナ。
「昔、一度だけ、誰かに、化けたことが、あっただろ?」
どうやら、記憶に、残っていないらしい。
(そうか……あれは、確か……
遊び半分で、誰かに、化けただけ、だったもんな)
「お前は、記憶が、ないかもしれないが、方法が、ないわけじゃ、ない」
その言葉を、聞いた瞬間、ヘルミーナの、顔が、パッと、晴れた。
「ほ、本当ですか!?」
前のめりになって、近づいてくる、彼女を見て、グレインは、軽く、肩を、押した。
「簡単な話だ。
お前が、化粧で、化ければ、いいんだ」
「えっ!?
化ける??」
ヘルミーナが、聞き返すと、グレインは、こくりと、頷いた。
「そうだ。
お前は、気づいていないかもしれないが……
認識されにくいのは、“ヘルミーナとして”いる時だけだ。
そう、ヘルミーナ以外の、何かに、変装していれば、少しばかり、認識されやすくなる。
それを、存分に、使えば、いいんじゃないか?」
ヘルミーナは、自分にも、“見える方法”が、あると、知って、目を、ぱちぱち、させながら、希望に、満ちた、顔で、身を乗り出した。
「そ、それ……もっと、早く、言ってくれれば……!」
だが、グレインは、ため息を、ひとつ、落とした。
「言っても、限度が、あるんだ。
精々、もって、一日、十分が、限度だろう」
「じゅ、じゅ……十分……」
ヘルミーナは、その、短さに、肩を落とし、しゅんと、しながら、指先を、もじもじ、させる。
その様子に、グレインは、少しだけ、声を、低くした。
「そうだ。
その間に、問題が、起きなければ……
何も、変わらないことに、なる。
わかってるな?」
ヘルミーナは、ごくりと、喉を鳴らし、真剣な顔で、頷いた。
と、同時に――。
心の中で、“十分で、何を、どう、できるか”を、ぐるぐると、考え始めた。
(今から……何が、できるか、考えておかないと……
侍女とか……いや、従者も、よさそうだけど……)
頭の中で、変装プランを、ぐるぐる、回していると、グレインが、腕を組み、低く、呟いた。
「お前が、その気なら……一つだけ、いいことを、教えてやる。
一週間後に、新入生、歓迎パーティーが、行われる」
ヘルミーナが、ぱちりと、顔を上げた、その瞬間――。
グレインは、ゆっくりと、口角を、上げ、悪戯を、思いついた、兄、そのものの、顔になった。
「その時に、お前が、その子の、パートナーとして、参加する、というのは、どうだ?
そしたら、ダーリンと、セレーネが、現れるんじゃ、ないか……?」
ヘルミーナは、ぽかんと、口を、開いたまま、固まった。
「ど、どうして、それを……?」
「フッ……これでも、お前の、兄を、十数年、やってるんだ」
グレインは、髪を、かき上げながら、わざとらしく、肩を、すくめた。
「お前の、考えていることなんて、お見通しに、決まってるだろ」
その様子に、ヘルミーナは、口元を、押さえながら、感激で、胸を、いっぱいにした。
「あ、ありがとうございます!
グレインお兄様。
これで、少し、先に、進めそうです!」
それだけ、言うと、ヘルミーナは、そそくさと、この場を、後にした。
走り去る、その背中は、先ほどまでの、迷いを、感じさせないほど、軽やかだった。
グレインは、その背中を、見送りながら、呆れと、心配と、ほんの少しの、誇らしさを、含んだ、ため息を、吐いた。
「……はぁ。
面倒な妹を、持ったな、本当に」




