爆誕!?悪役令嬢リルベーラ。
授業のようなホームルームを終えると、ヘルミーナは、リルベーラと一緒に、エイクシュニル寮へ向かっていた。
《ホルト先生の話、面白かったわね!!》
リルベーラのポケットに、そっと、メモを滑り込ませる。
彼女は、それを読んで、小さく、笑った。
「そうね。それで……」
リルベーラが、何か言いかけた、その瞬間――。
リルベーラの足が、急に、止まった。
そして、笑っていた表情が、スッと、真顔に戻ると同時に、今までに、聞いたことのないくらい、低い声を発した。
「……セレーネ」
名前を呼ぶ、その声には、ほんの、わずかに、緊張が混じっている。
「あら、ごきげんよう。リルベーラ・エーデルヴァーンさん」
(うわ~……すごい、いじわるそうな笑顔……)
扇子で、顔を、半分隠しながら、嫌味ったらしく、フルネームで名前を呼ぶ、セレーネ。
「ごきげんよう。ローゼンクラフト先輩」
しかし、セレーネは、一つ年上。
リルベーラは、失礼にならないよう、スカートの裾をつかむと、小さく、カーテシーをした。
「ふん……面白くないわね……」
扇子越しに、ぼそりと、呟くセレーネ。
(えっ!? ただ、挨拶しただけなのに!?)
リルベーラには、聞こえていなかったようだが、ヘルミーナには、ばっちりと、聞こえていた。
「それで、何か、ご用でしょうか?」
その声は、静かだが、ほんのり、ピリッとした、緊張が走っている。
「特に、何もないわ!
たまたま、ここを通ったら、あなたが、いたから、話しかけたのよ。だって、私たち、友達でしょ?」
セレーネは、一歩、また、一歩と、近づき――。
すれ違いざま、わざと、肩が触れそうな、距離まで、寄った。
(えっ……今、絶対、近づいた!)
ヘルミーナが、心の中で、ツッコミを入れていると、セレーネは、誰にも、聞こえないほどの、小声で、リルベーラに囁いた。
リルベーラの眉が、ピクリと、動いた。
(あっ、これは、完全に、仕掛けてくる前のやつ!!)
次の瞬間――。
セレーネは、胸に、手を当て、ふらりと、上半身を傾け――。
ガンッ!
膝を、床にぶつけ、わざとらしい、悲鳴を上げた。
「きゃあああっ……!」
取り巻きの、何人かが、セレーネに、駆け寄った。
「だ、大丈夫!?」
「ちょっと!? いきなり、突き飛ばすなんて……っ!」
「ひ、人が、見ている前で、こんな……!」
「私、見たわよ……!
エーデルヴァーンさんが、セレーネ様の腕を、払うのを!」
「わ、私も!
そのせいで、セレーネ様が、よろけたのを、見たわ!」
「どう見ても、わざとよね!?
そうとしか、思えない!」
まるで、示し合わせたような、抗議に、ヘルミーナは、驚きすぎて、思わず、叫んだ。
「えぇぇぇぇぇ~~!!?」
そして、その声は、この場にいた、全員に――。
しっかりと、聞こえていた。
「「「「……え!?」」」」
ヘルミーナの、叫びを聞いた、生徒たちは、一斉に、声のした方向へと、顔を向ける。
(うわぁ~……また、やっちゃった。
でも……今は、それどころじゃないわ!)
ヘルミーナが、焦っている間にも、目の前では、“事態”が、どんどん、広がっていく。
「どうするの、エーデルヴァーンさん!?
セレーネ先輩に、謝りなさいよ!」
「見てた人、たくさん、いるんだから!」
「言い逃れなんて、できないわ。
本当に、最低よ……!」
セレーネは、床に、膝をついたまま、小さく、震えるふりをしながら――。
ちらり、と、上目づかいで、リルベーラを、見る。
(うわ……これ、完全に、わざと、やってる顔だわ……。
卒業パーティーの時から、思ってたけど……本当に、面倒な人よね)
ヘルミーナは、リルベーラと、セレーネを、交互に見ると、小さく、ため息を吐いた。
その直後、リルベーラは、意を決したように、周りの人にも、聞こえるような、声を上げる。
「私は、何も、していません。
ローゼンクラフト先輩が、勝手に、転ばれただけです!」
リルベーラの言葉を聞いた瞬間、ざわざわしていた、人たちの間に、一瞬の、静寂が落ちる。
そして、しばらくすると……取り巻きたちが、また、騒ぎ出した。
「何それ、言い方、ひどくない!?」
「謝りもしないなんて、最低!」
「セレーネ様を、突き飛ばしておいて、よく言えるわね!」
(えぇぇ!?
今の、どこが、“ひどい”の!?
何も、間違ってないのに!)
ヘルミーナが、心の中で、総ツッコミを入れる間にも、リルベーラは、眉一つ、動かさず、まっすぐ、セレーネを、見つめた。
「謝る理由が、ないわ。
私は、触れてすら、いないもの」
すべてを、見ていた、ヘルミーナは、リルベーラの言葉を聞いて、コクコクと、頷く。
しかし、はっきりと言い切った、その声が、逆に、周囲の空気を、さらに、ざわつかせた。
「おい、聞いたか?
あの一年……」
「あぁ……あれは、まずいんじゃないか?
どっから、どう見ても、非があるのは、一年の方だろ?」
「しかも……よりにもよって、あの女……
トラヴァルドの、第二王子が、目をかけている女だぞ」
(やっぱり、そうだったんだ。
制服が、破けた時から、腰に、手を回していたし……
なんとなく、わかっては、いたけど……)
周りの話に、聞き耳を立てながら、この場を、どうやって、切り抜けるのが、得策か、考えていると――。
コツン、コツン――。
という、足音が、響き渡った。
「おい……何を、している。
……って、また、お前か……リルベーラ」
(うわぁ~……このタイミングで、来るって、本当に、最悪だわ)
「ダーリン、第二王子殿下……」
「ダーリン!!」
先ほどまで、痛いと、泣き喚いていたはずの、セレーネは、何事も、なかったかのように、走って、ダーリンの腕に、抱きついた。
「リルベーラ。
卒業パーティーの時から、見ていたが……なぜ、嫌がらせばかり、する」
「私は、何も、していませんが……?」
(難癖、付けられたくないから、人一人分くらい、離れて、話していたというのに……
何が、できるっていうのよ)
リルベーラは、扇子で、口元を隠し、小さく、ため息を吐くと、ダーリンたちを、見た。
「何も、してない……だと?
そんな、言い分、通ると、思っているのか?」
ダーリンが、周りを見渡せば、セレーネの、取り巻きたちが、ここぞとばかりに、言いたい放題、言ってくる。
「私、見てましたよ?
あなたが、セレーネ様の肩を、押すところを!」
「私も、見てました!
足を、引っかけていたところを……」
「私もです!
セレーネ様に向かって、意地悪そうな笑みを、浮かべていました。
あれは……まるで、悪女でしたわ……。
今、思い出すだけでも、怖くて、身体が、震えてしまいます」
取り巻きの声に、便乗するように、周囲の生徒たちが、さらに、話を広げていく。
「リルベーラって……そんな子、だったの?」
「卒業パーティーでも、何か、あったって、聞いたわよ?」
「加護持ちって、噂もあるし……怖いわね」
――完全に、“空気”が、セレーネ側に、傾いていた。
(……ここで、何を言っても、無駄ね……)
リルベーラは、一瞬だけ、目を伏せたが、すぐに、いつもの、冷静な表情に、戻った。
「ダーリン殿下。
先ほども、申し上げましたが、私は、何も、していません」
ダーリンは、リルベーラの言葉を、信じる気が、ないのか、冷ややかな目で、彼女を、睨みつける。
「セレーネが、嘘をつく理由が、ない」
その言葉に、ヘルミーナは、思わず、心の中で、叫んだ。
(あるでしょ!!
めちゃくちゃ、あるでしょ!!
この間から、この女、嘘しか、言ってないじゃない!!)
セレーネは、ダーリンの腕に、ぎゅっと、しがみつき、涙声で、続ける。
「わ、私……ただ、ご挨拶、しようと、しただけなのに……
リルベーラさんが、ひどい顔で、睨んできて……!」
「セレーネ、もう、いい。
辛かっただろう」
ダーリンが、優しく、抱き寄せた瞬間、周囲から、同情の声が、漏れた。
「きゃっ……殿下が……」
「セレーネ様、守られてる……」
「あの噂は、本当だったんだな。
二人が、愛し合っているって……」
そして、その場にいた、全員が、リルベーラを、睨みつける。
「リルベーラって、本当に……」
「あぁ……あれは、傲慢で、最低な女だ」
「悪女って、噂を、聞いたことが、あったけど、本当だったのね」
「見た目も、悪女っぽいものね。
ツリ目で、気が強そうだし……
ダーリン様が、セレーネ様を、好きになる理由、わかる気が、するわ。
だって、真逆だもの」
(あぁ~~~~!
これは、リルベーラの評判が、地に落ちるやつ!!)
ヘルミーナは、見えないまま、オロオロと、その場を、走り回りたい気持ちだったが、もちろん、誰も、彼女に、気づかない。
リルベーラは、静かに、扇子を開き、ゆっくりと、口元へ、運んだ。
その、一連の所作は、逆に、“余裕ぶっている”ように、周囲の目に、映ってしまう。
「……殿下。
私は、事実を、述べているだけです」
ダーリンは、冷たく、言い放った。
「ならば、証明してみろ」
(いやいや、待って!
無理でしょ、それ!!!)
その瞬間――。
コツコツ――。
背後から、重い、足音とともに、あの、鋭い声が、響いた。
「――そこで、何を、している」
ホルトだった。
ざわついていた、空気が、一瞬で、張りつめた。
「お前たち。
ここは、学校だ。
勉強をするところであり、恋愛をするところではない。
わかっているなら、とっとと、散れ!」
そう言って、シッシッと、手を動かすと――。
ホルトの目が、怖かったのか、全員が、散り散りに、去っていった。
(ふぅ~……この場は、一応、収まったってことで、いいのかしら……?)
ダーリンと、セレーネは、最後まで、リルベーラのことを、睨みつけていたが、ホルトが、怖いのか、小さく、舌打ちをすると、そのまま、その場を、離れた。
(と、言っても……このままじゃ、リルベーラが、悪役、まっしぐらね……。
何とか、しないと……!)
ヘルミーナは、誰にも、見えないところで、一人、鼻息を、フンフン、荒くしながら、やる気に、満ち溢れていた。
その瞬間――。
ヘルミーナの、瞳の奥で、かすかに、光が、瞬いた。




