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噂の幽霊令嬢は今日もトラブルに大忙しです!  作者: ゆずこしょう
序章 名前を呼ばれなくなった日。
1/9

名前を呼んでくれた人。

「ルーカス。今日はかくれんぼしましょ!」


少女の澄んだ声が、屋敷内に響き渡る。


昼下がり――


石畳は陽に温められ、庭の木々はゆるやかに風に揺れている。


穏やかな午後だった。


「いいよ。せっかくだし、僕の友人も呼んで、皆で遊ぼうか?」


その提案に、少女はぱっと顔を輝かせた。


「それはいいわね。人数が多い方が楽しいし」


小さな手をパンッと叩くと、満面の笑みで頷いた。


「わかった。じゃあ呼んでくるから待ってて」


ルーカスは走り出し、屋敷内へと消えていった。

少女は小さくなる背中を見ながら、足元にあった小石を蹴る。


コロコロコロ……


(ルーカスのお友達って、どんな人たちなのかな)


待っている間、退屈はしなかった。


(なんて話しかけたらいいかな。「初めまして?」とかでいいかしら)


ルーカスの友達を想像していれば、


遠くから聞こえてくる声が、ひとつ、またひとつと増えていく。


呼ばれている名前は、全部ルーカスのものだった。


(いーち、にーぃ……)


指を折りながら数える。


(……すごい。十人もいる……)


皆は屋敷に来ると、ルーカスへと話しかけた。


「久しぶりだな」


「元気だったか?」


同じ年代の少年や少女たちが、連れ立って屋敷の前に集まってきた。


皆、楽しそうに話しながら、迷いなくルーカスのもとへ向かう。


「で、今日は何して遊ぶんだ?」


「皆でかくれんぼでもしようと思ってさ」


「また鬼はルーカスか?」


肩をポンと叩いたり、軽く小突いたり。


遠慮のない距離感に、少女は思わず目を細めた。


(皆、仲がいいのね)


少しだけ、胸の奥がくすぐったくなる。


羨ましい、という感情に名前をつけるほど大きなものではない。


けれど――。


(私も……仲良くなれるかしら)


かくれんぼなら、すぐに混ざれる。


鬼になってもいいし、隠す側でもいい。


見つけてもらえたら、きっと楽しい。


そんなことを考えていると、ルーカスがふと振り返った。


「ヘルミーナ。君のことを、皆に紹介したいからこっちに来て!」


呼ばれた名前に、ヘルミーナはぱっと顔を上げた。


「うん! いまいく~」


小さな足で、勢いよく駆け出した。


石畳を踏みしめる音が、軽やかに響く。


近づくにつれ、皆の視線が集まってくる。


(こんなにたくさんの人に見られたの、初めてだわ)


しかし――


ヘルミーナが笑顔で近づいてくるのとは裏腹に、友人たちは不思議そうな顔をしてルーカスを見た。


「ルーカス……? そっちには誰もいないけど?」


一人が、戸惑ったように言った。


「うん……僕にも、誰かがいるようには見えないな」


続く言葉に、空気がすっと冷える。


それを合図にしたように、皆が揃って首を傾げた。


「え!? どういうこと?」


「目の前にいるじゃないか」


ルーカスの声は、少しだけ上ずっていた。


しかし返ってくるのは、困惑ばかりだ。


「……ルーカス、変なこと言うね」


「かわいらしい女の子って、誰の話?」


「私には、ルーカスしか見えないけど……」


「俺もだ」


言葉が、重なっていく。


それはまるで、ルーカスだけを残して、世界が彼女を素通りしていくようだった。


「……え……? うそ、でしょ?」


ルーカスは、ゆっくりとヘルミーナを見た。


確かに、そこにいるはずの少女。


けれどヘルミーナは、何も気にしていない様子で、ただ前を見ていた。


(こんなにたくさんの友達がいるって、すごいわね!)


心からの感想だった。


驚きも、不安も、そこにはない。


(早く私も遊びたいわ)


今はただただ、皆と遊べることが楽しみだったのだ。


(お兄様とルーカス以外と遊ぶなんて……初めてだもの)


(かくれんぼなら負けなしだし、きっと皆驚いて、友達になってくれるわ!)


一人かくれんぼに闘志を燃やしていれば、ルーカスがヘルミーナの方を見ていた。


先ほどまでの笑顔はなくなり、真っ青な顔をしている。


ヘルミーナは心配になり、一歩、また一歩とルーカスへと近付いた。


「顔色、悪いみたいだけど……」


その声を聞いた瞬間、ルーカスの表情から血の気が引いた。


息が浅く、指先が小刻みに震えていた。


「……ち、ちが……」


彼女が、そこにいる。

それだけは、確かだった。


他の子どもたちも、異変に気づいて近づいてくる。


「だ、だいじょ……」


ヘルミーナがルーカスの頬を触ろうとした、その瞬間――


「さ、さ、さ、さわるなぁぁぁぁ~~~!!」


叫び声が、屋敷中に響き渡った。


その叫びは、ルーカスが世界を疑った最初の音だった。


***


「あの二人は仲が良いですなぁ~」


ルーカスの叫び声が響き渡る少し前――


「そうですね……。ルーカスの声を聞いていれば、ヘルミーナちゃんを大事にしているのがよくわかります」


紅茶を飲みながら、窓の外を眺める二人の大人の姿があった。


「そうですね……では、あの話も」


「ええ。二人なら大丈夫でしょう」


(――もっとも、私にはヘルミーナちゃんの姿は見えていないのだが)


ルーカスの父、カイルは、目の前に座るヘルミーナの父に、にこりと笑顔を向けた。


そしてヘルミーナの父、ヴァリオンも笑顔を向ける。


((こいつ……裏が全く見えないんだよな……))


二人は笑顔を崩すことなく、持っていた紅茶を口に入れた。


その紅茶は、すでに冷え切っている。


「では……」


「はい。このまま何事もなければ……」


「子ども同士のことですからな。大人が口を出す話でもない」


「ええ……見守るのが一番でしょう」


二人のこれからについて話をしていると――


「さ、さ、さ、さわるなぁぁぁぁ~~~!!」


ルーカスの声が、再び響き渡った。

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