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婚約破棄された令嬢は、召喚獣たちとほのぼの領地改革します  作者: 九葉(くずは)


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第9話 守護者の契約

「動くな。骨を繋ぐ」


レオンハルト様の低い声が響く。


テントの前。

私はポチの頭を抱きかかえ、その身体を固定していた。

ポチは不安そうに「クゥン」と鳴き、私の腕に鼻先を押し付けてくる。


「大丈夫よ、ポチ。すぐに終わるからね」


レオンハルト様が膝をつき、ポチの折れた翼に手をかざす。

その掌から、淡い青色の光が漏れ出した。


魔法だ。

それも、見たことのないほど繊細な光。

『氷の召喚士』という二つ名の通り、ひんやりとした冷気が漂う。


「……ッ」


ポチがビクリと身を震わせた。

痛むのだろうか。

私は必死にポチの頭を撫で、落ち着かせようとする。


「いい子ね。我慢してね」


レオンハルト様の目は真剣そのものだった。

眉間に皺を寄せ、額に汗を浮かべながら、見えない糸を操るように指先を動かす。

その手つきは、恐ろしい噂とは裏腹に、驚くほど慎重で優しかった。


数分後。

彼はふぅ、と深く息を吐き、光を収めた。


「……終わった。骨格のズレは修正した。あとは自然治癒で塞がるはずだ」


「本当ですか……?」


恐る恐るポチを見る。

さっきまで痛々しくねじ曲がっていた翼が、今は綺麗な形に戻っていた。

まだ包帯は必要だけれど、これなら飛べるようになるかもしれない。


「ありがとうございます……!」


私は心からの感謝を込めて頭を下げた。


『……なおった……?』


ポチが不思議そうに自分の翼を見ている。

そして嬉しそうに私の顔を舐めた。


『……フィオナ、ありがとう! あのデカい男も、ありがとう!』


「ふふっ。デカい男だって」


「……あ?」


レオンハルト様が怪訝な顔をする。

しまった。

うっかり通訳してしまった。


「い、いえ! ポチも感謝しているみたいです!」


レオンハルト様は鼻を鳴らし、立ち上がった。

そして、鋭い眼光で私とポチを見下ろした。


「礼はいい。それより、これからが本題だ」


空気が張り詰める。

治療が終わったということは、処遇を決める時間だ。


「この個体は『スカーレット・ドレイク』。赤竜の一種だ」


「赤竜……」


「成長すれば家一軒くらい簡単に踏み潰す。口からは高熱の火球を吐き、気性は荒い。……本来なら、人里に降りてきた時点で即時討伐が原則だ」


討伐。

その言葉に、背筋が凍る。


私はポチを庇うように抱きしめた。

ポチも空気を読んでか、小さく唸って私にしがみつく。


「でも、この子は私を襲ったりしません!」


「今はな。だが、怪我が治って力が戻ればどうなるかわからん。野生の本能は、お前の『声が聞こえる』程度の能力で抑え込めるものじゃない」


レオンハルト様の言葉は正論だった。

反論できない。

私はただの元令嬢で、猛獣使いではないのだから。


彼は腰のベルトから、短剣のようなものを取り出した。

ぎょっとする。

殺す気?


「……勘違いするな」


私の怯えを察したのか、彼は呆れたように言った。


「これは儀式用の短剣だ。……飼いたいんだろう?」


「え?」


「ここで保護することを望むなら、条件がある。正式に『召喚契約』を結べ」


召喚契約。

貴族の教養として言葉だけは知っている。

召喚士が魔物を使役するために結ぶ、魂のパスのようなもの。


「契約を結べば、主従関係が固定される。万が一暴走しそうになっても、術者の魔力で強制的に停止させることができる。……それが、こいつを生かしておく最低条件だ」


「やります!」


私は即答した。

ポチと一緒にいられるなら、なんだってやる。


レオンハルト様は短剣を私に手渡した。

ずしりと重い。

柄には複雑な紋様が刻まれている。


「指先を少し切れ。血を一滴、相手の額に垂らすんだ。その時に『名』を呼び、魔力を流し込め」


「血を……」


心臓がドキドキする。

魔術なんて使ったことがない。

私にできるだろうか。


「失敗すれば、契約反動でお前もタダでは済まない。……覚悟はいいか」


脅さないでほしい。

でも、やるしかない。


私はポチに向き直った。

ポチはじっと私を見つめている。

金色の瞳に、私の顔が映っていた。


『……フィオナ?』


「ポチ。私と、家族になってくれる?」


『……かぞく?』


「そう。ずっと一緒にいて、ご飯を食べて、寝るの。……いい?」


『……うん! フィオナといっしょがいい!』


ポチが尻尾をパタパタと振った。

合意は取れた。

あとは儀式だけだ。


私は震える手で短剣を握り、左手の人差し指に刃を当てた。


チクリ。


赤い血が滲む。

私はその指を、ポチの額へと伸ばした。


「……我が名において、汝との契約を望む」


レオンハルト様に教わった通りの定型句を口にする。

でも、心の中では違う言葉を紡いでいた。


(主従じゃない。命令もしない。ただ、友達として。隣にいてほしい)


血が、ポチの鱗に触れる。


「――名は、ポチ!」


その瞬間。


カッ!!


視界が真っ白に染まった。


「なっ……!?」


レオンハルト様の驚愕の声が聞こえる。


私の指先から、眩い光が溢れ出した。

それは温かく、懐かしい光だった。

身体の奥底から何かが抜けていく感覚。

魔力だ。

私の命の一部が、ポチへと流れ込んでいく。


『……あったかい……!』


ポチの声が響く。

頭の中だけじゃない。

心臓の鼓動が、ポチの鼓動と重なるような感覚。


繋がった。

はっきりとわかる。


光が収まると、ポチの額には小さな紋様が浮かび上がっていた。

複雑な幾何学模様。

淡いピンク色に輝いている。


「……できた」


私はへなへなとその場に座り込んだ。

全身の力が抜けたみたいだ。


ポチが私の顔を覗き込む。

その身体が一回り大きくなり、鱗の艶が増しているように見えた。


『……フィオナ! フィオナ!』


ポチが私の胸に飛び込んでくる。

重い。

でも、嬉しい重みだ。


「よしよし。……これからよろしくね、ポチ」


私はポチを抱きしめ、それから恐る恐るレオンハルト様を見上げた。


彼は、口を半開きにして立ち尽くしていた。

あの能面のような無表情が崩れている。

目は見開かれ、信じられないものを見るように私とポチを凝視していた。


「……レオンハルト様? あの、失敗しましたか?」


不安になる。

光が強すぎたし、何か間違ったのかもしれない。


「……いや」


彼は我に返ったように首を振り、口元を手で覆った。


「成功だ。……成功しすぎているくらいだ」


「え?」


「通常、契約紋は術者の魔力色である『青』や『黒』になる。そして形は『鎖』を模したものになるはずだ」


彼はポチの額を指差した。

そこにあるのは、花のような、あるいは太陽のような形の紋様。


「強制力を持たない『共鳴型』の契約……。しかも、相性値が測定不能レベルだ」


ブツブツと専門用語を呟いている。

よくわからないけれど、悪いことではなさそうだ。


「飼っても、いいんですね?」


私が念を押すと、彼は深く溜息をついた。

もう、呆れを通り越して諦めの境地といった顔だ。


「……ああ。そこまで強く繋がっていれば、暴走の心配はないだろう。俺の召喚獣より言うことを聞くかもしれん」


許可が出た。

私は思わずガッツポーズをした。


「ありがとうございます!」


「ただし」


彼は釘を刺すように指を立てた。


「管理責任はお前にある。そいつがボヤを起こしたり、騎士を噛んだりしたら、即座に契約を破棄させる。いいな」


「はい! ちゃんと躾けます!」


「それと、餌代は自腹だ。俺の部隊の食料庫を荒らすなよ」


「うっ……努力します」


食費。

そうだ、ドラゴンって何を食べるんだろう。

ドンは土だったけれど、ポチはお肉が好きそうだ。

私の財布、保つかしら。


不安は尽きない。

家は崩れ、手持ちの金は少なく、同居人は怖い騎士団長とドラゴン。

前途多難なんて言葉じゃ足りない。


でも。


『……フィオナ、おなかすいたー』


『……嬢ちゃん、やっと終わったか? 畑の水やり頼むぜ』


地面からドンの声も聞こえてくる。


賑やかだ。

一人ぼっちで震えていた、あの夜とは違う。


私はポチを抱え直し、立ち上がった。


「わかったわ。レオンハルト様、朝食の準備をしてきます!」


「……ああ」


私は小走りで焚き火の方へ向かった。

背後で、レオンハルト様がポチを見つめながら、ぽつりと呟くのが聞こえた。


「……温かい召喚、か。悪くない」


その声は、今までで一番優しく聞こえた。


振り返ると、彼はもういつもの怖い顔に戻って、部下たちに指示を飛ばし始めていた。


けれど、私は見た。

彼が自分の召喚獣(白い狼)の頭を、少しだけ乱暴に、でも愛おしそうに撫でていたのを。


この人となら、やっていけるかもしれない。

そう思いながら、私は朝の光の中を駆け出した。

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