表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢は、召喚獣たちとほのぼの領地改革します  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/26

第8話 騒動と誤解

「……フィオナ。話がある」


朝の冷たい空気が、さらに温度を下げた気がした。

目の前に立つレオンハルト様は、腕を組み、私を見下ろしている。

その表情は硬い。

何か、言いにくいことを告げようとしている顔だ。


私は背筋を伸ばし、震える手を後ろで組んだ。

テントの中には、怪我をした幼いドラゴンがいる。

絶対にバレてはいけない。

私の挙動不審さが、彼に伝わっていませんように。


「は、はい。何でしょうか」


レオンハルト様は一度視線を外し、崩れ落ちた屋敷の残骸を見た。

そして、重い口を開く。


「屋敷の再建には時間がかかる。一階部分の補修だけでも一ヶ月。居住スペースの確保となれば、さらに先になるだろう」


「……はい」


当然だ。

あんな瓦礫の山、魔法でも使わない限りすぐには直らない。


「その間、君をこの環境に置いておくわけにはいかない」


彼の目が、再び私を射抜く。


「隣の領都にある宿を手配する。馬車も出す。……屋敷が直るまで、そこで待機してくれ」


「え……?」


避難、勧告。

それは予想外の言葉だった。


普通に考えれば、ありがたい提案だ。

雨風を凌げる宿。

温かい食事。

お風呂だってあるかもしれない。

瓦礫とテントでの生活に比べれば、天国のような待遇だ。


でも。


(ダメよ)


心の中で即座に否定する。


私一人なら、喜んで受けただろう。

けれど今、私には守らなければならない子がいる。

テントの中で眠る、小さなドラゴン。


もし私が宿に行けば、ポチはどうなる?

連れて行くなんて不可能だ。

街中でドラゴンなんて見つかれば、大騒ぎになる。

かといって、ここに置いていけば、飢え死にするか、騎士たちに見つかって殺される。


「……お断りします」


私は拳を握りしめ、はっきりと言った。


レオンハルト様の眉がピクリと動く。


「断る? 理由はなんだ」


「こ、ここは私の領地……いえ、預かっている場所ですから。領主代行として、離れるわけにはいきません」


苦しい言い訳だ。

領主代行といっても、名ばかりの追放者。

私がいなくても、復旧作業に何の影響もないことは彼も知っているはずだ。


「フィオナ。意地を張っている場合か」


レオンハルト様が一歩近づく。

威圧感が肌を刺す。


「ここは魔物の領域に近い。屋根もない、壁もない場所で、君を守りきれる保証はないんだ」


「でも……!」


「それに、騎士たちにとっても負担だ。君一人を守るために、夜警の人員を割かなければならない」


うっ。

正論だった。

私の存在は、彼らにとってただの「お荷物」なのだ。

足手まといだから、安全な場所に引っ込んでいろと言われている。


悔しさで唇を噛む。

でも、引けない。


「ご迷惑はおかけしません。自分のことは自分でやります。テントだってありますし、ドン……い、いえ、土いじりだってしたいんです!」


「土いじり?」


「そうです! 畑を……放っておけませんから!」


レオンハルト様は深く息を吐き、額に手を当てた。

呆れている。

完全に、聞き分けのない子供を見る目だ。


「……畑か。あの異常な成長速度の」


彼は独り言のように呟くと、鋭い視線を私の背後――テントへと向けた。


心臓が跳ねる。

見ないで。

そこには、あなたの敵がいるの。


「……フィオナ。君は、何か隠しているな?」


「ッ!?」


バレた?

どうして?

挙動不審すぎた?


「か、隠し事なんて……何も……」


「先ほどから、テントの方ばかり気にしている。それに……」


彼は鼻を少し動かした。


「血の匂いがする」


血の気が引く音がした。

私の服には、ポチの手当てをした時の血がついている。

そしてテントの中からは、もっと濃い血の匂いが漂っているはずだ。

戦場を生き抜いてきた彼の嗅覚を、誤魔化せるはずがなかった。


「怪我をしているのか? 見せろ」


レオンハルト様の手が伸びてくる。


「ち、違います! 私じゃなくて……!」


その時だった。


『……ハクションッ!』


テントの中から、くしゃみのような音が響いた。


同時に。


ボッ!


テントの入り口の隙間から、赤い炎が吹き出した。

布に引火する。

煙が上がる。


「なっ……!?」


私は悲鳴を上げそうになるのを手で押さえた。

ポチ!

くしゃみで火を吐いちゃったの!?


「下がれッ!」


レオンハルト様の表情が一変した。

困惑の色が消え、戦士の顔になる。


ジャキッ!


金属音。

腰の剣が抜かれた。

白銀の刃が、朝日に反射してギラリと光る。


「魔物か! テントの中に潜んでいるな!」


殺気。

空気がビリビリと震えるほどの、濃厚な殺意。

それが真っ直ぐに、私のテントへ向けられる。


「待ってください!」


私は叫んだ。

しかし、彼は止まらない。

私を背後に突き飛ばし、剣を構えてテントへ踏み込もうとする。


「フィオナ、離れていろ! すぐに片付ける!」


片付ける。

処理する。

殺す。


その言葉が、私の頭の中で反響する。


嫌だ。

あの子は、怪我をして怯えているだけの子供なのに。

私と同じ、居場所をなくして迷い込んだだけなのに。


「ダメぇぇぇっ!!」


私は自分でも信じられない速さで駆け出した。


レオンハルト様の前に回り込む。

両手を広げ、立ち塞がる。


「フィオナ!?」


レオンハルト様が驚愕に目を見開き、寸前で剣を止めた。

切っ先が、私の鼻先数センチのところで静止する。


「どけ! 襲われているんだろう!?」


「違います! 襲われてなんていません!」


「ならなんだ! 火を吐く魔物が中にいるんだろうが!」


「います! でも、悪い子じゃありません!」


「はぁ!?」


レオンハルト様が素っ頓狂な声を上げた。

理解不能、といった顔だ。

当然だ。

魔物がいるのに「悪い子じゃない」なんて、狂人の台詞にしか聞こえないだろう。


でも、私は引かなかった。

震える足で踏ん張り、彼を睨み返す。

涙が滲んで視界が歪む。


「お願いです、殺さないで……! この子は怪我をしているんです。私が手当てをしたんです!」


「手当て……だと?」


「はい。まだ子供なんです。翼が折れて、飛べなくて……」


必死に訴える。

後ろで、テントの火がチロチロと燃え広がっているのがわかる。

熱い。

でも、ここを動いたら、ポチが殺される。


「フィオナ、そこをどくんだ。魔物は魔物だ。今は大人しくても、すぐに凶暴化して君を食い殺す」


レオンハルト様の声は冷静だった。

冷酷なまでの事実を告げる声。


「違います! 私の声が聞こえるんです! 言葉が通じるんです!」


「……言葉?」


「そうです! 私の能力です! 気持ち悪いって言われてもいい、でも、この子は私を食べてなんて言いませんでした! 『痛い』って、『助けて』って言ってたんです!」


叫びながら、涙が溢れ出した。

ずっと隠していたこと。

元婚約者に否定され、自分でも忌み嫌っていた能力。

それを、こんな形で叫ぶことになるなんて。


レオンハルト様が、わずかに剣を下ろした。

その瞳が揺れている。


その時。


ビリリッ!


燃えかけていたテントの幕が、内側から引き裂かれた。


「グルルルゥ……ッ!」


低い唸り声と共に、赤い影が飛び出してきた。


ポチだ。

全身に包帯を巻いた小さなドラゴン。

翼を引きずりながら、私の足元に滑り込んでくる。


そして、私とレオンハルト様の間に割って入り、小さな牙を剥き出しにして吠えた。


『……いじめるな!』


キャウッ! と甲高い声。

でも私には、はっきりと聞こえた。


『……フィオナを、いじめるな!』


ポチはガタガタと震える足で踏ん張り、私を守ろうとしていた。

自分の方がずっと小さくて、弱くて、死にそうなのに。

最強の騎士に向かって、必死に威嚇している。


「ポチ……」


私はポチの背中を抱きしめた。

温かい。

この温もりを、斬らせたりなんかしない。


「……殺すなら、私を先に斬ってください」


私はレオンハルト様を見据えて言った。

もう、迷いはなかった。


沈黙。

永遠のように長い数秒間。


レオンハルト様は、剣を構えたまま動かなかった。

その視線が、私と、私を守ろうとする小さなドラゴンを行き来する。


やがて。


カチャン。


剣が鞘に納められる音が響いた。


「……はぁ」


深く、重い溜息。

レオンハルト様が頭をガシガシと掻いた。

殺気が霧散していく。


「……おい」


彼は呆れたような、それでいてどこか疲れ切った声で言った。


「そいつの名前、ポチなのか?」


「……へ?」


予想外の質問に、私は拍子抜けした声を漏らした。


「は、はい……ポチですけど……」


「……ドラゴンの幼体に、ポチか」


レオンハルト様はしゃがみ込み、目線をポチに合わせた。

ポチが「ウゥーッ」と唸る。

レオンハルト様は怖がる様子もなく、ただじっとその金色の瞳を覗き込んだ。


「……敵意はないようだな。少なくとも、君に対しては」


彼は立ち上がり、近くにあった水桶を掴むと、燃えかけているテントにバシャリと水をかけた。

ジュウウウッ、と音を立てて火が消える。


「ボヤ騒ぎだ。……敵襲ではない」


彼は騎士たちの方を振り向き、大声で告げた。

遠巻きに見ていた騎士たちが、安堵の息を漏らして持ち場へ戻っていく。


私は呆然とそれを見ていた。

殺されないの?

許されたの?


レオンハルト様が、再び私に向き直る。

その顔には、もう先ほどまでの冷たさはなかった。

代わりにあったのは、どう扱っていいのかわからないという困惑と、ほんの少しの……優しさ?


「手当てが必要だな。……そいつの翼、変な方向に曲がっている」


「え……あ、はい!」


「俺が見よう。……魔物の治療も、召喚士の仕事のうちだ」


彼は不器用にそう言うと、そっぽを向いてしまった。

耳が、少しだけ赤くなっているように見えた。


私はへなへなとその場に座り込んだ。

ポチが私の頬を心配そうに舐める。


「よかった……」


全身の力が抜けていく。

助かったんだ。


「ありがとう……ございます」


小さな声で礼を言うと、レオンハルト様は「フン」と鼻を鳴らし、乱暴に私の頭に手を置いた。


「……無茶をするな、馬鹿」


その手は大きくて、ゴツゴツしていて。

やっぱり、すごく温かかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ