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婚約破棄された令嬢は、召喚獣たちとほのぼの領地改革します  作者: 九葉(くずは)


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第6話 予期せぬ評価

「……これを、食べるのですか?」


私は鍋の中を覗き込み、思わず声を漏らした。


屋敷の前庭。

騎士たちが焚き火を囲み、大きな鍋を火にかけている。


中身は、茶色く濁ったお湯に、ぶつ切りの肉と野菜が浮いているだけの物体だ。

灰汁あくが浮きまくり、脂が分離してギトギトと光っている。

匂いも……なんというか、獣臭い。


調理担当の若い騎士が、おたまで鍋をかき混ぜながら答えた。


「ああ。男所帯の野営飯なんてこんなもんさ。腹に入れば一緒だからな」


「塩は入れましたか?」


「入れた入れた。……たぶん」


たぶん。

その言葉にめまいがした。


私は監視対象だ。

立場は囚人に近い。

出されたものを黙って食べるべきなのかもしれない。


でも、これは限度がある。


「あの……少し、貸していただけますか?」


我慢できず、おたまを奪い取る。

味見をする。


「……ッ」


お湯だ。

しょっぱいお湯に、脂と泥の風味が混ざっている。

これをレオンハルト様にお出しするの?

不味いと怒って、その場で首を刎ねられるかもしれない。


「調味料は? 香草とか、スパイスは?」


「え? 塩袋ならそこにあるけど……草なんて入れるのか?」


騎士が不思議そうな顔をする。

ダメだ。

この人たち、味覚が死滅している。


私はポケットを探った。

さっきドンと一緒に種まきをしていた時、彼が見つけてくれた「乾燥ハーブ」の残りが入っていたはずだ。

『人間はこういうの好きだろ?』と渡された、野草の葉っぱ。

匂いを嗅ぐと、ローリエとタイムに似た香りがする。


「これを入れます」


「おいおい、雑草かよ」


「黙って見ていてください」


鍋に葉を散らす。

ついでに、騎士が持っていた干し肉をナイフで細かく刻み、鍋に追加した。

こうすれば出汁が出るはずだ。

最後に塩を適量――騎士が入れた量では全然足りていなかった――足して、ゆっくりとかき混ぜる。


数分後。

獣臭さが消え、爽やかな香りが漂い始めた。


「……あれ? なんかいい匂いがするぞ」


騎士たちが鼻をヒクヒクさせながら集まってくる。

私は最後にもう一度味見をした。


うん。

これなら、なんとか食べられる。


「どうぞ」


私が言うと、騎士たちは我先にと木の器を差し出してきた。


「うめぇ!」

「なんだこれ、いつもの泥水じゃねぇぞ!」

「すげぇ、令嬢ってのは魔法使いか?」


大絶賛だった。

泥水だと思っていた自覚はあったのね。


少しだけ誇らしい気分になる。

誰かに「美味しい」と言ってもらえるのは、悪い気はしない。


けれど、その空気は一瞬で凍りついた。


「……騒がしいな」


低い声と共に、レオンハルト様が現れた。

焚き火の明かりに照らされたその顔は、相変わらず能面のようだ。

騎士たちがサッと道を開ける。


彼は私の前に立つと、無言で空の器を差し出した。


心臓が跳ねる。

毒見役。

あるいは、最後の晩餐の選定人。


私は震える手で、鍋からスープを掬った。

こぼさないように慎重に注ぐ。


「ど、どうぞ……」


レオンハルト様は器を受け取ると、中身をじっと見つめた。

眉間に皺が寄る。

いつもより深い気がする。


やっぱり、余計なことをしたかもしれない。

「誰が勝手な真似をしろと言った」と怒鳴られるのでは。


彼は器に口をつけ、一口飲んだ。


ゴクリ。


喉が動く音が聞こえるほどの静寂。

騎士たちも固唾を飲んで見守っている。


レオンハルト様は器を離し、ふう、と息を吐いた。


「…………」


無言。

感想がない。

それが一番怖い。


彼はそのまま、二口、三口とスープを飲み進めた。

表情はピクリとも動かない。

美味しいのか不味いのか、まったく読み取れない。

ただ淡々と、義務のように咀嚼している。


そして。


「……もう一杯だ」


空になった器が、ぬっと差し出された。


「え?」


「聞こえなかったか。おかわりだ」


「あ、はいっ!」


私は慌てて二杯目を注いだ。

彼はそれを受け取ると、今度は近くの切り株に腰を下ろし、パンを浸しながら食べ始めた。


周囲の騎士たちが、信じられないものを見るような顔で顔を見合わせている。

『団長が……食ってる……』

『普段、レーション(携帯食)しか齧らないあの人が……』

そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。


私は混乱したまま、自分の分のスープを啜った。


温かい。

身体に染み渡る味だ。


レオンハルト様は、結局三杯もおかわりをした。

けれど最後まで「美味い」とは一言も言わなかった。

ただ「ご馳走だった」と短く告げ、テントへと消えていった。


……処刑は免れたみたい。

私は安堵のあまり、その場にへたり込みそうになった。


夜。

騎士たちが焚き火の番をしながら眠りについた頃。

私は二階の自室に戻っていた。


窓枠に、小さな影が座っている。

ドンだ。

昼間は姿を消していたけれど、騎士たちが寝静まったのを見計らって出てきたらしい。


『……食ったか?』


「ええ。ありがとう、ドン。あなたがくれたハーブのおかげで助かったわ」


『……そりゃよかった』


ドンは満足そうに頷くと、視線を窓の外、騎士たちのテントに向けた。


『……しかし、あの男。ただの人間じゃねぇな』


「レオンハルト様のこと?」


『ああ。あいつからは、俺たちと同類の匂いがする』


「同類?」


『……精霊の加護が強すぎるんだ。あれじゃあ、下級の魔物は怖がって近づけねぇよ』


ドンが肩をすくめる。

魔物が怖がる人間。

やっぱり、噂通りの恐ろしい人なんだわ。

魔物にすら避けられるなんて。


「……私、あんな人の監視下でやっていけるのかしら」


『……まあ、嬢ちゃんのメシを食ったんだ。悪いようにはしねぇだろ』


ドンは楽観的だ。

精霊にとって、「飯を食う」というのは契約に近い重みがあるのかもしれない。

でも相手は人間だ。

しかも「氷」と呼ばれる男だ。


私は溜息をつき、毛布にくるまった。


今日は色々なことがありすぎた。

畑を作り、騎士団が来て、スープを作って。

身体はくたくただ。


「おやすみ、ドン」


『……おう。いい夢見ろよ』


ドンが姿を消す気配を感じながら、私は重い瞼を閉じた。


泥のように眠りに落ちていく。


しかし。

その安息は長くは続かなかった。


数時間後。


ミシッ……。


嫌な音が耳元で響いた。

風の音ではない。

もっと硬い、建材が悲鳴を上げるような音。


私はパチリと目を覚ました。


ミシミシッ、バキッ!


音は大きくなる。

私の部屋のすぐ横、東側の壁の方からだ。


「……え?」


身体を起こした瞬間。


ズズズズズ……!!


地響きと共に、部屋全体が大きく傾いた。


「きゃあああああっ!?」


床が斜めになる。

トランクが滑り落ちていく。

窓ガラスが割れる甲高い音。


崩れる。

屋敷が、崩れる!


「ドンッ!?」


助けを呼ぼうとしたけれど、声がかき消されるほどの轟音が響いた。

天井から土埃が降ってくる。


私は反射的に頭を抱えてうずくまった。

死ぬ。

今度こそ、瓦礫の下敷きになって死ぬんだ。


ガガガガッ!!


激しい衝撃。

しかし、私が覚悟した「潰される痛み」は来なかった。


「……おい!」


頭上から、怒鳴り声が降ってきた。

聞き覚えのある、低い声。


恐る恐る顔を上げる。


月明かりの下。

私の目の前に、黒い影が立っていた。


崩れ落ちてきた巨大なはりを、片手で支えながら。


「……無事か!?」


レオンハルト様だった。

彼は寝間着の上に鎧の一部だけを纏い、鬼のような形相で私を見下ろしていた。


その背後には、巨大な白い獣の影が揺らめいている。

彼の召喚獣だ。


「レオンハルト……様……?」


「じっとしているな! すぐにここから出す!」


彼は舌打ちを一つすると、梁を支えたまま、もう片方の手を私に差し伸べた。

その腕には、青白い血管が浮き上がっている。


「つかまれ!」


怒号のような声。

私は震える手を伸ばし、その大きな掌を握り返した。


温かい。

氷のような人だと思っていたのに。

その手は、火傷しそうなくらい熱かった。

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