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婚約破棄された令嬢は、召喚獣たちとほのぼの領地改革します  作者: 九葉(くずは)


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第4話 土いじりの成果

小鳥のさえずりで目が覚めた。


硬い床の感触が背中に痛い。

身体中が軋むように痛むのは、昨日の掃除と、慣れない環境のせいだろう。


私は重い瞼を擦りながら、ゆっくりと上体を起こした。


「……夢、じゃなかったわよね」


窓を見る。

昨晩の出来事が、幻だったのではないかと不安になる。

お腹を空かせた土人形と話をしたこと。

彼が魔法のように庭を耕してくれたこと。


私は痛む足を引きずり、窓辺に立った。

雨戸の隙間から、朝の光が差し込んでいる。


そっと外を覗く。

そして、息を呑んだ。


「……すごい」


そこには、黒々とした大地が広がっていた。


昨日までは、ひび割れた赤茶色の荒野だった場所だ。

枯れ草と石ころだらけだった庭が、綺麗に整地されている。

まるで王宮の庭師が手入れした花壇のように、ふかふかの土がうねを作って並んでいた。


その真ん中に、見覚えのある茶色い塊が座り込んでいた。


『……よう。お目覚めか』


ドンだ。

彼はあぐらをかいたまま、私を見上げて片手を上げた。

朝日に照らされた身体は、昨日よりも少し艶やかで、ヒビ割れも減っているように見える。


私は慌てて一階へ駆け下りた。

玄関を飛び出し、庭へ出る。


靴底から伝わる感触が違った。

柔らかい。

足が少し沈み込むような、湿り気を帯びた土の感触。


しゃがみ込み、土を手に取ってみる。

しっとりと冷たくて、良い匂いがした。


「本当に、一晩でこんなに……」


『……おう。飯の分は働いたぞ』


ドンが得意げに胸(だと思われる部分)を張った。


『……ここらの土は、本当は死んでねぇ。ただ固まって息ができてなかっただけだ。ほぐしてやれば、いくらでも生き返る』


「ありがとう、ドン。これなら、何かが育つかもしれない」


希望。

その言葉が、初めて胸の中に浮かんだ。


食料はあと数日分しかない。

でも、この土があれば。

種を蒔いて、育てることができれば、生き延びられるかもしれない。


私はポケットを探り、小さな麻袋を取り出した。

追放される時、屋敷の料理長がこっそり持たせてくれたものだ。

『何かの足しにしてください』と言っていたけれど、中身が何かは詳しくは見ていなかった。


袋を開ける。

中には、大小様々な種が混ざって入っていた。


『……ほう。種か』


ドンが興味津々に覗き込んでくる。


『……悪くねぇ匂いだ。植えてみるか?』


「ええ。でも私、畑仕事なんてしたことがなくて……」


『……俺が教えてやる。いいか、土ってのはな、ただ掘ればいいってもんじゃねぇ』


そこからは、ドンの熱血指導が始まった。


畝の作り方。

種の蒔き方。

土の被せ具合。


ドンは手取り足取り……ではなく、実演と口頭で教えてくれた。

彼が指先で土をなぞると、そこが自然と窪み、最適な穴ができる。

私はそこに種を一粒ずつ落とし、優しく土を被せていく。


「こう?」


『……深すぎる。それじゃ芽が出る前に窒息しちまう。もっと優しく、布団を掛けるみたいにな』


「布団……わかったわ」


土を触る手が、次第に黒く汚れていく。

爪の間に泥が入る。

ドレスの裾も泥だらけだ。


王都にいた頃なら、悲鳴を上げていただろう。

「汚らわしい」と眉をひそめ、すぐに手を洗いに走ったはずだ。


でも今は、この汚れが愛おしかった。


土は温かい。

命を受け入れる準備ができている。

私の手で、ここに命を植えている。


「……楽しい」


ポツリと、言葉が漏れた。


『……あん?』


「土いじりって、もっと辛いものだと思ってた。でも、なんだか落ち着くの」


没頭していた。

太陽が高くなり、ジリジリと肌を焼くのも気にならなかった。

額から汗が流れ落ちる。

喉が渇く。

それでも、手を止めたくなかった。


一列、また一列と、種が埋まっていく。

何もなかった荒野に、私の生きた証が刻まれていくような気がした。


『……嬢ちゃんは、変わってるな』


ドンが不意に言った。

彼は隣で、硬い土の塊を砕きながら私を見ている。


『……人間ってのは、俺たちみたいなのを怖がるもんだ。ましてや貴族なんてのは、土を触るのを何より嫌がる』


「私は……もう貴族じゃないから」


手を動かしながら答える。


「それに、あなたは怖くないわ。私を助けてくれたもの」


『……ふん。変な奴だ』


ドンは照れ隠しのように鼻を鳴らし、また黙々と作業に戻った。


昼過ぎまでかかって、ようやく一区画の種まきが終わった。

私は腰を伸ばし、大きく息を吐いた。


「終わったぁ……!」


身体中がバキバキと音を立てそうだ。

でも、心地よい疲れだった。

ただ無為に時間を過ごして絶望していた昨日とは違う。

今日は「やった」という実感がある。


私は水筒の水を一口だけ飲んだ。

ぬるくなっていたけれど、どんな高級ワインよりも美味しく感じた。


「ねえ、ドン」


『……なんだ』


「芽が出るまで、どれくらいかかるかしら」


『……この土なら早いぞ。水さえありゃあ、三日もすれば顔を出すはずだ』


「三日……楽しみ」


私は黒々とした畑を見渡した。

まだ何も生えていない。

でも私には、ここが一面の緑に覆われる未来が見えるような気がした。


その時だった。


ドドドドド……。


遠くから、低い音が響いてきた。


地響き?

いいえ、違う。

規則的なリズム。

これは、たくさんの馬が走る音だ。


ドンがパッと顔を上げ、警戒するように身を低くした。


『……来るぞ。人間だ』


「え……?」


私は屋敷の門の方へ目を凝らした。

陽炎の向こう、砂煙を上げて近づいてくる影が見える。


一台、二台……。

馬車ではない。

騎馬隊だ。


黒い鎧に身を包んだ騎士たちが、真っ直ぐにこの屋敷を目指して駆けてくる。


心臓が早鐘を打った。

さっきまでの達成感が、一瞬で冷たい恐怖へと変わる。


「どうして……」


もう追放されたはずだ。

これ以上、何を奪うというの?

まさか、生きていられること自体が許せないの?


――処刑。


その二文字が頭をよぎる。

あるいは、もっと過酷な労働収容所への移送か。


『……隠れるか?』


ドンが心配そうに私を見る。


「ううん……無駄よ」


隠れたところで、見つかればもっと酷い目に遭う。

私は逃げ場のない元令嬢だ。

抵抗する力なんてない。


私は震える足に力を込め、立ち上がった。


「ドン、あなたは隠れてて。見つかったら殺されちゃうかもしれない」


『……嬢ちゃん』


「お願い」


ドンは何か言いたげに口をもごもごさせたが、私の必死な形相を見て取ったのか、渋々といった様子で土の中へ沈んでいった。


『……すぐ近くにいる。なんかありゃあ呼べ』


その言葉だけを残し、地面は平らになった。


私は服についた泥を払い、乱れた髪を手櫛で整えた。

せめて、誇り高くあろう。

みっともなく泣き叫んだりしない。

私はアルベルト侯爵家の娘だったのだから。


蹄の音が大きくなる。

やがて、屋敷の崩れかけた門の前で、騎馬隊が停止した。


先頭にいる男が、馬から降りる。


背が高い。

黒髪を短く刈り込み、鋭い眼光をした男だ。

腰には剣を帯びている。

纏っている空気は、王都の煌びやかな騎士たちとは違う。

もっと荒々しく、血の匂いがするような、本物の戦人の気配。


彼は門を無造作に跨ぎ、庭へと入ってきた。

後ろに数人の部下を従えている。


男の視線が、私を射抜いた。

氷のように冷たい、無機質な瞳。


私は身動き一つできなかった。

蛇に睨まれた蛙のように、ただ立ち尽くすことしかできない。


男は私の前まで来ると、値踏みするように頭から爪先までをじろりと見た。

そして、低い声で言った。


「……フィオナ・アルベルトだな」


肯定も否定もできなかった。

声が出ない。

ただ小さく頷く。


男は眉間に深い皺を刻んだ。

不機嫌そうだ。

やはり、面倒な任務を押し付けられて怒っているのだろうか。

今すぐ私を斬り捨てて帰りたいのかもしれない。


男が一歩、近づいてくる。

私は反射的に身を引いた。


「あ……」


恐怖で足がもつれる。


男の手が伸びてくる。

殴られる――!


私はギュッと目を閉じて、衝撃に備えた。


しかし。


「……これは、何だ?」


降ってきたのは、暴力ではなかった。

困惑を含んだ、低い問いかけ。


目を開ける。

男は私ではなく、私の足元――さっきまで必死で作っていた畑を指差していた。


「……え?」


「この荒野で、この土……。一体、何をした?」


男の目は、私ではなく、黒々とした土に釘付けになっていた。

その表情は、怒りというよりは、得体の知れないものを見るような警戒心に満ちていた。

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