表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢は、召喚獣たちとほのぼの領地改革します  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/26

第12話 騒がしい食卓と白き使者

遠ざかる馬車の車輪の音が、まだ耳の奥で微かに反響している気がした。


夕暮れ時の厨房で、私は大鍋をかき混ぜながら、ふと窓の外を見た。

ベルナルド様が去って数時間。

嵐のような商人が置いていったのは、大量の資金と少しの不安、そして何よりも大きな「希望」だった。


「……よし、いい匂い」


鍋から漂う湯気には、ドンが育てた野菜の甘い香りが溶け込んでいる。

お玉ですくって味見をする。

野菜の味が濃い。

調味料なんてほとんどいらないくらいだ。


私は鍋の蓋を閉め、エプロンの紐を締め直した。

不安がないわけじゃない。

王都の噂、悪意ある視線。

でも、今の私には立ち止まっている暇なんてない。

だってみんなが、お腹を空かせて待っているのだから。


「フィオナ様! 野菜の下処理、終わりました!」


厨房の外から騎士の声が飛んでくる。


「ありがとうございます! ドンとマリンにお願いして、洗ってもらってください!」


「了解です! ……ただ、その」


騎士が少し言い淀む。


「また、揉めてまして……」


「え?」


私は慌てて外へ出た。

井戸端――今では立派な洗い場として整備されている場所――から、言い争う声が聞こえてくる。


『ちょっと! 土がついたまま水に入れないでよ! 私の純度が下がるって言ってるでしょ!』


『……うるせぇな! 土こそが旨味なんだよ! 皮まで食えるように柔らかくしてやった恩を忘れやがって!』


見ると、宙に浮いたマリンが水流の鞭を振るい、地面から生えたドンが土壁でそれを防いでいる。

その足元には、泥つきのジャガイモが転がっていた。


「もう、二人とも!」


私は駆け寄り、二人の間に割って入った。


「喧嘩しないの。せっかくの美味しい野菜が台無しになっちゃうわ」


『だってフィオナ、この土だるまが!』


『なんだと水女!』


一触即発の二人を見て、私はふう、と息をついた。

これじゃあ毎日がお祭り騒ぎだ。


「協力して。ドン、泥を少し浮かせて。マリン、その隙間に水流を通して洗い流して。……できるわよね? 優秀な精霊さんたちなら」


私はわざと煽るように言ってみた。

二人は顔を見合わせ、フンと鼻を鳴らした。


『……ったりめぇだ! 見てろ!』


『簡単すぎてあくびが出るわ!』


ドンが指を鳴らすと、ジャガイモの表面の泥がパラリと浮き上がった。

すかさずマリンが細い水流を操り、その隙間を縫うように洗浄する。

一瞬の早業。

泥だけが弾き飛ばされ、ピカピカに磨かれたジャガイモが籠の中に落ちた。


「すごい! 完璧よ!」


私は手を叩いて褒めちぎった。

二人はそっぽを向いているけれど、満更でもなさそうな顔をしている。


『……へへっ』

『ま、まあね』


この凸凹コンビも、なんだかんだで息が合ってきたみたいだ。

私は籠いっぱいのジャガイモを抱え上げ、その重みに確かな生活の実感を得た。

一人の力じゃできないことも、こうして補い合えば形になる。


夕食の時間は、いつも以上に賑やかだった。


修復された大広間のテーブルには、騎士たちと、そして私たちの席が並んでいる。

今日のメニューは、ドン特製野菜のシチューと、ベルナルド様からの差し入れである白パン。

それに、ポチのために焼いた巨大なステーキ肉だ。


『……にくー! うまいー!』


足元でポチが肉にかぶりついている。

尻尾がバタバタと床を叩き、私の椅子に振動が伝わってくる。

可愛い。

食欲旺盛なのは元気な証拠だ。


「……フィオナ、もっと食え」


隣に座るレオンハルト様が、自分の皿からパンを一つ、私の皿に乗せた。


「えっ、そんなに食べられません」


「痩せすぎだ。……これから忙しくなるんだぞ」


彼はぶっきらぼうに言いながら、シチューを口に運んだ。

その横顔は、ろうそくの灯りに照らされて穏やかだ。


「ベルの野郎、余計なことばかり吹き込みやがって……」


「え?」


「王都の噂のことだ。……気にするなと言っただろう」


彼はスプーンを置き、私の方を向いた。

その瞳が、まっすぐに私を捉える。


「お前が何と言われようと、俺が知っているお前は……」


彼は少し言葉に詰まり、視線を泳がせた。


「……ここで、泥だらけになって働いている、ただのフィオナだ」


心臓が、トクリと跳ねた。

ただのフィオナ。

侯爵令嬢でも、追放者でもない。

ありのままの私を見てくれている。


「……はい」


私は胸元のリボンに触れた。

彼がくれたこのリボンの感触が、私を肯定してくれている気がした。


「ありがとうございます、レオンハルト様。私、ここをもっと良くしたいんです」


「もっと?」


「はい。お風呂もできましたし、野菜も採れました。次は……そうですね、みんなが安心して眠れるような、もっとちゃんとした宿舎を作りたいです」


「……欲張りだな」


彼は呆れたように笑った。

でも、その目は優しく細められていた。


「いいだろう。稼いだ金はあるんだ。……付き合うぞ」


「はい!」


私はパンを一口かじった。

ふわふわで、甘い。

こんなに美味しいパンを食べたのは、いつぶりだろう。

幸せって、こういう味なのかもしれない。


食後、私は自室に戻った。


東棟の瓦礫撤去跡に建てられた仮設の個室だけれど、ベルナルド様が置いていった家具のおかげで、随分と部屋らしくなった。

小さな机と、柔らかいベッド。

そして、窓辺にはハーブの鉢植え。


私は机に向かい、日記帳を開いた。

一日の終わりに、今日あったことや考えたことを書き留めるのが日課になりつつある。


『今日はベルナルド様が帰った。少し寂しいけれど、もらったお金と希望は大きい』

『ドンとマリンは相変わらず喧嘩ばかり。でも、野菜洗いのコンビネーションは最高だった』

『レオンハルト様は……』


ペンの先が止まる。

今日言われた言葉を思い出すと、顔が熱くなる。

『ただのフィオナだ』

その一言が、どんな宝石よりも嬉しかった。


私はペンを置き、窓を開けた。

夜風が吹き込み、リボンを揺らす。

空には満月が輝いていた。

静かで、穏やかな夜。


こんな日々が、ずっと続けばいい。

心からそう思った。


その時だった。


バサッ。


羽音が聞こえた。

風の音ではない。

もっと硬質な、生き物の羽ばたき。


「……鳥?」


目を凝らす。

夜空の向こうから、白い影が近づいてくるのが見えた。

フクロウ?

いいえ、違う。


その鳥は、一直線に私の部屋の窓を目指して飛んできた。

そして、窓枠に音もなく着地した。


「……っ」


息を呑んだ。

真っ白な鳩だ。

けれど、ただの鳩ではない。

その足には金色の足輪が嵌められ、首には王家の紋章が入った小さな筒がぶら下がっていた。


伝令鳥。

それも、王宮直属の使い魔だ。


鳥は赤い目で私をじっと見つめ、クゥ、と低く鳴いた。

まるで「見つけたぞ」と言わんばかりに。


背筋に冷たいものが走った。

ベルナルド様の忠告が蘇る。

『王都では、あなたの噂はまだ消えていません』


どうして、ここに?

私の居場所がバレたの?

それとも、レオンハルト様への命令?


鳥が片足を上げ、筒を差し出すような仕草をした。

受け取れ、ということか。


私は震える手を伸ばした。

指先が冷たい。

せっかく手に入れた温かい日常が、この一通の手紙で壊れてしまうかもしれない。

そんな予感が、喉を締め付ける。


それでも。


「……逃げない」


私は小さく呟いた。

泥だらけになって掴んだこの場所を、守るためなら。


私は覚悟を決めて、鳥の首から筒を外した。

小さく軽い筒。

けれどその中には、私の過去と、そして未来を揺るがす何かが入っているはずだ。


私は震える指で封蝋を割った。

この手紙が告げるのが吉報か凶報か、まだ私には知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ