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婚約破棄された令嬢は、召喚獣たちとほのぼの領地改革します  作者: 九葉(くずは)


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第11話 辺境の危機

「フィオナ! 地下だ!」


レオンハルト様の怒声が、喧騒を切り裂いた。


屋敷の前庭は戦場のような有様だった。

警鐘が乱打され、騎士たちが剣と盾を持って走り回っている。

馬のいななき、金属がぶつかる音、そして遠くから響く地鳴り。


「地下の食料庫に隠れていろ! 鍵をかけ、俺が呼ぶまで絶対に出るな!」


彼は私の肩を掴み、強く揺さぶった。

その目は血走っている。

さっきまでスープを飲んで緩んでいた表情は、もうどこにもない。

鬼神のような、戦士の顔だ。


「で、でも……!」


「議論している時間はない! 行け!」


突き飛ばされるように背中を押される。

私はよろめきながら、屋敷の方へ数歩進んだ。


逃げなきゃ。

足手まといになる。

私は戦えない。

守られるだけの、無力な存在なのだから。


でも。


『……ちがう』


足元から、震える声が聞こえた。


ドンだ。

地面から顔だけを出している彼は、いつもの茶色い顔を真っ青(土色)にして、森の方角を見つめていた。


『……怒ってるんじゃねぇ。泣いてるんだ』


「え……?」


私は足を止めた。

泣いている?

あの、殺意の塊のような魔物の群れが?


『……森の主が、苦しんで暴れてる。みんな、それに巻き込まれて逃げ惑ってるだけだ』


ドンが悲痛な顔で私を見上げた。


『……このままじゃ、みんな殺し合いになっちまう』


その言葉が、胸に刺さった。


顔を上げる。

騎士たちが弓を構え、バリケードを築いている。

彼らの目には恐怖と、敵を殲滅する殺意しかない。


魔物が森から出れば、殺される。

騎士たちも、無傷では済まないだろう。

血が流れる。

たくさんの命が消える。


本当に、それでいいの?

ただ逃げ惑っているだけの生き物を、一方的に殺して?


「……ポチ」


私は隣にいる赤い相棒を見た。

ポチは低く唸りながら、森を睨んでいる。

でも、その尻尾は怯えたように丸まっていた。

彼も感じているのだ。

同族たちの恐怖と混乱を。


「……レオンハルト様!」


私はきびすを返し、指示を出している背中に向かって叫んだ。


「待ってください! 私も行きます!」


レオンハルト様が振り返る。

その顔が、信じられないものを見るように歪んだ。


「正気か!? これは遊びじゃないんだぞ!」


「わかっています! でも、魔物たちは襲ってきているんじゃありません! 逃げているんです!」


「それがどうした! 結果は同じだ! 奴らはパニックで全てを踏み潰す!」


彼は私の腕を掴み、力任せに引き寄せた。

痛いほど強い力。


「死にたいのか! お前のような素人が戦場に来て、何ができる!」


「話せるかもしれません!」


「はぁ!?」


「私の能力なら、彼らの声が聞こえます! 暴走の原因がわかれば、止められるかもしれません!」


「ふざけるな!」


怒鳴り声が、私の鼓膜を叩いた。

レオンハルト様は、私を睨みつけている。

でも、その瞳の奥にあるのは怒りだけじゃなかった。

焦燥。

恐怖。


「俺は……もう、誰も死なせたくないんだ」


絞り出すような声。

その一瞬、彼がひどく脆い子供のように見えた。


この人は、優しい。

だからこそ、全てを一人で背負って、傷つくのを恐れている。


「……私は死にません」


私は彼の腕に手を添えた。

震えているその腕に。


「私には、最強の騎士様がついていますから」


まっすぐに目を見る。

彼は息を呑んだ。


「それに、私にはこの子たちがいます」


『……グルルゥッ!』


ポチが私の前に躍り出た。

怪我は治りきっていない。

でも、その瞳は燃えていた。

私を守るという、強い意志で。


ポチは私の方へ身体を寄せ、背中を向けた。

『乗れ』と言っている。


「……ドン、あなたも来てくれる?」


『……ちっ、仕方ねぇな。俺の庭を荒らされちゃ敵わねぇ』


ドンが地面から飛び出し、私の肩によじ登った。


準備はできた。

私はポチの背中に跨り、しっかりと首にしがみついた。


「行きます。……止めても無駄です」


レオンハルト様は、しばらく私を睨みつけていた。

歯を食いしばり、拳を握りしめ、葛藤している。


やがて、彼は長く、重い息を吐き出した。


「……勝手にしろ」


彼は剣を抜き放ち、ギラリと切っ先を天に向けた。


「ただし! 俺の背中から一歩も出るな! 命令違反をした瞬間、鎖で縛ってでも連れ帰るぞ!」


「はいっ!」


「総員、進軍ッ! 森の入り口で食い止める!」


「おおおおおっ!!」


騎士たちの喊声かんせいが上がる。

レオンハルト様の白い狼――召喚獣フェンリルが実体化し、遠吠えを上げた。


私たちは走った。

夜の闇に沈む荒野を、森に向かって。


風が頬を叩く。

ポチの体温が、足を通して伝わってくる。

怖い。

膝が震えそうになる。

でも、不思議と後悔はなかった。


ここが私の領地。

私の居場所。

誰にも奪わせない。


数分後。

森の境界線に到着した。


「……ひどい」


思わず口元を押さえた。


森の木々が、なぎ倒されている。

土煙の向こうから、地響きと共に黒い波が押し寄せてくるのが見えた。


オーク、ゴブリン、大猪、巨大な熊。

種類も大きさもバラバラな魔物たちが、我先にと森から溢れ出そうとしている。

目が赤い。

口から泡を吹き、悲鳴のような咆哮を上げている。


『……こわい!』

『……あつい!』

『……たすけて!』


頭の中に、無数の声が響いてきた。

やっぱり。

彼らは襲撃者じゃない。

被災者だ。


「構えろッ! 弓隊、斉射!」


レオンハルト様の号令。

ヒュンヒュンと矢が放たれる。

先頭を走っていたオークたちが倒れる。

でも、後続は止まらない。

倒れた仲間を踏み越えて、雪崩のように突っ込んでくる。


「抜刀! 接近戦用意!」


騎士たちが壁を作る。

その中央、レオンハルト様が前に出た。


「我が呼び声に応えよ! 氷狼フェンリル!」


彼の手から、冷気が爆発した。

白い巨獣が咆哮と共に冷気のブレスを吐き出す。

最前列の魔物たちが一瞬で氷像へと変わった。


すごい。

これが、王国最強の力。


でも、数が多すぎる。

氷の壁を乗り越えて、次々と新しい魔物が押し寄せてくる。

このままでは、いずれ突破される。


「キリがないぞ! 団長、一度後退を!」

「馬鹿野郎! ここを抜かれたら屋敷まで一直線だ!」


騎士たちの悲鳴が上がる。


私はポチの背中で、必死に目を凝らした。

この混乱の源はどこ?

何が彼らをここまで追い立てているの?


『……あそこだ、フィオナ』


肩の上のドンが、震える指で森の奥を指差した。


『……一番濃い魔力が、渦巻いてる』


視線を向ける。

魔物の波の向こう側。

森の深部に、赤黒い光の柱が見えた。


あそこだ。

あそこに、誰かがいる。


「ポチ、飛べる?」


私はポチの首を撫でた。


『……ちょっとだけなら!』


「レオンハルト様!」


私は戦う彼の背中に叫んだ。


「原因は森の奥です! あそこに行かないと止まりません!」


彼は魔物を斬り伏せながら、肩越しに私を見た。


「奥だと!? この数を突破して行けるわけがないだろう!」


「空からです! ポチなら行けます!」


「馬鹿を言うな! 撃ち落とされて終わりだ!」


「でも、ここで斬り続けても全滅するだけです!」


彼の動きが止まった。

冷静な彼ならわかるはずだ。

これがジリ貧の戦いであることを。


彼は舌打ちをし、フェンリルを一閃させた。

周囲の敵が吹き飛ぶ。


そして、私の方へ駆け寄ってきた。


「……乗せろ」


「え?」


「俺も乗る! お前一人で行かせるわけがあるか!」


彼はポチの背中、私の後ろに飛び乗った。

重みでポチが少し沈む。

背中に、彼の硬い鎧と、熱い体温が密着する。


「ポチ、飛べぇっ!!」


レオンハルト様の叫び。

ポチが大きく翼を広げた。


「ギャオオオオッ!!」


地面を蹴る。

風圧。

私たちは、魔物の群れの頭上へと舞い上がった。


下には、地獄のような光景が広がっていた。

でも、私たちは前を見る。

赤黒い光の元凶へ。


「しっかり掴まっていろ! 舌を噛むぞ!」


レオンハルト様の腕が、後ろから私を抱きしめるようにして手綱を握る。


心臓がうるさい。

恐怖なのか、それとも別の感情なのか。

今は考えている余裕はない。


私たちは、燃えるような森の奥へと突っ込んでいった。

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