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婚約破棄された令嬢は、召喚獣たちとほのぼの領地改革します  作者: 九葉(くずは)


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第10話 初めての共同作業

「ポチ、そっちじゃないわ! 右の柱をお願い!」


私が叫ぶと、赤い影が元気よく跳ねた。


『……りょーかい!』


ポチは自分の体よりも太い丸太を軽々と抱え、尻尾でバランスを取りながら瓦礫の山を登っていく。

まだ翼の包帯は取れていないけれど、地上での動きは驚くほど機敏だ。


「おいおい、嘘だろ……」

「あの丸太、大人二人でもきついぞ」


作業をしていた騎士たちが、呆気にとられてポチを見上げている。


契約から三日。

私たちの生活は激変していた。


崩壊した東棟の撤去と、仮設居住区の建設。

本来なら一ヶ月はかかると言われていた工程が、異常なスピードで進んでいる。


理由は明白だ。

この強力すぎる助っ人たちのおかげだ。


ズズズズ……。


地面が波打つ。

瓦礫が撤去された更地で、土が勝手に盛り上がり、平らにならされていく。


『……基礎はこんなもんでいいか? カッチカチに固めといたぞ』


地面からドンの顔が現れる。

彼はこの三日間、不眠不休(精霊だから眠らないらしい)で地盤改良を続けてくれていた。


「ありがとう、ドン! 完璧よ!」


私は図面と地面を見比べ、大きく丸を作って見せた。


『……へへっ、任せとけ』


ドンが得意げに鼻の下を擦る。

彼の作った土台は、コンクリートのように硬く、水平も完璧だ。

大工仕事を担当する騎士が「俺たちの仕事がなくなる」と泣いていたくらいだ。


私は額の汗を拭った。

追放された初日は、掃除だけで倒れそうになっていた。

でも今は、一日中現場を走り回っても平気だ。

慣れとは恐ろしい。

あるいは、充実感が疲れを麻痺させているのかもしれない。


「フィオナ」


不意に、背後から声をかけられた。

ビクッとして振り返る。


レオンハルト様だ。

今日は鎧を脱ぎ、簡素なシャツ姿で作業に参加している。

腕まくりした二の腕には、騎士らしい筋肉がついていた。

汗でシャツが背中に張り付いている。


「あ、はい! 何でしょうか!」


反射的に背筋を伸ばす。

監視役であり、現場責任者。

何かミスをしただろうか。


「……あそこのはり。ポチに支えさせておけ。釘を打つ間だけだ」


彼は顎で屋根の方をしゃくった。


「わかりました。……あの、レオンハルト様は?」


彼は巨大な木槌を肩に担いでいた。


「俺は屋根に登る。高いところは足場が悪い。ポチなら届く」


「あ、危ないですよ! 団長自らそんな……」


「口を動かす前に手を動かせ。日が暮れるぞ」


彼はそれだけ言うと、身軽な動作で梯子を登っていった。

高い。

三階くらいの高さがある屋根の上だ。

彼は躊躇なくその縁に立ち、木槌を振り下ろし始めた。


カンッ、カンッ!


正確無比な打撃音。

魔法だけでなく、大工仕事までできるなんて。

この人にできないことはないのだろうか。


私は慌ててポチに指示を出した。


「ポチ、あの屋根の下! レオンハルト様が落ちないように、下から支えてあげて!」


『……わかった!』


ポチが駆け出し、柱にしがみつく。

その背中を見て、私はふと息をついた。


(……すごい)


廃墟だった屋敷が、どんどん形になっていく。

人間と、精霊と、ドラゴン。

本来なら殺し合うはずの種族が、一つの屋根を作るために汗を流している。


王都ではあり得ない光景だ。

『気味が悪い』と言われた私の能力が、ここではみんなの役に立っている。


「……おーい、フィオナ嬢! こっちの通訳頼む!」


「はい、今行きます!」


私はエプロンの紐を締め直し、騎士たちの方へ走った。


夕暮れ時。

作業が一段落し、私たちは前庭に集まって夕食をとっていた。


今日のメニューは、私が監修した具沢山のシチューと、ドンが育てた新鮮な野菜のサラダ。

それに、街から届いた焼きたてのパンだ。


「うめぇ!」

「野菜が甘い! なんだこれ!」


騎士たちが貪るように食べている。

彼らの胃袋を掴んだおかげか、最近は私を見る目が随分と優しくなった気がする。

最初は「監視対象」を見る目だったのが、今は「賄いのお姉さん」を見る目に近い。


私は少し離れた場所にある切り株に座り、スープを啜った。


隣では、ポチが巨大なボウル(洗面器代わり)に顔を突っ込んで、生肉入りのスペシャルシチューを食べている。


『……うまい! フィオナのご飯、さいこー!』


尻尾がバタバタと地面を叩く。

可愛い。

食費は嵩むけれど、この笑顔のためなら頑張れる。


「……隣、いいか」


ドスン、と重い音がした。

レオンハルト様が、私の隣の切り株に腰を下ろした。


「は、はい! どうぞ!」


緊張が走る。

彼は無言でパンを千切り、スープに浸した。


沈黙。

焚き火の爆ぜる音と、騎士たちの笑い声だけが聞こえる。


気まずい。

何か話すべきだろうか。

今日の作業の報告? 明日の予定?


「……進みが早いな」


先に口を開いたのは、レオンハルト様だった。

彼はスープを見つめたまま、ぽつりと言った。


「ポチとドンの働きには驚かされた。……まさか、三日で屋根が塞がるとは思わなかった」


「あの子たちのおかげです。私なんて、右往左往していただけで……」


「お前が指示を出さなければ、あいつらは動かん」


彼は横目で私を見た。

その瞳には、いつもの冷たさがなかった。


「現場が回っているのは、お前がいるからだ。……よくやっている」


え?

今、褒められた?


私は驚いて彼を見た。

彼はすぐに視線を逸らし、パンを口に放り込んだ。

咀嚼する横顔。

耳が、夕焼けのせいか少し赤く見える。


「……ありがとうございます」


胸の奥がじんわりと温かくなる。

認められた。

あの厳しい人に。


「それに、飯も……悪くない」


彼はボソッと言うと、空になった器を私に突き出した。

無言のおかわり要求だ。


「ふふっ。はい、すぐに」


私は鍋の方へ走った。

足取りが軽い。

なんだか、ここに来てから一番嬉しい夜かもしれない。


鍋から戻り、なみなみと注がれたスープを渡す。

彼はそれを受け取ると、ふと口元を緩めた。


一瞬だった。

笑った、というよりは、表情筋が緩んだだけかもしれない。

でも、それは確かに穏やかな顔だった。


『氷の召喚士』。

そんな呼び名、全然似合わない。

今の彼は、ただの不器用で、働き者の、頼れる人だ。


「……平和だなぁ」


私は空を見上げた。

一番星が光っている。

屋敷はまだボロボロだけど、ここには温かい食事と、仲間がいる。

これ以上の幸せなんてないかもしれない。


そう思っていた。


その時。


ズンッ……。


微かな振動が、足の裏に伝わった。


「……?」


ポチが食べるのを止め、顔を上げた。

耳をピクリと動かす。


『……くる』


「え?」


『……なんか、くる』


ポチの毛が逆立っている。

唸り声。


次の瞬間、私の足元の土が盛り上がった。


『……おい、嬢ちゃん!』


ドンが飛び出してきた。

いつもはのんびりしている彼が、血相を変えている。


『……逃げろ! すぐにだ!』


「ドン? どうしたの?」


『……森が揺れてる。地面の下が悲鳴を上げてるんだ!』


ドンが指差した先。

屋敷の北側に広がる、深い森。


そこから、無数の鳥が一斉に飛び立つのが見えた。

黒い雲のように空を覆い尽くす鳥たち。


そして。


ゴゴゴゴゴゴ……。


地鳴り。

さっきの微震とは比べ物にならない、大地の唸り声。

空気が震えている。


レオンハルト様が弾かれたように立ち上がった。

スープの器を地面に置き、腰の剣に手をかける。

その顔からは、さっきまでの穏やかさが消え失せていた。


「総員、戦闘配置ッ!!」


裂帛れっぱくの気合い。

騎士たちが一瞬で静まり返り、次の瞬間には武器を手に取って走り出した。


「レオンハルト様……?」


私は震える声で尋ねる。

何が起きているの?


彼は私を見ず、森を睨みつけたまま言った。


「スタンピード(魔物の暴走)だ。……規模が大きいぞ」


森の闇の奥で、無数の赤い光が灯った。

一つ、二つじゃない。

百、千……数えきれないほどの殺意の瞳。


平和な夕食は、唐突に終わりを告げた。

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