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婚約破棄された令嬢は、召喚獣たちとほのぼの領地改革します  作者: 九葉(くずは)


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第1話 追放と終わりの始まり

ガタン、と激しい衝撃が走る。

お尻から背骨へ抜けるような痛みに、私は小さく息を呑んだ。


硬い木の座面。

カビ臭いクッション。

窓の外には、見渡す限りの荒野が広がっている。


「……ッ」


また車輪が石に乗り上げたらしい。

粗末な辻馬車は悲鳴のような音を立てて大きく傾いた。


私は膝の上のバスケットを抱きしめる。

中から「チチッ」と不安そうな鳴き声が聞こえた。


「大丈夫よ、ピピ。驚かせちゃったわね」


隙間から指を入れると、温かい羽毛の感触が返ってくる。

震えているのがわかった。


ごめんね。

こんなところまで連れてきてしまって。


王都を出てから二週間。

景色から緑が消え、土の色が赤黒く変わっていくにつれ、馬車の揺れは酷くなる一方だった。


――君のその力は、気味が悪いんだよ。


ふと、あの日の声が蘇る。


きらびやかな夜会。

シャンデリアの輝き。

冷ややかな視線の中で、元婚約者のエドワード様はそう言い放った。


――何もない空間に向かって話しかけたり、下等な獣と心を通わせたり。

――次期公爵夫人となるべき女性が、魔物憑きのような真似をするなんて恥ずかしくて見ていられない。

――フィオナ・アルベルト。君との婚約は破棄させてもらう。


反論なんてできなかった。

周りの貴族たちも、まるで汚いものを見るような目で私を見ていたから。


お父様もお母様も、私を庇ってはくださらなかった。

むしろ「家の恥だ」と早々に荷物をまとめさせ、この辺境行きの馬車に私を押し込んだのだ。


「……もう、戻れないのね」


私は王都の方角を振り返ることもなく、窓の外を見つめた。


赤茶けた大地。

枯れ果てた木々。

ここは王国の最果て、ベルン領。


魔物が跋扈し、作物は育たず、罪人が送られる死の土地。


今日からここが、私の墓場になる。


「……ピピ」


私は意を決して、膝の上のバスケットを開けた。


中には一羽の青い小鳥が入っている。

屋敷の庭で怪我をしていたのを拾い、こっそり育てていた唯一の友達。

普通の動物だけれど、私の言葉をなんとなく理解してくれる賢い子だ。


「ここでお別れよ」


ピピが首を傾げる。

つぶらな黒い瞳が、私を見上げていた。


「この先は魔物がたくさん出る場所なの。あなたみたいな小さな子がいたら、すぐに食べられてしまうわ」


ここならまだ、引き返せる。

少し戻れば街道沿いに林があった。あそこなら普通の鳥たちも暮らしているはずだ。


私は窓の留め具を外し、ガタガタと音を立てるガラス戸を押し上げた。

乾いた砂埃の混じった風が吹き込んでくる。


「行きなさい。王都へ帰るのよ」


私はバスケットを窓の外へ差し出し、中身を空に向かって傾けた。


ピピは縁に止まり、躊躇するように一度振り返る。

「チチッ!」と鋭く鳴いた。

嫌だ、と言っているように聞こえた。


胸が締め付けられる。

連れて行ってあげたい。

一人になるのは寂しいし、怖い。


でも、私と一緒にいても幸せにはなれない。

私はもう、侯爵令嬢でもなんでもないのだから。

自分の食事すら確保できるかわからない身で、この子を飼うなんて無責任だ。


「お願い……行って!」


わざと強い口調で叫び、バスケットを揺する。


ピピは驚いたように羽ばたき、風に乗って飛び上がった。

青い翼が、どんよりとした灰色の空に吸い込まれていく。


旋回しながら何度か鳴き声を上げ、やがて小さな点は見えなくなった。


「……さようなら」


窓を閉める。

指先が冷たかった。

これで本当に、私は一人ぼっちだ。


それから数時間。

馬車の速度が緩み、やがて停止した。


「着いたぞ!」


御者のぶっきらぼうな声が響く。

私は強張った体をほぐし、重い扉を押し開けて外に出た。


むっとするような熱気。

喉に張り付くような乾いた空気。


地面に降り立った瞬間、靴底からザリッという砂の感触が伝わってくる。


「これが荷物だ。全部降ろすから手伝え」


御者は私を「元令嬢」として扱うつもりはないらしい。

乱暴に荷台から木箱を降ろしていく。

私の私物は大きなトランクが二つと、木箱が三つだけ。

ドレスや宝石はほとんど没収され、中身は古着と数冊の本、そしてなけなしの食料と種だけだった。


「ほらよ。受領書にサインをくれ」


差し出された紙に、震える手で『Fiona』とだけ記す。

家名はもう名乗れない。


御者は紙をひったくると、逃げるように御者台へ駆け上がった。


「じゃあな。二度と来るもんか、こんな気味の悪い場所」


鞭の音が鳴る。

馬がいななき、馬車は猛スピードで来た道を戻っていった。

砂煙が舞い上がり、私を包み込む。


ゴホッ、ゴホッと咳き込みながら、私は砂煙を腕で払った。


周囲の静寂が、急に重くのしかかってくる。

風の音だけがヒューヒューと鳴っていた。


私はゆっくりと、これから自分が住む「家」に向き直る。


「……あ」


言葉が続かなかった。


事前に渡された資料には『旧領主の別邸』と書かれていた。

多少古くても、屋根と壁があればなんとかなると思っていた。


甘かった。


目の前にあるのは、巨大な廃墟だ。


石造りの壁はあちこちが崩れ落ち、蔦が絡みついている。

窓ガラスはほとんど割れ落ち、黒い穴が口を開けているようだ。

屋根の一部は抜け落ち、そこから空が見えているのがここからでもわかる。


庭だった場所は背の高い枯草に覆われ、錆びた鉄柵が幽霊のように傾いていた。


「ここで……暮らすの?」


私一人で?

電気も水道もない、使用人もいない、この場所で?


足元を見る。

私の細い腕と、何の変哲もない革のブーツ。

貴族として愛想笑いを浮かべることと、刺繍を刺すことしか教わってこなかった手。


絶望というよりも、乾いた笑いが込み上げてくる。


無理だわ。

生きていけるわけがない。


エドワード様たちが私をここに送った意味が、ようやく理解できた。

これは追放ではない。

体好い処刑なのだ。


風が吹き抜け、屋敷の壊れた窓枠がガタガタと音を立てる。

まるで「帰れ」と拒絶しているようにも、「入っておいで」と誘っているようにも聞こえた。


私は足元のトランクを握りしめる。


それでも。

王都には戻れない。

あそこには、私を嘲笑う人たちしかいない。


「……とりあえず、中に入らなきゃ」


日が暮れたら、この辺りは魔物の領域になる。

外にいるよりは、屋根のない屋敷の中の方がマシなはずだ。


私は重いトランクを引きずり、錆びついた門を押し開けた。


ギィィィ……。


不快な金属音が、何もない荒野に響き渡る。


その時だった。


『……腹減った』


低い声が、地面の下から聞こえた気がした。


私は思わず足を止める。

周囲を見回すけれど、誰もいない。


風の音?

それとも、恐怖が見せた幻聴?


心臓が早鐘を打つ。

私はトランクを握る手に力を込め、逃げ込むように屋敷の玄関ホールへと足を踏み入れた。


そこには、埃と静寂、そして得体の知れない視線だけが満ちていた。

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