第六話:助手
店の中へ入ると、綺麗に整えられた店内と、整頓された薬品棚、日用品が揃っていた。
ただ一箇所だけ、店のカウンターと思わしき机の上には、大量の崩れた本が置いてある。
そして、その崩れた本の山を整理している人物がいた。
「…ご主人、いつ客人が来るか分からないんですから、徹夜で本を読む癖直しましょうよ。」
少年は目線を本に向けたまま、アルケイに声を掛けた。
「ごめんってリュクナ、悪気があるわけじゃないし、許してよ。」
リュクナと呼ばれたその少年は、扉の方へ目を向ける。
新しい客が来るのが相当珍しいようで、リュクナはクロアケをみて驚く。
「あ、新しいお客様!ごめんなさい、ご主人が怠けているせいで…。」
丁寧に頭を下げかけたが、チェディーを見て動きが止まった。
「……チェディーさんのお連れ、ですか…。」
その声色は、すっと冷えた。
リュクナという人物は、クロアケより年下に見える少年だった。
糸のように細い目は表情を読ませず、体にピッタリと沿うアシンメトリーのコートの上から、ベルトとホルダーを身に着けている。ホルダーには短剣の柄が覗いていた。
その佇まいだけで、戦える人間の気配がした。
チェディーとアルケイの会話が続き、クロアケだけが取り残される。
リュクナは黙っているクロアケに近づき、観察するようにクロアケを見た。
「その包帯…目に怪我を負っているのですか?」
クロアケは少し身じろぎし、左目へと手を伸ばす。
「あぁ…怪我ではない。ただ、見えないんだ。理由は…覚えてない。」
「記憶喪失、ですか。」
リュクナの声は淡々としていた。
リュクナは店にある長椅子にクロアケを案内した。クロアケは促されるまま椅子に座り、眼の前のテーブルに置かれた様々な用途不明の道具を眺め、じっとしていた。
「…どうぞ。」
一切の無駄がない所作。紅茶が入れられたカップが目の前に置かれる。クロアケは相対的に自分が腑抜けた生活をしていることを恥じて、リュクナから目を逸らし、チェディーの方を見た。
チェディーは店の貴重そうな商品を許可なく触っており、アルケイはそれを止めている。
リュクナはそんな二人から少し距離をとるように、クロアケの前にある長椅子に腰を下ろした。
「すみません、挨拶が遅れてしまいました。僕の名前はリュクナです。ご主人が失礼しました。」
少し困ったように話すリュクナは、街の人達とは少し変わった雰囲気を纏っていた。
「私はクロアケという…こっちこそすまない、チェディーが騒いでしまって…。」
そう言うと、リュクナは少し反応した。
「…あの魔族、チェディーさんとは、どういう関係なんですか。」
リュクナの口調は妙に落ち着いていた。まるで問い詰めるように。
「え、ああ、同居人…友達?だと思う。多分…。」
焦ったクロアケは、曖昧な返答をした。
リュクナは小さく息を吐いた。
クロアケから目を逸らし、アルケイの方を見つめる。
「魔族を見ると、どうしても思い出してしまうんです。」
リュクナは自分の話を話し始めた。
「…一年前、僕の故郷の村は、一人の魔族に襲われました。魔族に襲われた僕を、ご主人…アルケイ様は命がけで助けてくれたんです。」
表情は柔らかだったが、リュクナが無意識に固めた拳は、憎しみに震えていた。
「その故郷って…。」
「滅びました。僕はその村の生き残りです。」
声は静かだった。けれどその奥で、燃え残った火だけは、まだ消えていなかった。
「では、用事を済ませたら速やかにお帰りください。」
それだけ言うと、リュクナはゆっくりと立ち上がり、店の奥へ姿を消した。
静寂だけが残る。
クロアケは冷めかけた紅茶を口に運ぶ。丁寧に入れられていたようで、風味が良い。飲み終わる頃には、チェディーがクロアケの横に座っていた。
アルケイは疲れ果てた様子で二人のもとに来た。
「さて…本題は何だったかな、牛乳と包帯だっけ?それと、何か必要な物があれば__」
その言葉をチェディーが遮る。
「アルケイ!あのさ!クロアケに魔法の道具を見せてやってよ!」
魔法、という言葉に、クロアケの胸がわずかに跳ねた。
アルケイは困ったように笑う。
「…仕方ないな、少しだけだよ。」
クロアケは息を呑む。チェディーから話だけ聞いていたもの。
それが一体どんなものなのか、クロアケは知りたくて堪らなかった。




