第五話:街角の店
刻み時計が示す時刻は九つの刻。朝の日差しが少し高くなった頃。
クロアケとチェディーは各々準備を整えて、出かける準備をしていた。
「場所はね、森を抜けた先のすぐ側、街角魔法店っていう場所だよ。」
チェディーは腰に手を添え、片足に重心を寄せながらクロアケに言った。
「街角…魔法店?日用品がちゃんと売っている場所には行かないのか?」
クロアケは目の包帯を気にしながら問いかける。
「…普通の人はね、チェディーを見るとちょっと怯えるんだよ。ほら、ツノとか翼とか…見慣れないでしょ?」
と言いながらチェディーは笑ったが、表情が僅かに曇ったのを、クロアケは見ていた。
「よく街に行くのに、そんなこと気にしていたのか。意外だな。」
「まぁ人のいない路地裏を通るから、そんなに気にすることじゃないけどね。それより、準備できた?」
チェディーはクロアケを急かすようにそわそわしている。
「ああ、すまん、森から出るのは初めてだから、本当に行っていいものかと…。」
「そんなのいいって!ほら、行くよ!」
チェディーはクロアケの手を引き、森を歩く。
そう時間がかからないうちに、街の入口にたどり着いた。足を止めたチェディーは、クロアケに忠告する。
「…路地裏を通るよ。細いし汚いから、気を付けて。」
チェディーはそう言うと、人に見つからないように再び歩き始めた。
街の名前はヴラーシツ。大通りは眩しいほど賑わっている。
焼き菓子の甘い匂い、商人の呼び声、人々の笑い声。その全てが、クロアケには遠い世界の出来事のように思えた。二人は影を通るように、路地裏へ飛び込む。ゴミを漁るカラスや野良猫が、チェディーを警戒するように鳴き声を発し、逃げ去っていく。
クロアケは改めて、魔族という種族が異質なものだと認識した。
やがて風変わりな店に辿り着くと、チェディーは扉越しに声を掛けた。
「アルケイ、起きてる〜?店を開けて欲しいんだけど〜!」
その声に反応するように、本の山が崩れる音がし、間を置いて少年の怒鳴る声が聞こえた。
「はーい…ちょっと待って、本の雪崩が…ああもう、最悪だ…。」
扉の奥から、青年の声が聞こえる。
「ご主人、本を机の上で山積みにするのやめてくださいって、何度も言っていますよね!」
急いで階段を降りる音と、少年の怒号が聞こえる。
バタバタと音を立てて、ようやく扉が開くと、帽子をかぶった青年が扉の隙間から顔を覗かせた。
その帽子は深緑の広つば帽で、帽子の先端はゆるりと曲がっており、小さな宝石のような装飾が吊り下がっている。水色の模様が淡く浮かぶその帽子をかぶった青年は、いかにも魔法店の店主といった風貌だった。
「やぁっと出てきたね、ねぼすけのアルケイ!リュクナも元気そう!」
アルケイと呼ばれたその青年は、チェディーを見て苦笑いをする。
「いやぁすまない、君が朝に訪ねてくるとは珍しいね…リュクナにはお茶を用意させているから…。」
そうして扉を全開にしたアルケイは、クロアケと目が合う。
瞬間、アルケイは警戒して帽子を深くかぶり直す。帽子の隙間から、羊の耳とツノのようなものが見えた。
「…チェディー、この子は街の子かい?」
「いや?私の同居人さ。“境界”の近くで拾ったんだ。」
「へえ、なるほどね…普通の子じゃないって訳か…。」
クロアケは、二人がしばらく何の話をしているのか分からなかった。ただ、会話の雰囲気から、その関係は客人と店主というより、もっと複雑な関係に思えた。
「…で、クロアケという名前だったかな。よろしくね、お客人。」
クロアケはふと声を掛けられ、声が上ずりながらも返事を返す。
「あ、あぁ、よろしく…店主…。」
「アルケイでいいよ。僕は獣人。普通の人間の常識とは外れた人だ。チェディーの連れなら大歓迎さ。」
アルケイは警戒を解いて、クロアケを歓迎した。
「分かった、アルケイ…よろしく。」
クロアケは軽く会釈して、店の中へと歩を進めた。




