第四十六話:罪滅ぼし
「ねぇアドペロさん、貴方はリュクナさんの故郷を滅ぼした。そうですよねぇ?」
エデフィの声が、リュクナの中で繰り返し再生される。
瓦礫の広場に、沈黙が落ちた。
ついさっきまで鳴り響いていた剣戟の音は消え、代わりに聞こえるのは荒い呼吸だけだった。
クロアケは動けなかった。
リュクナの短剣が、ゆっくりと持ち上がる。
その刃の向く先は__アドペロ。
「……嘘ですよね。」
リュクナの声は震えていた。
「今の、嘘ですよね……?」
アドペロは何も答えない。
ただ視線を逸らした。
その仕草だけで、答えは十分だった。
リュクナの目が見開かれる。
血の匂いが蘇る。
燃え上がる家。
崩れる塔。
倒れた家族。
そして、瓦礫の中で見た__あの魔族の影。
リュクナの握る短剣が、震えた。
「どうしてッ!!」
叫び声が広場に響く。
「なんでお前が生き残って、ご主人が死ぬことに……!!」
その瞬間だった。
アドペロの表情が、歪んだ。
「うるさい!」
怒声が叩きつけられる。
「君だって…父さんを殺したじゃないかッ!!」
空気が、凍りついた。
今までずっと押し殺してきたであろうアドペロの感情は、爆発した。
リュクナも圧倒され、誰も動けない。
その光景を、エデフィだけが楽しそうに眺めていた。
「ふふ……。」
ゆっくりと唇を吊り上げる。
「やっぱり、人間って面白いですねぇ。」
対立は避けられなかった。
敵前だというのに、リュクナはアドペロに襲い掛かる。
短剣と腕が交差する。
「お前が居なければ、故郷の家族が死ぬことはなかったんだ!!」
リュクナの敬語は外れ、ただの十五歳の少年の声が響く。
「君こそ、あの時父さんを刺した!父さんは話し合えば分かってくれたはずなのに!」
アドペロは涙声で叫ぶ。
「あの時は状況が状況だっただろ!見てただけの魔族が、知った風な口をきくな!」
「うるさい…うるさいうるさいうるさい!!」
アドペロはついに龍化した腕でリュクナを押しのける。
お互い、息が切れる。
そこにクロアケが割って入る。
「待て、今は言い争っている場合じゃないだろ!敵の言葉に惑わされるな!」
リュクナは怒気をはらんだ声で小さくつぶやいた。
「…こいつは、僕が殺さなきゃいけないんだ。親の…皆の仇なんだ…こいつがいなけりゃ、ご主人だって命を懸けることもなかったッ!!」
アドペロを睨みつけているリュクナの背後から、エデフィが近づいてくる。
「そんなに怒る理由が分かりませんねぇ。それに…油断しすぎですよ。」
大剣が振り下ろされる。それを、間一髪でチェディーが大鎌で受け止めた。
「リュクナ、それは後で話し合おうよ、今は共通の敵がいるでしょ!」
「あらあら、まったく気配を感じませんでしたぁ。」
エデフィはそのまま力尽くで大剣を押す。
「でも、連携が崩れている今じゃ、ワタシを倒せませんよ?」
チェディーは態勢を崩され、大鎌を落とす。
「…くッ…!」
「リュクナさん…貴方は本当に惜しいです。目の前に仇が居る…もう殺したっていいんじゃないですかぁ?」
エデフィは不敵に笑った。
「…こいつを殺せば……。」
クロアケはリュクナに組み付いて、止めた。
「冷静になれ!お前らしくもない!!よく考えろ、アルケイがッ!どんな気持ちで薬を作ってたか!!忘れたのか!!」
リュクナはハッとした。瞳が揺れる。
アルケイが残した日記。アドペロのためにどれだけの努力をしたか。どれだけ命を削ったか。すべて書かれたものを、リュクナは読んでいた。
「…そうでした。ここで殺しても、意味はないですね。」
リュクナは冷静を取り戻し、クロアケの手を軽く払った。
「もういいです…今は…もう。終わったら、話をつけましょう。」
そう言ってアドペロに手を差し伸べた。
アドペロは複雑な表情を浮かべたが、すぐに手を取った。
「…分かった。」
全員が、エデフィを見ていた。今度こそ仲間だった。
「あらぁ、こうなったら仕方ないですねぇ。実力行使ですぅ。」
その瞬間だった。地面が悲鳴を上げるように割れた。
大地が裂け、隙間から触手が現れる。それは建物を破壊していき、ついにはクロアケ達の足元にも現れた。
「なんだ!?」
誰が言い出したか分からない。混乱の渦だった。
ただ、エデフィだけが恍惚とした表情を浮かべ、手を頬に添えていた。
「主様ぁ、ワタシ、頑張りましたよぉ。だから、早く救ってくださいぃ!」
すると、エデフィの足元の地面が割れた。その隙間に、エデフィは飲み込まれていく。暗い闇の中、エデフィは触手に絡めとられ、そのまま引きずり込まれていく。
何が起こったか、誰も理解できなかった。
ただ、戦闘は終わった。
揺れが収まったころ、クロアケ達は割れた地面を避けて集まった。
「……議論の時間だな。」
クロアケは切り出す。
再び不穏な空気が、あたりを満たしていた。




