第四十五話:亀裂
エデフィの動きは神速だった。
邪神を殺すという発言をしたチェディーが気に食わなかったのだろう、エデフィはチェディーの眼前に一瞬で移動した。チェディーは驚き、後ろへ瞬時に羽ばたく。エデフィの大剣は空を切った。
全員の息が合う。説得は不可能だと理解する。
目の前にいるエデフィはまるで獣のように攻撃を繰り返す。
次に襲われたのはリュクナとクロアケだった。
寸前でかわそうとするも、刀身は長く、避けきれない。二人を守るように、アドペロが間に入って龍化した腕で刀身を受け止める。ガキン、という甲高い音が響いた。
龍化した腕に、大剣が食い込む。
火花の代わりに、鱗が軋む音が響いた。
「そんなナマクラでボクを切ろうとしても無駄だよ!」
アドペロは歯を食いしばりながら押し返す。だが、エデフィの目は笑っていた。
「ふふ…硬いですねぇ、でも、守るだけですかぁ?」
大剣がすっと引かれる。そのまま横薙ぎ…ではなく、軽く跳ねるように後退した。リュクナの刃が飛び込んでくるのを、エデフィは見逃さなかった。
リュクナの短剣は、空を切った。
「ちょこまかと…しつこいですね、貴方は!」
「観察中なんですぅ。邪魔、しないでくださぁい。」
言葉の通り、エデフィは攻め急がない。突っ込んできたかと思えば、身を引く。その繰り返し。決定打を与えない。戦闘を楽しんでいる者の動きだった。目線だけが激しく動く。
クロアケが踏み込む。低い姿勢から、姿勢を崩そうと足元に蹴りを放つ。エデフィはひらりと身をかわすと、そこにはチェディーがいた。チェディーはエデフィの体に組み付き、動きを封じる。
「こうすれば、逃げられないよね!」
チェディーはエデフィを拘束した。
「今だよ、アドペロ!」
その合図で、アドペロは左手を大きく振る。鉤爪がエデフィの頭上に現れる。
しかし、エデフィは超人的な力で拘束を解き、大剣を強く握って横薙ぎをした。
「皆さん、遅いんですよぉ。あくびが出ちゃいますぅ。」
あまりにも早い横薙ぎは、風圧を生み出し、アドペロとクロアケを吹き飛ばした。チェディーは防御し、もう一度攻撃を仕掛けようとする。
クロアケもすぐに姿勢を立て直す。アドペロは息を荒げる。
攻撃が、当たらない。
「いい連携ですねぇ。でも、まだ甘いですぅ。」
全員がエデフィを睨む場面。しかし、リュクナだけは違った。
リュクナの見据える先は、アドペロの背中だった。
既視感。それだけがリュクナを満たしていた。
短剣は握っている。だが、リュクナ一人だけ、この激戦の中、口を開けて何かを考えていた。
クロアケがリュクナに叫ぶ。
「何ぼーっとしてんだ!死ぬぞ!」
しかしその声はリュクナに届かなかった。
龍化した腕、重心の置き方、踏み込みの癖。
何より、先ほどエデフィに振りかぶったあの襲い方。
血と土の匂いの中で、過去の記憶が重なる。
燃える家、惨殺された親族、魔族の影。
「……あ。」
見たことがある。あの日、境界について話が進む前、初めてアドペロに出会った日に感じた違和感。アドペロはもしかしたら、あの時の魔族だったのかもしれない。リュクナの唇が、わずかに震えた。
「アドペロさん。」
戦場の只中で、リュクナは問いかける。
「やっぱり貴方は……二年前、僕と出会ったことがありますよね。」
一瞬だけ、時間が伸びた。
アドペロは視線を逸らす。
「……ないよ。それは気のせいだ。」
そう言うアドペロの声は、かすれていた。
エデフィが、ゆっくりと舌で唇を舐める。
「………あらぁ?」
楽しげに目を細める。
「魔界から逃げ出して、人界の村を一つ滅ぼしたの…アドペロさんですよねぇ?」
静かに、言葉を落とす。
「ワタシ、知ってますよぉ。」
戦闘の音が、消える。
その代わりに、仲間に確かな亀裂が走った。




