第四十三話:過ぎた過ち
メロウの遺体が雨に打たれて、血が水に薄まる。
アドペロは声を上げて泣いていた。リュクナは震える手で短剣を仕舞い、自身が犯した過ちを後悔することしかできなかった。敵とはいえ、一人の命を奪ったことには変わりない。
チェディーも、静かに泣いていた。涙声を含ませながら、語る。
「…チェディーが魔王になった三十年前、メロウはチェディーの側近だったんだ。下級魔族といえど、魔力は強かったから。」
クロアケは濡れた服の裾を絞りながら、返答する。
「でもそれっておかしくないか?魔力が高いやつは上に行くんだろ。あの魔法の規模、どう考えても下級で収まる器じゃなかったぞ。」
チェディーは涙を拭い、話す。
「それがね、本人の希望らしいんだ。理由は分からないけどね。メロウが下級を望んだのはもっと前…百年くらい昔の話。」
チェディーはメロウの冷たい手に触れ、続ける。
「本当、馬鹿な奴だよ。上級になれば、もっと楽な暮らしができただろうに…。」
リュクナが口を開く。
「…チェディーさんって、何歳なんですか?」
「百十二歳。上級魔族の中ではまだ未成年の、幼稚で甘ったれな魔王だよ。へへ。」
チェディーは笑ってそう言った。
アドペロは泣き止んだ後、父を海へ還したいと言い出し、荷物をまとめて魔界の海へと向かうことになった。幸運か不穏か、道中に魔族や魔物に見つかることはなかった。
密かな葬儀は、四人だけで行われた。
チェディーが魔法で小さな葬送の船を作り、それにメロウを乗せる。
沖へ流すと、船は闇へ吸われるように遠ざかった。
クロアケ、チェディーはただ祈る。アドペロは涙を零しながら、強く祈る。リュクナはただ見つめるだけだった。
魔界の海は、赤黒い空に照らされ、人界にあるような海の色をしていなかった。
ただ暗い。黒に飲み込まれたメロウの魂がどこに向かうのか、誰も分からない。
神父はいないのだから。
葬儀が終わったあと、四人は焚き火を囲んで、傷の手当や食料の確認を行った。
「チェディー、あのさ…。」
チェディーに傷の手当をされながら、クロアケは言う。
「なあに?」
チェディーはクロアケの目を見ずに返答した。
「その、守ってくれて、ありがとう。やっぱりお前以上の相棒はいないよ。だから、記憶を消したことも、今まで黙ってたことも許すよ。」
「…良かった。チェディーも、アケちゃん以上の相棒はいないと思ってるよ。」
「仲直りだな。」
「うん。でも、簡単に許さなくていいよ。」
アドペロは、リュクナの怪我の多さに驚いていた。
「ちょっと、全身ズタボロじゃん!一旦服脱いで!無理し過ぎだよ、人間なのに…。」
「貴方、前線に出てこなかったんですから、手当くらいしてくださいね!」
リュクナはムッとして、言い放った。
リュクナが上着を脱ぐと、メロウの水針を受けた傷口が広がっていた。その他には、背中に大きな鉤爪の古傷があった。アドペロはその傷を見て、思わず目を逸らした。
「…背中の傷は気にしないでください。故郷が滅んだ時、魔族にやられたものです。」
リュクナは目線を落としたまま、呟いた。
「そう…もう痛くないの?」
アドペロは傷口を撫でながら言った。
「もう二年は前の話ですから、なんともないです。」
リュクナは笑って言った。
アドペロは内に秘める気持ちを抑えながら、自分の爪が傷口に触れないように、リュクナの傷口に消毒し、丁寧に手当てをした。その手は、少し震えていた。
手当ても終わり、食事も終わった。シュナが食料とともに時計も残して置いて行ったお陰で、時間に混乱することもなかった。
「シュナには感謝しかないな。さすが便利屋だ。」
クロアケは地面に横になり、感嘆の声を漏らした。
「そうですね、できれば一緒に戦ってほしかったですけど、」
リュクナは綺麗な瓦礫の隙間で眠りにつこうとしていた。
「まぁ、過ぎたことはいいじゃん。明日のためにも、体力を回復させなきゃ。」
チェディーはそう言って目を閉じる。
「…次は力になるから。」
アドペロは短くそう言うと、体を丸めた。
時計が示す時刻は、月の印が現れた十の刻。
それは嵐の前の静けさか、妙に静かな時間だった。




