第四十一話:何も救えない
「どうしたチェディー、昔より弱くなったんじゃないかァ!?」
メロウの攻撃は槍と水魔法の組み合わせだった。洗練されていて隙がない。戦い慣れた者の手付きだ。
「ちょっと、怪我したらどうするのさ!」
チェディーは大鎌を振り抜けない。届く距離にいるのに、決定打だけを避ける。その躊躇が、メロウの槍を生かしていた。
親しい者を攻撃できない。それがチェディーの弱点だった。
「チェディーさん!加勢しますよ!」
駆けつけたリュクナが、チェディーの前に割って入る。
クロアケも、メロウが魔法を編み直す一瞬の隙を見逃さず、チェディーの横に立った。
チェディーの肩を軽く叩く。そして、ぶっきらぼうに言い放った。
「…なぁ、収容所でのこと、すまなかった。お前は一人でよくやってたよ。」
それを聞いて、チェディーの胸の奥が僅かにほどけた。
「二人とも…ありがとう。」
チェディーは大鎌を構え直す。
三人の視線が、同じ敵を捉える。
メロウは目を細めた。槍を握る手は緩まない。
「…そっちから姿を見せてくれて嬉しいぜ。侵入者。」
槍先が弧を描く。空気を裂く音と同時に、周囲に浮かぶ水の玉が一斉に震えた。
「知ってるかァ?ただの水でも、ちょっと魔法で密度を弄るだけで、簡単に体を貫けるんだぜ。」
次の瞬間、玉は弾けた。
形を変え、無数の針のように細くなり、クロアケ達に向かって勢いよく飛ぶ。
リュクナは一歩も引かず、短剣で弾く。金属音と水音が入り混じり、路地の壁に細い傷が増える。水針は鋭く、僅かに掠っただけで服の布が裂け、遅れて血が滲む。
「…っ、厄介ですね。」
クロアケは針を避けるために飛ぶのではなく、沈む。幼少期に収容所で身に着けた動きだった。上に逃げれば目立つ。身を低くし、素早く物陰に潜る。瓦礫の隙間を通り、メロウの死角に入ることで、水針を避ける。
しかしメロウは、その“逃げ”を許さない。
地面に薄い水膜が広がり、クロアケの足を捕らえる。水膜は靴底を吸い付かせるように、クロアケを拘束した。離そうとするほど、膜は縮む。
「クソッ……。」
クロアケの足が一瞬止まった。その隙にメロウは、槍を構えてクロアケに接近する。
槍の先が、クロアケに向かってくる。
クロアケは反射的に腕を上げた。
息が詰まる、その瞬間___。
「アケちゃん!」
チェディーが割り込む。大鎌の柄で槍を受け、金属音の代わりに、水が爆ぜた。チェディーの表情が僅かに歪む。受け止めたのは槍ではなく、槍に絡みついた水の圧だ。
「……強いね、メロウ。」
「そりゃそうだ。お前が産まれるよりずっと前から生きてんだよ、こっちは。」
メロウは槍を引くと同時に、戦闘で地面に溜まった水を、魔力を込めて勢いよく踏む。水は波紋のように広がり、瞬時に霧となり、上空で纏まって複数の太い水の柱になった。
「こんなに暴れるのは、久しぶりだなァ!」
メロウが叫ぶと、リュクナの真上に水の柱が降ってくる。
リュクナは即座に判断する。
「質量で殴ってくる気ですね、こんなもの、隙間を見つけて避けてしまえば…!」
しかしリュクナが避けた瞬間、柱は形態を変え、無数の水針となって広がる。短剣だけでは防ぎきれず、防いだ水針も再び形を成す。
肩、太腿、二の腕。薄い傷が増える。ひやりとした血が、水と混ざって垂れる。それでもリュクナは止まらない。止まれば致命傷を負うと感じとったからだ。
「下がって、リュクナ!」
チェディーの声は、焦りを含む。メロウはその焦りを利用する。
水の玉を再構築し、わざと隙を見せた。
「遠距離攻撃はもうやめにしようよ!」
チェディーが踏みこむ。
「…馬鹿正直に引っかかりやがって……。」
メロウの目の前で、チェディーは止まった。足元に、あの水膜があった。
この距離ならば、チェディーの大鎌はメロウの首に届く。しかし、チェディーは攻撃に転じない。殺したくない。だからこそ、足止めだけでチェディーを無力化できる。
「…やっぱりだ。昔より更に優しくなったな、魔王サマ。」
メロウの声は嘲りというより、確信に近い。
「その優しさは、誰も救わないんだよ。」
言い終える前に、メロウの槍が回った。先端が地面を叩き、跳ねた水が弾丸のように飛ぶ。狙いはクロアケの顔面だ。
クロアケは水膜に足を捕られたまま、身を捻って避けた。避けたが、僅かに反応が遅れた。水弾が頬を掠め、皮膚が裂ける。血が流れた。
「……。」
怒りが、胸の奥で微かに灯る。だがそれを前に出せば、読まれやすくなる。
クロアケは息を整え、メロウの指の動きを見つめていた。
メロウはチェディーを嘲笑する。
「お前は甘ったれだ。だから魔王の座についても、俺やガキ共の世話まで手伝った。魔王という上級魔族がだぜ?だからいつまでも、肝心な時に大切な存在に手が届かねぇんだよ!」
その言葉の奥に、乾いた怒りが混ざっている。
戦場は、メロウの水魔法の残滓で満たされた。
路地の奥で、震える呼吸だけが聞こえる。




