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黒緋色の翽  作者: 瑞ノ星
第五章
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第四十一話:何も救えない

「どうしたチェディー、昔より弱くなったんじゃないかァ!?」

メロウの攻撃は槍と水魔法の組み合わせだった。洗練されていて隙がない。戦い慣れた者の手付きだ。


「ちょっと、怪我したらどうするのさ!」

チェディーは大鎌を振り抜けない。届く距離にいるのに、決定打だけを避ける。その躊躇が、メロウの槍を生かしていた。


親しい者を攻撃できない。それがチェディーの弱点だった。


「チェディーさん!加勢しますよ!」

駆けつけたリュクナが、チェディーの前に割って入る。


クロアケも、メロウが魔法を編み直す一瞬の隙を見逃さず、チェディーの横に立った。

チェディーの肩を軽く叩く。そして、ぶっきらぼうに言い放った。


「…なぁ、収容所でのこと、すまなかった。お前は一人でよくやってたよ。」


それを聞いて、チェディーの胸の奥が僅かにほどけた。


「二人とも…ありがとう。」

チェディーは大鎌を構え直す。


三人の視線が、同じ敵を捉える。


メロウは目を細めた。槍を握る手は緩まない。

「…そっちから姿を見せてくれて嬉しいぜ。侵入者。」


槍先が弧を描く。空気を裂く音と同時に、周囲に浮かぶ水の玉が一斉に震えた。

「知ってるかァ?ただの水でも、ちょっと魔法で密度を弄るだけで、簡単に体を貫けるんだぜ。」


次の瞬間、玉は弾けた。

形を変え、無数の針のように細くなり、クロアケ達に向かって勢いよく飛ぶ。


リュクナは一歩も引かず、短剣で弾く。金属音と水音が入り混じり、路地の壁に細い傷が増える。水針は鋭く、僅かに掠っただけで服の布が裂け、遅れて血が滲む。


「…っ、厄介ですね。」


クロアケは針を避けるために飛ぶのではなく、沈む。幼少期に収容所で身に着けた動きだった。上に逃げれば目立つ。身を低くし、素早く物陰に潜る。瓦礫の隙間を通り、メロウの死角に入ることで、水針を避ける。


しかしメロウは、その“逃げ”を許さない。


地面に薄い水膜が広がり、クロアケの足を捕らえる。水膜は靴底を吸い付かせるように、クロアケを拘束した。離そうとするほど、膜は縮む。


「クソッ……。」


クロアケの足が一瞬止まった。その隙にメロウは、槍を構えてクロアケに接近する。


槍の先が、クロアケに向かってくる。

クロアケは反射的に腕を上げた。


息が詰まる、その瞬間___。


「アケちゃん!」


チェディーが割り込む。大鎌の柄で槍を受け、金属音の代わりに、水が爆ぜた。チェディーの表情が僅かに歪む。受け止めたのは槍ではなく、槍に絡みついた水の圧だ。


「……強いね、メロウ。」


「そりゃそうだ。お前が産まれるよりずっと前から生きてんだよ、こっちは。」


メロウは槍を引くと同時に、戦闘で地面に溜まった水を、魔力を込めて勢いよく踏む。水は波紋のように広がり、瞬時に霧となり、上空で纏まって複数の太い水の柱になった。


「こんなに暴れるのは、久しぶりだなァ!」


メロウが叫ぶと、リュクナの真上に水の柱が降ってくる。


リュクナは即座に判断する。

「質量で殴ってくる気ですね、こんなもの、隙間を見つけて避けてしまえば…!」


しかしリュクナが避けた瞬間、柱は形態を変え、無数の水針となって広がる。短剣だけでは防ぎきれず、防いだ水針も再び形を成す。


肩、太腿、二の腕。薄い傷が増える。ひやりとした血が、水と混ざって垂れる。それでもリュクナは止まらない。止まれば致命傷を負うと感じとったからだ。


「下がって、リュクナ!」


チェディーの声は、焦りを含む。メロウはその焦りを利用する。

水の玉を再構築し、わざと隙を見せた。


「遠距離攻撃はもうやめにしようよ!」

チェディーが踏みこむ。


「…馬鹿正直に引っかかりやがって……。」


メロウの目の前で、チェディーは止まった。足元に、あの水膜があった。

この距離ならば、チェディーの大鎌はメロウの首に届く。しかし、チェディーは攻撃に転じない。殺したくない。だからこそ、足止めだけでチェディーを無力化できる。


「…やっぱりだ。昔より更に優しくなったな、魔王サマ。」


メロウの声は(あざけ)りというより、確信に近い。


「その優しさは、誰も救わないんだよ。」

言い終える前に、メロウの槍が回った。先端が地面を叩き、跳ねた水が弾丸のように飛ぶ。狙いはクロアケの顔面だ。


クロアケは水膜に足を捕られたまま、身を捻って避けた。避けたが、僅かに反応が遅れた。水弾が頬を掠め、皮膚が裂ける。血が流れた。


「……。」


怒りが、胸の奥で微かに灯る。だがそれを前に出せば、読まれやすくなる。

クロアケは息を整え、メロウの指の動きを見つめていた。


メロウはチェディーを嘲笑する。

「お前は甘ったれだ。だから魔王の座についても、俺やガキ共の世話まで手伝った。魔王という上級魔族がだぜ?だからいつまでも、肝心な時に大切な存在に手が届かねぇんだよ!」

その言葉の奥に、乾いた怒りが混ざっている。


戦場は、メロウの水魔法の残滓で満たされた。

路地の奥で、震える呼吸だけが聞こえる。

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