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黒緋色の翽  作者: 瑞ノ星
第五章
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第四十話:人魚の末裔

チェディーの眠りは浅かった。

魔界に昼夜がないせいだけではない。チェディーは元々、眠りに落ちるという行為が苦手だった。暗い魔族社会で生きてきた者は、眠りに身を預けるより先に、周囲の気配を拾ってしまう。


チェディーは瞼を開けた。懐かしい気配を察知したからだ。


「…あいつ、随分雰囲気が変わったね。」

一人呟く。


隣で横になっていたクロアケは、いつものように悪夢を見ているようで、表情が険しい。リュクナは寝苦しそうに寝返りをうち、耳飾りを揺らしていた。アドペロは丸まって眠っているが、獣耳を動かしている。


そんな中、シュナも遅れて目を覚ました。

静かに身を起こし、頭を掻きながら喋る。


「…魔王様も、やっぱり感じるか。」


「やれやれ、一人で対処しようと思ったのに…。君こそ、あいつのこと知ってるの?」

チェディーは余裕の表情で伸びをする。


「オレの“お得意様”の一人だ。ちなみに、ハースティアの幹部だぜ。今までみたいなことは通じない。戦闘は避けられないだろうな。」

シュナは紙切れとペンを取り出すと、軽く何かを書き込み、リュクナの側に置いた。続いて、身支度を整える。


「…その様子だと、一緒に戦ってはくれないよね。」

チェディーは静かに立ち上がって言った。


シュナは鼻で笑う。

「…客人に手を出す店主がいるかよ。オレは元々便利屋、戦場は肌に合わん。それとも、オレが戦いに慣れてるように思うか?」


他の三人が寝静まる中、シュナとチェディーは抜け出す。


「じゃあ、後はアンタらで頑張ってくれ。健闘を祈る。」


シュナは来た道を引き返す。チェディーはそれを見送ると、シュナとは反対側の路地に歩いた。開けた場所で待ち構えると、“それ”は建物の上から降ってきた。


槍を持つ姿は、溢れる魔力を帯びている。耳の位置にはヒレがあるが、確かに二本の脚で立っている。青い飾り布の先端や服の裾には、水色に輝く宝石の装飾がついている。灰色の髪と、光のない海の底のような瞳を持った、人魚の末裔だった。


「…チッ。誰が侵入者かも分からず突っ込んでみりゃ…。」

人魚は低く笑う。


「今更戻ってきやがって。もうどうにもならねぇんだよ、魔王サマ。」

地面に槍を突き立て、手袋をはめ直す。


「夜中に起きる癖が抜けなくてさ…真っ先に気付いちゃったよ。アルケイとアドペロを一緒に育てた時を思い出すね、メロウ。」


メロウと呼ばれた人魚は、地面から槍を引き抜いた。


「うるせぇな…ほら、他にもいるだろ?侵入者。そいつらの居場所を吐け。そしたらお前だけは見逃してやる。」

溢れる魔力は魔法となり、メロウの周りに水の玉が浮かぶ。


路地は神秘的な世界に包まれた。


「…その性格の変化、レヴィとかいう奴のせい?チェディーが帰ってきて嬉しくないの?」

チェディーの手に、大鎌が現れる。闇を裂くような刃。


周囲の温度が落ちた。


「君を戦闘不能にして、昔のパパに戻ってもらうよ。」


「それは無理な話だなァ!」


メロウは槍を握り、チェディーは大鎌を構えた。

戦いの火蓋は切られた。


刹那。衝撃が地面に走る。

瓦礫が鳴り、粉塵が舞った。


振動が、クロアケ達の下へ届く。



「…ッなんだ!」

クロアケは飛び起きた。状況がわからず、周囲を見渡す。


アドペロもリュクナも起きていた。そして気づく。

チェディーと、シュナがいない。


「見て下さい、これ…。」


リュクナは側に置かれていた紙切れを見ていた。シュナのメモだ。


『アンタらがこのメモを見ている頃は、チェディーはハースティアの幹部の一人、メロウと戦っている最中だ。メロウは人魚だが、下級魔族として扱われてる。オレは顔を見られると面倒になるから、この先は同行できない。後は頑張ってくれ。』


それを見たクロアケ達は、思わず外に飛び出す。


チェディーとメロウの戦闘は、収容所で戦った魔物との戦闘より激しかった。

槍と大鎌がぶつかり合い、時にはメロウが、周囲の水の玉を針状にして飛ばす。それをチェディーはひらりと回避し、合間に大鎌から衝撃波を飛ばす。


「シュナも勝手だな…こんな敵を知ってて逃げるのか…。」

クロアケは眉を寄せる。


「いや、シュナはあいつのことお得意様って言ってたよ。戦闘はしたくないって…ボク、耳はいいんだよね。」

尻尾を揺らしながら、アドペロは言った。


「あの人はアドペロさんの育ての父だという話でしたよね、でもハースティアの幹部です。この様子だと大人しく見逃してくれるとは思いません…。」

リュクナは短剣を引き抜く。


「待ってよ、話せばきっと分かってくれる…!」

アドペロは懇願するように言った。


「…相手は下級魔族…。もしかしたら、僕の故郷を襲った魔族かも…!」

リュクナは駆け出す。


「それは…っ!違う…!」

アドペロは否定しようと言葉を選ぶ。

その考えが間違っていることは、アドペロが一番よく分かっていた。


「私も行く。リュクナの背中くらいは守れるだろ!」

リュクナの後を追いかけて、クロアケも走った。


アドペロは去り行く二人を止めようとして、足が震える。

それは仲間を守りたい気持ちと、父と戦いたくない気持ちが混ざりあった、複雑な気持ちからくるものだった。

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