第三十五話:魔王の有り様
クロアケはいつも通り、悪夢に魘され、目覚めが悪かった。
それでも、チェディーが隣で手を握ってくれていたのが救いだ。
「おはよう、アケちゃん!」
「…ああ、おはよう。」
時間が流れたはずなのに、魔界の空はずっと赤黒く、昼夜は分からない。それでも、起きたらおはようと挨拶をする。クロアケもチェディーも、人界での生活が染み付いていた。
クロアケが目覚めた時には、既に全員起きていた。
シュナは手のひらに収まるほどの時計を見つめ、全員に声を掛けた。
「…九つの刻だ、飯にするぞ!」
…。
シュナは乾燥した固形の簡易食をクロアケ達に分け与え、焚き火の跡を囲んで談笑する。
「よく眠れたか?」
「まあまあ。」
「二度と硬いところでは寝たくないですね。」
「そうか?私は結構眠れたぞ。」
「チェディーは普通かな〜…。」
味のない簡易食を咀嚼する。生きるために。
しかし平穏な時間はすぐに終わった。
歪な形をした魔物が、チェディーの背後から現れた。
「ッ!おい!」
シュナは驚いてチェディーに声を掛ける。
しかし、瞬きの間に、魔物は二つに裂けていた。チェディーの手には、いつの間にか大鎌が握られていたが、それも次の瞬間には消えていた。一瞬の出来事だった。
「あー、つい…癖で。あはは。」
チェディーは落とした簡易食を見つめ、誰とも目を合わせなかった。
「…アンタ、ずっと隠してきたのか?」
シュナは頬杖をつきながら問う。
「タイミングを逃し続けちゃっただけ…そろそろ言わなきゃいけないね。」
チェディーは尻尾を揺らし、翼を震わせた。
「実はさ。チェディー、魔王…なんだよね。」
短い沈黙。しかし、この場で驚く者は一人だけだった。
「そんな重要なことは、もっと早く言ってくださいよ!」
リュクナが食べかけの簡易食を握りつぶして叫んだ。
「あーあ、もったいねぇ。飯を大地に食わせてどうすんだよアンタ。」
シュナはリュクナがこぼした簡易食の残骸を眺める。
「…知ってる。ボクが生まれる前から有名だったし、ずっと強いよ。チェディーは。」
アドペロは簡易食を完食し、舌で手についた欠片を舐めていた。
「だからそんな強いんだな、凄いぞチェディー!」
クロアケはチェディーの頭を撫でる。
チェディーは全員の反応が予想外だったのか、目を丸くしていた。
「え、もっとなんか、空気が重くなるとかじゃないの?こういうのって。」
クロアケに頭を撫でられながら、呟く。
「でも、チェディーはチェディーだろ?私が初めて街角魔法店に行った帰りの会話を忘れたのか?」
クロアケはチェディーを撫でるのをやめ、頬に手を当てる。
「人間と何も変わらないじゃないか。」
チェディーは目に涙を浮かべる。
「アケちゃんのそういうとこ、本当に、つらいんだよ…。何も分かってない…。」
「いいや分かるさ、一年半も衣食住を共にしてきたんだ。最高の相棒だよ。」
「アケちゃん…。」
二人は抱き合った。チェディーの号泣だけが、静かな野営地に響く。
アドペロは空気を読んで、少し離れた。
「…いい友情じゃねぇか、なぁ坊や。」
「坊やじゃないです。リュクナです。」
「そりゃ失敬、そういや全員の名前を把握してねぇや。」
「シュナさんって、肝心な情報は覚えないんですね…なんだかご主人を思い出して、胃が痛いです…。」
「お、なんだそのご主人って!気が合いそうだな!」
「はぁ…胃が痛いです…。」
…。
そうして騒がしい食事を済ませた五人は、旅支度を整え始めた。
「ハースティアの連中に見つからないように、旧奴隷収容所を通るぞ。ちょっと前に戦争の影響で壊されて、誰も寄り付かないから、いい隠れ道なんだ。そこまでの道のりが遠いんだけどな。」
「奴隷…。」
クロアケが呟く。泣き叫ぶ幼少期の記憶が微かに過った。
「大丈夫?」
アドペロが背中を支えた。
「多分、大丈夫だ…。」
眉間にシワを寄せ、歩き出す。
「アケちゃん…。」
一番後ろを歩くチェディーの姿は、まだ秘密を隠している様子だった。




