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黒緋色の翽  作者: 瑞ノ星
第四章
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第三十二話:門番

血の匂いが、境界の森に漂っていた。

アルノーは膝をつき、杭を地面に突き立てたまま、動かなかった。


「私達は今からクエラを使って魔界に行く。境界の門番として、街を守ってくれないか?」


クロアケは手負いのアルノーに頼んだ。アルノーは手当された傷口を押さえながら笑う。しかし、その笑みはどこか投げやりだった。


「…はは、いいだろう。引き受ける。」


「いいのか?」


「どうせこの傷じゃ、未知の世界に飛び込むのは自殺行為だ。大人しく門番をしよう。ただし、こちらにも条件がある。」


アルノーは立ち上がり、一つ咳をして言った。

「…エデフィって幼馴染が、居たんだ…アイツは魔族との混血児。できれば見つけて、連れ戻してほしい。昔、喧嘩したきりで、そのまま…魔界に消えた。できれば、もう一度…会って話がしたいんだ。」


クロアケはそれを聞くと、チェディーを見た。チェディーは頷き、質問する。

「その子、獣人だった?混じってる血が何系か知りたい。顔はどんな感じ?」


「獣人ではないな、見た目は普通の人間だ。顔は…凄く綺麗で、昔から力が強かった。」


チェディーはじっと考え込むと、アルノーの目を見て言った。

「その子ならきっと生きてるよ。多分、魔人だ。魔人は決まって見た目が良くて、幼少期から並外れた力を持ってるのが特徴なんだよね。」


視線を境界の門へ移したチェディーは、言葉を続ける。

「…魔人なら魔族と同じくらいの強さだと思う。でも思考も魔族寄りだから、戻ってくるかは分からない。見かけたら説得はしてみるけど、期待はしないで。」


「……だってさ。私達も力になる。そうだろ?リュクナ、アドペロ。」

クロアケは後ろを振り返り、問いかける。


「うん。借りとはいえ怪我させたし、否定はできないかな。」


「そうですね、大切な人ともう一度話をしたい気持ちは痛いほど分かります。」


全員、肯定した。その事実に、クロアケは笑みを浮かべる。

「決まりだな。安心して門番してくれ。」


「そこまで言われちゃ、やるしかないね。」

アルノーは神父らしい所作を取り繕い、礼をした。


…。


「さて、困ったな…問題は、鍵は一度使うと人の形に戻れないことだ。グレンシック家のお嬢様が消えたら、一大事じゃないか?」


クロアケは頭を掻く。しかし、クエラは気にせず境界に近づきながら言った。


「いいの。おうちのひとは、あたしが居たことなんて忘れてしまうから。女神さまが、記憶を消すって言ってた。あたしのことを覚えている人は、少ないほうがいいんだって。」


クエラは境界の閉じた門に触れる。

誰もがその瞬間、クエラが戻れなくなることに気づいた。


「あたしは、この時代のひとじゃ、ないから…。」


指先が光りながら糸のように解けていく。

境界の門は強く光り始め、鈍い音を立てながら開く。

黒い霧が、森に吹き込む。


「本当に…クエラが、鍵だったのか。」


呟いたのは、アルノー。

目を見開き、クエラが消えていくのを眺めることしかできない。

それは、クロアケ達も同じだった。


「ああ…クエラ…ッ!クエラ…。」

クロアケはクエラを失いたくない気持ちで満たされる。それでも無情にクエラは消えていく。手を伸ばそうとして、左目に激痛が走り、動けなくなる。


「アケちゃん…。」

チェディーすらも、動けずにいた。


光がクエラを包む。解けるように、体がなくなっていく。

門に吸い込まれるように、クエラの体が門と一つになっていった。


門が、開く。

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