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黒緋色の翽  作者: 瑞ノ星
第四章
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第三十一話:境の森にて

森の奥深く、境の森へとたどり着いた四人は、遠くに見える境界の門が、月明かりに照らされ淡く光っているのを見た。その門の前で、クエラは俯いて手を後ろに組み、待っていた。


ガラスのように透き通った門はひび割れ、境界の向こうから漏れ出す黒い霧を吐き出している。周囲は静まり返り、鳥や虫の鳴き声、風が吹く音すら聞こえない。だからこそ、今そこに立つクエラの存在が、異常なほど神秘的に見えた。


「待ってたよ。」

クエラはクロアケ達に気づくと、少し笑ってみせた。


「……っ…。」

クロアケは一歩踏み出す。声を掛けようとして、言葉に詰まる。クエラに母と呼ばれて、自分が何者なのか分からなくなっていた。それでも、口を開こうとする。


「…クエラ…っ…」


その瞬間__


「皆お揃いでどうしたのかな?」


背後から声がする。長い杭を引きずりながら、その男は現れた。アルノーは街で見かけるのと同じ神父服。口調も変わらない。なのに、杭を持っているだけで危険な人物に見えた。


「魔族がいるな、何を企んでいるんだ?」


そうして四人の間を通り、クエラの前に立つ。クエラは再び俯いて、何も言わない。アルノーはクエラの頭を軽く撫でると、クロアケ達の方を向き、杭を地面に突き立てた。異様な空気が流れる。


「…お嬢が一人でここに来た理由が分からない。誰が何を吹き込んだのか知らないが、お嬢に危害を加えようとしているなら、容赦しない。」


「ち、違う、アルノー…私達じゃ…!」


クロアケの言葉をアルノーは遮る。

杭を手に持ったアルノーは戦闘態勢に入った。


「説明は不要!まずは魔族から殺す!」


アルノーは躊躇なく地面を蹴る。速い、という認識すら遅れた。音もなく距離を詰め、杭の先端が、まっすぐチェディーの胸元を狙う。


「ッ、チェディー!」


クロアケが叫ぶより早く、チェディーは反射的に後ろへ飛んだ。風を切る音が遅れて耳に届き、杭が地面に突き刺さる。クロアケは戸惑い、リュクナは自然と懐から短剣を引き抜く。


「…いきなり殺しに来るなんて、容赦ないねぇ。」


軽口とは裏腹に、チェディーの表情は強張っていた。

アルノーは返事をしない。ただ、杭を引き抜き、再び構える。


「魔族は人間を食う。それだけで駆除する理由になる。だから大人しく殺されてくれよ。」


一歩、また一歩。

狙いは変わらない。チェディーだけを見ている。


その視線を見て、クロアケは理解した。

この男は、話し合う気など最初からない。


「待て、チェディーは敵じゃない!」


叫ぶクロアケを無視して、アルノーはチェディーに向かって駆け出す。そして、再び杭が振るわれる。今度は避けきれない。杭がチェディーの胸元に刺さろうとした瞬間、甲高い音が響いた。


間に割って入ったのは、アドペロだった。龍化した手で杭を受け止め、衝撃に歯を食いしばる。


「…ッ、また会ったね、こっちも見てよ、狩人さん!」


「ふーん、キメラちゃんじゃないか。君も死ぬ?」


アルノーの目が、僅かに細まる。

再び杭が振り上げられた、その瞬間。


「…もうやめて!!」


張り裂けるような声が、森に響いた。全員の視線が、一斉にそちらに向く。声の主は境界の前に立っていた、小さな影。クエラだった。


「アルノーさま、その人達を傷つけないで。」


息を吸い込み、震える声で伝える。

「…ここにきたのはあたしの意思。あたしが…境界の鍵だから。」


その言葉が届いた瞬間。アルノーの動きが、止まった。

杭を振り下ろす姿勢のまま、硬直する。まるで時間を奪われたかのように。


「お嬢が…鍵…?」


低く呟く声には、明確な動揺が滲んでいた。アルノーにとって境界とは、何年も越えられなかった壁だ。幼馴染が消えた場所。それがこの場所だった。探していた答えが、ずっと側にいたのだ。


アルノーの意識が思考に奪われた、その一瞬だった。


「…チャンスだ。」

アドペロが呟く。


龍鉤爪が、杭を構えたままのアルノーの脇腹を抉る。


「…ぐっ…!」


思わず一歩下がる。神父服が裂け、血が地面の草を濡らした。

致命傷だった。だが、即死ではない。


「…く、そ……。」


アルノーは荒い呼吸を繰り返し、蹲った。アドペロがそれを見下ろす。


「…この間の借りだよ。前は決着つかなかったからね。」


アドペロは爪に付着した血を払う。

リュクナはハッとして、アルノーの側へ駆け寄った。


「このままじゃ命に関わります…止血しますね。」


短剣を懐にしまい、即座に膝をつく。

傷口を清潔な布で押さえ、最低限の処置を施す。


そのやり取りを見ていたクロアケは、そっと歩きながらアルノーに告げる。


「頼みがあるんだ。」


アルノーは脇腹を押さえながら、立ち上がる。

二人の目線が合った。

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